
市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第32回は東京国立近代美術館で開催中の「ヒルマ・アフ・クリント展」を訪問しました。
今月の展覧会は…「ヒルマ・アフ・クリント展」@東京国立近代美術館
“100年以上前に描かれた、斬新でユニークな世界観に魅かれる”

『シリーズⅤ』1920年
ヒルマ・アフ・クリントの後期の作品群は、洗練された色使いの小品も魅力的です。色彩センスが光る、左の作品がプリントされたトートバッグを購入しました!
市川紗椰が語る 「ヒルマ・アフ・クリント展」
絵画の大作ってテンションが上がります。回廊状に展示された10点の巨大画は、見たことのないような色使い、不思議なモチーフで、見ていて気持ちがいい。作品群を囲むベンチに座って眺めていると「神殿のための絵画」と名付けられたとおり、作者の頭の中の神秘的な空間に招き入れられたよう。
ヒルマ・アフ・クリントは、1862年生まれのスウェーデンの女性画家。抽象絵画の歴史の始まりは1911年のカンディンスキーからといわれていましたが、彼女の作品は1906年頃すでに描かれています。しかし脚光を浴びるのは21世紀に入ってから。2018年、NYのグッゲンハイム美術館で彼女の大規模な回顧展が開催されたとき「抽象画の始祖は女性だった」という謳い文句のもと、60万人超の入場者を記録したというニュースを覚えています。また彼女は、スピリチュアリズムに関心を持ち、その霊的な世界観や体系を絵画の形でアウトプットしたともいわれています。
今回の展覧会では「美術史に埋もれていた女性抽象画家」「スピリチュアルを追求した作家」という文脈を示しつつ、それだけにとらわれない彼女の姿が見えるように思いました。作品を前にするだけで、知識はなくとも絵が持つパワーに圧倒されるはず。1章では、彼女が美術アカデミーで学び、生活のために描いた写実的な静物画やスケッチが展示されていて、単純に「めちゃめちゃうまい」(笑)。実在するものを観察し写し取る彼女の飛び抜けた力は生涯ずっと続いていて、それが見えないものを描く抽象表現にも連なっているように感じられたのが発見でした。
ヒルマ・アフ・クリントの人と作品には、まだまだ研究や解釈の余地があるそうです。2025年のこの展覧会で感じたことの答え合わせが将来できるかも。再会が楽しみになりました。
圧倒的な作品のパワーと、まだまだ秘められている“謎”があるのが、彼女の作品の奥深さ

『10の最大物、グループⅣ』1907年
高さ3m以上という10枚の連作! それぞれに幼年期、青年期、成人期、老年期というテーマがあり、ぐるりと一周できるように展示しているのは東京国立近代美術館独自のアイディア

『白鳥、SUW シリーズ、グループIX : パートⅠ』1914-15年
初めは具象的に描かれた白鳥のモチーフが、分裂し、抽象化してゆく連作。めくるめく気分になります

『進化、WUS /七芒星シリーズ、グループⅥ』1908年
神智学に影響を受けた連作からは、エネルギッシュな創作意欲を感じる

様々な年代に描かれた細密な植物画。並々ならぬ絵画の才能が感じられます

(右)「書籍『てんとう虫のマリア』のためのスケッチ」制作年不詳
若き日に描いた児童書の挿絵(右)とヒルマの肖像(左)

『青の本』制作年不詳
写真とスケッチで自作を小さく復元し、カタログ化した『青の本』シリーズ

『花と木を見ることについて、無題』(部分) 1922年
後期の水彩での表現。美しい色の交わりに見入ってしまう
トビラの奥で聞いてみた 市川紗椰×東京国立近代美術館美術課長 三輪健仁さん対談
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは… 東京国立近代美術館美術課長 三輪健仁さん
市川 「女性作家」にクローズアップするのは現代美術のトレンドともいえますが、今回、実際のヒルマ・アフ・クリントの作品のユニークさに驚きました! 特に抽象に至るまでの初期作品が興味深く、「歴史に埋もれた女性画家」という文脈だけでわかったつもりになっていたらもったいない、と感じました。
三輪 はい、確かに2010年代の"アフ・クリント再発見"のブームの当初は「抽象画の始まり」「女性作家」というセンセーショナルな部分が押し出されていたのは事実です。今回は、一過性のトレンドとして消費されないよう、代表的な作品群に至る初期の多様な源泉から、晩年の活動までを丁寧に追える構成にしました。
市川 作品にスピリチュアルな感性とアカデミックな技術が融合しているのが面白い。カンディンスキーなど、同時代の美術史とはまた違う立ち位置にあって、美術史としての見方と、作品そのものの見方で、2度楽しめそうです。
三輪 まさに「これはそもそも抽象画なのか?」という疑問も湧いてきますよね。100年前くらいに活動していた作家の場合、たいていの事実がわかってしまっているのですが、アフ・クリントの研究はまだ途上です。たとえば彼女の周囲の女性たちが、実は作品制作にかなり関与していたことも最近わかってきました。
市川 なるほど、その研究成果も知りたいです!美術史がアクティブに変遷している一場面に立ち会うことができるというのも、貴重な体験ですね。
訪れたのは…東京国立近代美術館

【展覧会DATA】ヒルマ・アフ・クリント展
〜6/15 東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3の1
10時〜17時(金・土曜は〜20時、入館は閉館の30分前まで)
休館日/月曜(5/5は開館)、5/7
会場内の写真撮影可能
https://art.nikkei.com/hilmaafklint/
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掲載写真はすべて「ヒルマ・アフ・クリント展」展示風景、東京国立近代美術館、2025年
作品はすべてヒルマ・アフ・クリント財団蔵
撮影/森川英里 ヘア&メイク/猪股真衣子〈TRON〉 スタイリスト/平田雅子 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2025年6月号掲載