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村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部

【ドライブ・マイ・カー】アカデミー賞受賞作品の原作「女のいない男たち」の世界を旅する

村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部_1

映画ドライブ・マイ・カーは、3つの短編小説の世界から生まれた作品

村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部_2

出典:映画公式HPより

数々の華やかな賞を受賞し、話題沸騰中の映画「ドライブ・マイ・カー」
今日は「ドライブ・マイ・カー」の原作である短編小説
「女のいない男たち」(村上春樹/著)をご紹介します。

わずか50ページほどの短編小説から、どのように2時間59分の映画が生まれたのか。
短編小説の面白さがぎゅっと詰まった少し不思議な本の世界を旅しながら、紐解いていく。

ドライブ・マイ・カーとの出会い


私がこの小説に出会ったのは、確かタイ旅行に発つ前の羽田空港だった。
旅をするとき私は必ず空港で本を数冊購入するのだが、この時はいつも選ばないような短編小説を選んだ。

村上春樹氏は長編小説が有名であるが、私はもっぱらエッセイ派だった。
彼の書くエッセイはとても読みやすく、また人となりもよく分かり、なんだか親近感が湧く人物なのだ。
普段なら「村上ラヂオ」などを選ぶ私だが、どういう訳かその時選んだのはこの本だった。

6つの短編小説からなる「女のいない男たち」という本は、
とても地味な出で立ちで数年経った今では表紙も思い出せないほどだった。
2022年になった今、久しぶりに小説でも読もうと本棚を探っていると奥の方からそっとこの本が出てきた。

中身もうろ覚えであったが、どうしてだか心惹かれまた手に取る機会がやってきた。
目次を見るとそこには「ドライブ・マイ・カー」という文字があったので、私はようやく自分の中での点と点が線になった感覚を得た。

映画を見て短編小説を読んでみようというパターンの方が多いのかもしれないが、私の場合内容をすっかり忘れていたところにたまたま再会したのがこの本だったのだ。
”これも何かの縁かもしれない” そう思い、私はまた本を開いた。


〜女のいない男たち〜 目次 


「ドライブ・マイ・カー」

「イエスタデイ」

「独立器官」

「シェエラザード」

「木野」

「女のいない男たち」

この本は6つの短編小説から織りなされている。
それぞれが短いので非常に読みやすいのだが、長編小説とは異なり短編小説は想像力を要する。

性と生、生と死、その奥にある人間のこころ…人格。
想像力ひとつで様々な見解を追求できる大人の短編小説だ。
”女性”として感情を入れすぎると今の時代少し気になる表現もあるかと思うが、引きで見るとその奥にある書き手の伝えたいことを読み取ることが出来る。

そしてむしろ私は、村上春樹氏が女性の強さを知っているからこそのタイトルなのではないかと感じている。男性たちの繊細さ、愛の深さ、弱さ(あるいは強さ)そんなものが時折垣間見える。

特に最後の章”女のいない男たち”に記されているこの言葉
「あるときには、ひとりの女性を失うというのは、すべての女性を失うことでもある。そのようにして僕らは、女のいない男たちになる」出典:村上春樹「女のいない男たち」(2014) 文藝春秋 pp.299

ひとりの女性を愛しすぎてしまうと、そのたったひとりを失った時点ですべての女性を失うことでもある…という極端な、あるいは本質的な視点なのだろうか。
それ故に、これらの短編小説の中では恋煩いからの死人が出たりする。
「独立器官」は正にそういった、哀しいほど愚かな物語だった。

この6つの短編小説のうち「ドライブ・マイ・カー」「シェエラザード」「木野」の3編が映画ドライブ・マイ・カーの元となっているそうだ。
これらの小説を純粋な想像力で展開し、綺麗に紡ぐ脚本が素晴らしい映画を創っているのだろうと思う。


自分の人生を”ドライブ”する


最後にこの本を読んだとき、私は飛行機の中だった。
6つの短編小説のうち、「ドライブ・マイ・カー」は私にとって印象が薄く、逆に他の短編小説を覚えていたくらいだ。
ドライブ・マイ・カーとはだたの”運転”を指しているだけではなく、自分の人生をコントロールするというニュアンスも含まれているような気がする。

過去の暗い絶望の淵から這い上がるような、自分自身の人生を歩んでいこうとする情景が目に浮かんだ。

この物語では舞台俳優の”家福”という男が死んだ妻の”秘密”の真相を追う。
諸事情により自分で運転をすることができなくなった家福が、新しく雇ったドライバー・みさきとの対話を通して孤独を埋め合うように物語は進んでいく。
ほとんどが車中での会話で成り立っており、映画と原作は多少異なる点もある。

必死で”秘密”についての意味を探そうとする家福。
それに相反するようにそれには意味がないのではないかと投げかけられる…人の心の本当の真意は分からないのだと。

この章では【自分自身のこころとの対話】について考えさせられた。
真相が知りたい、相手の気持ちが知りたい。そう願っても本人ではない限り100%知ることは出来ないのである。真相を知れば納得できるのかと言われればまたそれも違うので、結局は自分自身の問題である。

