テレビ東京『WBS(ワールドビジネスサテライト)』の大江麻理子キャスターがセレクトした“働く30代女性が今知っておくべきニュースキーワード”を自身の視点から解説する連載。第24回目は、「難民問題」について大江さんと一緒に深堀りします。
今月のKeyword【難民問題】
なんみんもんだい▶1951年に採択された「難民の地位に関する条約」で、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的な迫害などの理由で他国に逃れた」人々と定義されている。近年では紛争などにより故郷を追われ国境を越えずに避難生活を送っている国内避難民も増え、難民と同様にその人数は増加し続けている。
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2021年6月
世界で故郷を追われた人が過去最多の8240万人と発表
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、紛争や迫害などで国外に逃れた難民や家を追われた国内避難民などが2020年末時点で8240万人に上ると発表した
2022年2月
ロシアの侵攻によりウクライナから避難する人が急増
ロシアの侵攻開始以降、ウクライナから国外に逃げる人々が日に日に増え、UNHCRは「第二次世界大戦以降の欧州で最も速いペースで難民が増え続けている」と指摘
2022年3月
岸田首相がウクライナからの避難民の受け入れを表明
岸田首相は「国際社会における重要な局面でウクライナの人々との連帯をさらに示す」と述べ、ウクライナから避難した人の日本への受け入れを進める方針を示した
バイラ読者104人にアンケート
Q 難民問題の解決のために何かしたいと感じますか?
約8割が「何かしたい」と感じ、約3割が実際に難民支援を目的に行動を起こした経験があると回答。具体的に、募金やチャリティグッズの購入、ストリートチルドレンとの文通などが挙がった。一方で「何ができるか教えてほしい」との声も
Oeʼs eyes
困っている人のために何かしたいと思っている読者が多い、胸に迫るものがある数字ですね。難民支援を目的に行動を起こしている人も多いと感じました。私自身、実際に難民キャンプの取材を経験し、サポートすることやサポートする気持ちを示すことの大切さ、報道することの重要性を感じました
Q 紛争や迫害により故郷を追われた難民の人々が、どのような生活を送っているかイメージがわきますか?
「イメージがわかない」と回答した人が約3分の2。「日本は島国なので、陸続きで難民が国境を越えて避難してくることもなく実感がわきづらい」「ニュース以外に現状を知る機会が少ない」といった声が
Oeʼs eyes
どこに逃げどこに暮らすかによって生活の様子が異なるので、詳しくご存じの方が少ないのは自然なことだと思います。今回、ウクライナの方々が地下鉄のホームなどをシェルターにして寝泊まりをしていたり、他国に逃げて避難生活をしている映像を目にして徐々に皆さん把握し始めているところかもしれません
Q 岸田首相がウクライナからの避難民の日本への受け入れを表明したことについてどう思いますか?
賛成 59%
どちらとも言えない 35%
反対 6%
賛成には「ウクライナに限らず人道的支援を積極的にしてほしい」、どちらとも言えないには「受け入れ後の就業面など体制を整える必要がある」、反対には「国内にも困窮者がいるなか簡単ではない」といった声が
Oeʼs eyes
半数以上が賛成しているのは、今、命の危険にさらされている方々がいることを把握し、難民問題を身近に感じている証拠でもあると思います。日本の受け入れ態勢に不安を感じている声もありましたが、今後ウクライナ以外から来る人にも人道的な支援ができる体制を整えておくべきだと私も感じます
「この10年で故郷を追われた人が倍増。世界でサポートしなければいけない局面に」
「ロシアによる侵攻以降、ウクライナから国外に逃げていく方々が増え続けています。こうしたなか難民を世界がサポートしなければいけない局面にきていますので、今回取り上げました。難民問題は今に始まったことではなくて、世界で故郷を追われた人の数は過去最多を更新し続けています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータによると、’20年末の時点で8240万人が住むところを追われ逃げているということですので、世界の問題として私たちが知っておくべきことではないかと思います」と大江さん。この10年で故郷を追われた人の数は約2倍に。なぜ増えているのですか。
