自分の「好き」を追求できる趣味も人生の喜びには大事なファクター。今回は、「好き」を仕事につなげたり、「趣味」と「仕事」を上手にかけあわせた女性のライフスタイルを紹介。「壁」の魅力に取り憑かれた元ファッションスタイリストの猪熊夏子さん。『壁に合うファッション』というユニークな切り口で本を出版するなど、ファッションと壁業界を融合させた取り組みに注目!
セメント新聞社 取締役副社長
猪熊夏子さん
神奈川県茅ケ崎市生まれ、40歳。文化服飾学院卒業後、ファッションスタイリストとして活動。2015年、叔母の経営するセメント新聞社に入社、専務取締役を経て現職。2020年建文社代表取締役に就任。
壁に夢中!
Q.仕事とのバランスは?
A. スタイリストとしての経験と、セメント新聞社としての仕事と壁への興味関心をごちゃ混ぜにしています(笑)。普段は壁を見て歩いたり、メーカーの方に会ったりと“壁活”中心ですが、これをもっとビジネスに生かす計画中。
Q.壁に出会ったきっかけは?
A. セメント新聞社に入社し、仕事で「左官壁」の存在を知ったこと。それまでもファッションスタイリストという職業柄、背景としての壁に意識は向いていたものの、これがきっかけで本気で壁を追いかけるように。
6人のスタイリストが「壁に合うファッション」を提案するという異色のコラボで、壁の魅力とファッションスタイリングの魅力を伝える『壁の本 KABEBON』を自社から出版! 下はスタイリストやフォトグラファー、モデルなど制作メンバーと
Q.壁の魅力って?
A. 壁は建物の内側・外側、世界中どこにでもあるけれど、そこに「デザイン」という発想をもつかどうかで空間の魅力がまるで変わってきます。素敵な壁がもっと増えれば、世界の景色は驚くほど美しく変わっていくはず!
日々、“壁活”してます
猪熊さんおすすめの壁。
勝浦市芸術文化交流センター
勝浦市芸術文化交流センター。「ねじり積み」で、布のようなやわらかな曲線を生み出している
タワシタ
東京タワーのふもとのレストラン「タワシタ」。左官職人が手がけた土壁で、繊細な土の色差はすべて自然由来だという
南池袋公園
独自の洗い出し技術による「グラフィック・コンクリート」で木立を表現した南池袋公園
弘前れんが倉庫美術館
弘前れんが倉庫美術館。フランス国外建築賞2021のグランプリを受賞
壁のもつ「デザイン性」に目覚めたことで仕事も街も、見える景色が変わりました
ファッションスタイリストから業界新聞社に転身!
パズルのように積み重ねられたれんがの壁の前に現れたのは、ファッションスタイリストとして、“モテコーデ”で大人気を博してきた猪熊夏子さん。彼女が熱中しているのは「壁」! 「この光世証券のれんがは縦横交互に組まれつつ凹凸もあって、個性的でお気に入り。この建築家さんのオリジナルの組み方なんです。それに古い建物ならではの経年による、土に還りつつあるやわらかい色がなんともいえませんね」
7年前、叔母が営む「セメント新聞社」に取締役として入ったのが壁との出会いだという。「入社したものの全然役に立てている実感がなくて焦っていました。そんなある日、取材に同行した折、左官壁の美しさに驚いて」。もともとファッションスタイリストだったときから、撮影の背景としての「壁面」に関心はあったものの、知れば知るほどその奥深さに魅了されたという。「美しい壁を手がけている方はたくさんいるのに、そこに脚光が当たっていない。これはもったいなさすぎると思いました」。各地の素敵な壁を本にしよう!と決めた猪熊さん。セメント新聞社の子会社として休眠状態だった出版社「建文社」を再起動し、本づくりをスタート。自身の経験を生かし、6人のスタイリストがそれぞれ壁に合うスタイリングを提案するという、ほかにはないスタイル本が完成した。「ファッションやデザインという概念を取り入れることで、壁の新たな意味を感じてもらえると思ったし、スタイリスト側にも服をコーディネートするだけではない新たな価値を生み出せるんじゃないかと思ったんです」。この本をきっかけに、何社もの住宅会社からコラボしたいと連絡がくるなど、立体的な広がりを見せるようになってきたという。
壁との出会いが、仕事の上でも新潮流を巻き起こすきっかけに
2歳のお嬢さんをもつ猪熊さんは、育児をしながら取締役としての仕事もこなすが、“今のところ、仕事はほぼ壁活です”と笑う。「タイルメーカーをはじめいろんな材料メーカーさんと会ったり、スタイリストの友人とキャッチアップを兼ねて新しい提案を相談したり。美術館やファッションの展示会にも足を運びます。遊んでいるわけではなくて(笑)精神をリラックスさせ、柔軟な思考をキープすることも重要だと思っているので。もともと公私混同タイプ。
好きな人と、自分の好きなことを仕事にしていることで、力を発揮できるタイプなんです。そして肩書とは関係なく、自分は“企む”のが仕事だと思っています。今は職人さんを“れんがアーティスト”としてプロデュースしたり、企業向けビジネスファッション研修を行うなど、今まで出会うことのなかった壁業界とファッションをかけ合わせてバリューを発揮しています。そういう提案ができるようになったのも、“壁”と出会ったおかげ」。今後はセメント新聞社や建文社をHUBに、これまでになかったコラボレーションに取り組んでいきたいという。「まだ構想段階ですが、大人のファッションに映える壁として、カーキ色のれんがを作れないかと計画中。「れんがメーカーさんと協力して、メイドインジャパンのオリジナリティのあるれんがが作りたいんです」
夢中は…『自分の働き方を変え、社会を変える力さえ生む!』
撮影/山下みどり 取材・原文/吉野ユリ子 ※BAILA2022年1月号掲載