選んだときのときめき、手に入れるまでの背景、使うほどに重なっていく記憶……。一つひとつに理由と想いを宿した、愛すべき「名品」とそのストーリーをテーマに、作家・新川帆立さんがつむぐエッセイをお届けします。
私の記憶と名品
作家・新川帆立さん
学生の頃は時給900円のアルバイトで生活費を稼いでいた。
毎月のコンタクトレンズを買うのもやっとで、安くてうまい美容室を探すのに躍起になった。
あの頃は、ハイブランドのバッグやジュエリーが全部輝いて見えた。
ひとつでも手に入ったらずっと大切にするのにと思うものの、全然買えそうになかった。
今の私は買おうと思えば何でも買える。
お高いバッグやジュエリーも、コツコツ貯金すれば手に入る。
何ひとつあきらめる必要がなくなると、何が欲しいのか逆にわからなくなった。
「永遠の定番」と謳われる名品を買ってみたけれども、
自分には使いこなせなくて落ち込みながら手放したり、
素敵に見えたトレンドデザインのものでもワンシーズン使うと急に色褪せて見えたり。
いつのまにか私はすごくわがままになっちゃったのかもと思う。
質がいいものもデザインがいいものも世の中にはたくさんある。
だけどそれだけでは、物を大切にできない。
夢をひとつかなえたときに買った時計や、
仕事で酷い目にあったときに自分を慰めようと買ったブレスレット。
なにげなく買ったのについつい履いてしまう靴。
この靴とあのバッグで繁忙期の残業を乗り切った。
物と記憶は一体となって私についてくる。
すごく気に入っていたのに、嫌な記憶と結びついてしまったせいで捨てた物もある。
でも、それでいいのかもしれない。自分の気持ちを消費社会に売り渡す必要はない。
自分という存在はそんなに安くないのだし、「こちらが名品になります」という
社会からのお仕着せに従わなくていい。品質がよくてデザインもいいのは当たり前。
その上で、自分なりに思い入れを持てる物だけを持っていたい。
自分の半径一メートルの範囲で、嘘をつかない練習をしている。
社会に対するちょっとした反抗、私が息をするための風穴なのである。

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作家
新川帆立さん
東京大学法学部卒業後、弁護士を経て作家に。2021年『元彼の遺言状』でデビュー。2025年『女の国会』で第38回山本周五郎賞を受賞。無類のバッグ好きとしても知られ、バッグへの愛とこだわりを綴ったエッセイも人気を集めている。
撮影/遠藤優貴 ヘア&メイク/廣瀬浩介〈UM〉 スタイリスト/徳永千夏 モデル/貴島明日香 ※( )内の数字は縦×横×マチの長さで単位はcmです ※BAILA2026年11月号掲載

BAILA編集部
30代の働く女性のためのメディア「BAILA」。ファッションを中心にメイク、ライフスタイルなど素敵な情報をWEBサイトで日々発信。プリント版は毎月28日頃発売。






















