「2010年末以降、中東や北アフリカといったアラブ諸国を中心に『アラブの春』と呼ばれる民主化運動が起こりました。そこから内戦状態になる国もあり、命の危険を感じて国外に避難する人が急増しました。ヨーロッパまで逃げようとする人々が、大勢でゴムボートに乗り地中海を渡る映像をご記憶の方もいるのでは。’22年3月末時点で、世界で最も多くの難民を生み出しているのはシリアで、約570万人とされています。ウクライナだけでなく、世界中で住むところを追われている人が多くいるのです」
「私たちと同じように生活していた人々が突然、不条理な境遇に。平和は永続的ではない」
特に苛烈な状況が続き、多くの人が難民となったシリア。大江さんはシリアから逃れた人々の難民キャンプの取材経験がある。「’12年と’13年にヨルダンにあるザータリ難民キャンプを取材しました。シリアの戦闘が激化するなか、国境近くにある難民キャンプには多くの方が徒歩で逃げてこられていました。冬の夜は気温が0℃くらいまで冷える土漠の土地に直接テントを張り、雨が降ると泥水がテント内に流れ込んで荷物が水浸しになってしまうようななかで凍えながら生活をされていました。逃げる直前に撮った町の動画を『これを撮影した日にもうここには住めないと逃げてきたんです』と屈強な男性が泣きながら私に見せてくれました。そこには普通の町の交差点が銃撃戦の場になり、友人が撃たれて死んでいく様子が撮影されていました。また、キャンプのキッチンでスープを作っていたお母さんが庭のある自宅の写真を見せてくれながら『庭のオリーブをオイルにして使っていたから、シリアの料理は世界一美味しいと思うの』とおっしゃっていて。私たちと同じように普通に生活をしていた人たちが、ある日生活の場が戦場になって、着の身着のまま戸惑いながらも逃げるしかなかった。平和とはとてももろいもので、永続的なものではない。実は維持するのは奇跡的で大変なことなんだと実感させられました。
翌年、同じ場所に取材に行くと、内戦の長期化で布張りのテントがコンテナに変わり、ザータリ難民キャンプがヨルダンでも人口の多い町になっていました。アスファルトで舗装された大通りができていて、両側に屋台の商店が並び、難民キャンプが進化していく様子が印象的でした。ただ、人間のたくましさを垣間見た一方で、滞在が長期化することで難民を受け入れる側の国の負担が大きくなり、最初は温かく迎えていた人たちも、国の財政が彼らのせいで悪くなると思ったりするなど難民に対する風当たりが強くなる負の側面も感じました。
ヨルダンには広い土漠がありテントやコンテナを並べて大規模なキャンプをつくっていましたが、今回のウクライナの場合は近隣の国の市街地に避難する人も多く、スペースの確保が課題です。『WBS』では、ポーランドの閉鎖したショッピングセンターを避難民の施設に作り替える様子を取材しました。そこでは日本の建築家の坂茂さんが自然災害時の被災地支援の経験を生かして紙製の間仕切りの設営を支援。難民支援の現場に人々の知恵が持ち寄られていました」
アンケートでは、多くの読者が「難民問題の解決のために何かしたい」と回答。
「難民問題には長期的なサポートが必要なので、私の場合はUNHCRなどに毎月定額寄付をしています。1回登録すると定期的に自動引き落としされ、振込通知やレターが届くたびに難民の現状に意識を向ける機会に。『お金だけ払うのはよくないのでは』と心配する声もありましたが、そんなことはなくて、まずある程度のお金がないとサポートはできないので自分の代わりにお金に動いてもらう選択肢もあると思います。
前述のスープを作っていたお母さんから『遠くまで来てくれてありがとう。私たちのことをぜひ世界に伝えてください』と言葉をかけられ、取材を通して思いや声を託されたと感じました。どんなニュースもそこに人がいて、人の思いがある。報道の重要性を難民の方々に教えてもらった気がします」
大江麻理子
おおえ まりこ●テレビ東京報道局ニュースセンターキャスター。2001年入社。アナウンサーとして幅広い番組にて活躍後、’13年にニューヨーク支局に赴任。’14年春から『WBS(ワールドビジネスサテライト)』のメインキャスターを務める。
撮影/木村 敦 取材・原文/佐久間知子 ※BAILA2022年6月号掲載