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【BAILAhomme掲載】精神科医 名越康文先生の「“推し”がいる幸福と自由についての話」

最近よく耳にする言葉“推し”とは何か――。推しがいる幸福と自由についての話を精神科医の名越康文先生に伺いました。

人間はどんなものでも愛することができる。会えなくても、人でなくとも

“推し”とは何か――。

最近、この質問をされる機会が増えました。あらゆるものが推しになりうる時代、「推し=アイドル」という簡単な話ではありません。僕のお弟子さんには、マーベル推しで、ひとつの作品ごとに数回映画館に足を運ぶ人がいますし、以前出演していたNHKの番組「熱中時間〜忙中“趣味”あり〜」では、鉄塔を美青年のように愛でる方もいました。それらは“人間はどんなものであっても愛せる”という事実に気づかせてくれます。

話が大きくなりますが、僕は“人間は愛から自由になって、愛を手に入れた”と考えています。子孫を残すための情動を本能的な愛だとすると、人には“そばにいるだけでいい”だったり“子どもは望まないけれど二人でいたい”という気持ちがありますよね。そんなふうに、恋愛と、結婚や生殖を別々に考えることができるようになった時点で、従来の愛から少し自由になったわけです。師弟愛のように尊敬から転化した愛も生まれました。人が愛を様々に転化させてきたからこそ、一度も出会ったことがない人や二次元の存在、人ではないものですら、すごく深く愛することができるようになった。“推し”とはつまり、人間の文化の象徴であり、人々が愛というものをいかに豊かにしてきたか、そこに幸せを築こうとしてきたかということの証明だと僕は考えています。


にもかかわらず、大人が誰かに夢中になっていると、「いい年して婚期を逃すよ」だとか「つきあえるわけでもないのに」などと、とやかく言われることが多いようです。僕のところにもそういうお悩みが届きます。もちろん結婚したいと思うことも、生身の相手と恋愛をすることも素晴らしいことだけれど、あなたが誰かを、何かを、こよなく愛しているのだとしたら、それはあなたが極めて高い文化を持っているということです。しかも、推しに没頭しているときは、雑事をいったん忘れてリフレッシュできるし、高揚感で代謝は上昇。生理現象やホルモンバランス、若々しさにまで影響するわけですから、いいこと尽くしですよね。僕にとってアイドルといえる存在は、ポール・マッカートニーやスティーヴィー・ワンダーなのですが、彼らの曲を聴いているときの幸福感といったら! 推しは心と体、全部につながっているのを実感します。

推しはある種、現実からの逃避だと非難されることもあります。でも、精神的に逃避するからこそ現実世界で壊れなくてすむということもありえるわけです。バランスをとっている。仮に、ものすごくショックなことがあって5年逃避したとしても、そのおかげで心が壊れずにすんだというケースもありえますから、一概に無駄だということはできません。それにもっと大きな枠でいうと、現実逃避の中で、新しいアイディアや作品、商品が生まれることは珍しいことではない。逃避は想像力の源なんです。

一方で、推し活で味わう感情は、幸せなものばかりではなかったりもします。激しい嫉妬や羨望を感じたり、深い喪失感を覚えたりしますから。でも、まさにそういった葛藤によって生じる精神的な試練は、そのまま心の鍛錬になる。ひがんだり憎んだりせずに、自分の中に自己中心的な思いがあることに気づいてそれを乗り越えようとするならば、それは実態を伴うコミュニケーションに勝るとも劣らないだけのエクササイズになりえます。また、もし推しがアーティストだとしたら、その作品を聴くということは、彼らの人生や魂に触れるということ。はっきりと目的を持って聴いているわけではなくとも、その歌に触発されてイマジネーションの翼を広げ、感情がわき上がる――そういう体験ですよね。そのエネルギーの総量を考えたら、職場で接しているだけの身近な他人とのリアルな交流より、はるかに多くの精神的な経験を得ていると僕は思います。

昔ある大物芸能人の方と「本物のスターの条件とはなんだろうか」というお話をしたことがあります。僕の考えでは、それは「ファンを裏切れる人」ということになる。つまらない裏切りではなく、“もっと大きな世界を表現したい”“もっと自分らしい表現をしたい”、そういうレベルの話です。この話で僕が思い浮かべるのは、矢沢永吉さん。カリスマ的な存在だった彼が、突然CMでしがないサラリーマンを演じたりドラマに主演したりと、劇的にセルフイメージを変化させたときがありました。そうすると、「そんなの永ちゃんじゃない」と憤るファンも当然出てきます。でも中には、“彼がそうしたいのであればその気持ちを理解したい”“受け入れて応援したい”と、より深い感情移入や試行錯誤をする人も現れる。推しの対象が殻を破って飛躍するとき、ファンは混乱します。ですが、その混乱の先に、もっと大きな成果と共有が待っている。そういう体験を経るということは、ファンとしてだけではなくて、人間として大切な物語だと思います。またそうやって乗り越えていかないと、10年20年とファンでい続けることはできないでしょう。推し続けるというのは、それくらい驚異的で幸福な精神的活動なのです。

身近な他人より、遠くの推し。精神的活動量の差は、計り知れない ―― Yasufumi Nakoshi

名越康文(なこし やすふみ)

名越康文(なこし やすふみ)


精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。臨床に携わる一方、テレビ・ラジオでコメンテーターを務めるなど、多方面で活躍中。目下の最推しは矢沢永吉。最近いちばんの幸せは、彼への愛を綴った楽曲「セレナーデ」を制作したこと!

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取材・文/菅井麻衣子〈BAILA〉 ※BAILAhomme掲載

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