自分自身のこころは真摯に向き合えば知ることが出来るが、
過去に自分とほんとうの意味で向き合わなかった彼はどんなラストを遂げるのか。
彼自身の暗い過去からは、彼自身しか這い上がってこられない。

自分のこころを知ることの重要性を再確認する、私にとっては非常に現実的に思える物語だった。

  • 村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部_3_1

    「村上春樹ライブラリー」訪問時の写真

  • 村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部_3_2

    カフェが併設されており、寄贈された本を読むことが出来る。※完全予約制

一番印象に残った物語


この本で特に印象に残っていたのは5つめの「木野」という不思議な後を引く物語

これは一度読んだだけではなかなか理解が難しく、想像力に加え神話や宗教に関する知識もやや必要だ。

この「木野」という物語も「ドライブ・マイ・カー」の世界と繋がっているのだが、出てくる動物や話の流れを含めとても神話的な話である。


個人的にはこの「木野」の物語が一番好きなのだが
ここでは特に【正しく傷つくこと】についての意味を考えさせられる。


「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。本物の傷みを感じるべきときに、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。」
出典:村上春樹「女のいない男たち」(2014) 文藝春秋 pp.256-257

正しく傷つくということは、自分に嘘をつかないことでもあると思っている。

若い頃はむずかしさもあるかもしれないが、傷ついたときにきちんと”傷ついた”と自分自身と向き合うことが出来なければ、その傷はどんどん深くなり暗い底なし沼のようになってしまう。


悲しみや寂しや、そして虚しさが他人では埋められないように、自分自身といかに真正面から向き合ってきたかでその人の佇まいが変わってくると私は信じている。
そうして20代にそういった自分自身の厄介事から逃げないでいると、30代は随分楽に過ごせるようになるものである。


30代になった今、そういったこと、つまりは自分自身を認めて向き合うことが昔より随分上手く出来るようになったと思う。これはひとえに20代の自分自身の努力であると思う。

正しく傷つくことを忘れてしまった大人には是非読んでみてもらいたい物語だ。


私も、この先もし忘れてしまうようなことがあればぜひもう一度手に取りたい。

村上春樹/ドライブ・マイ・カーの原作を紐解く #バイラ読書部_4

早稲田大学内「村上春樹ライブラリー」

6つの異なる、けれど近しい物語


6つの小説はそれぞれ異なる媒体に向けて随筆されているせいか、内容が各媒体向けになっているそうだ。(「女のいない男たち」まえがきより)

異なるニュアンスで進んでいく物語だが、実際はどれもが少しずつ繋がっていて、本質的には近しいものを訴えかけてくる。

ここに出てくる彼女たちの行動はいささか私には共感できないが、理解はできるような気がする。
登場人物の男性の行動や思考は更に理解が出来ないが、それはそれで面白い。

嫌悪感を感じる章もあるかもしれないが、その奥にある本質を感じられるとそういった表面的なものはあまり気にならなくなった。


違うようで近しい、6つの短編集。



エッセイを読んで、小説を2倍楽しむ


 私が一番好きなジャンルはエッセイなのだが、それには理由がある。

その”理由”は小説を読むときに顕著に現れるのだが、この「女のいない男たち」では村上春樹氏の人格や歩んできた人生がところどころに散りばめられているのが分かる。
その”分かる”ことこそがエッセイを読むことの醍醐味でもある。


村上春樹氏の食の好みや奥様のお話、サッカー、好きな映画、好きな音楽…
これらをエッセイで読んでいると彼の人となりがよく分かるので、小説に出てきたときに頭の中でピンと紐づく。
そういう瞬間に、小説とより深く繋がっているような感覚になれるのだ。


例えば早稲田大学をご卒業されているので早稲田大学がこの小説にも出てくるし、ジャズやビートルズが好きなことも小説内で見て取れる。好きなバーの雰囲気なんかも。

更には「木野」に出てくる猫の位置付けが、村上春樹氏の小説だからこそどんな存在なのかがよく分かる。


エッセイはつらつらと作家の日常が記されているので人それぞれ好き嫌いがあるかもしれないが、小説を読んだとき、彼らの頭の中が少し見えるような、歩んできた人生が少し覗けるような、そんな気分になれるのでおすすめだ。

❏ドライブ・マイ・カー

【第94回アカデミー賞】国際長編映画賞受賞

【第74回カンヌ国際映画祭】脚本賞、国際映画批評家連盟賞、エキュメニカル審査員賞、AFCAE賞受賞

【第79回ゴールデングローブ賞】非英語映画賞(旧外国語映画賞)受賞

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました
ほぼ読書感想文ですよね…笑

この「女のいない男たち」という短編小説はひとりでじっくり、雰囲気のあるジャズが流れているカフェなんかで読むことをおすすめします。
総じて不思議な短編集ですが、6つのうちのどれかがきっと、心に響くと思います。
皆さんも映画・小説どちらでも気になるほうをぜひ見てみてくださいね。

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