美容エッセイが話題の小説家・爪切男さん。保湿と向き合うことで、世界がドドーンっと広がった彼の言葉には美容の本質が隠れていた！　等身大で泣けるエピソードの数々は、美容に慣れた私たちの“お手入れ心”も温かくくすぐってくれるはず。どんな日だって欠かすことのないシートマスクをする時間は、心をリセットして自分に素直でいられる時間です。

昔、ディスクユニオンでレコードを探していたように、カッコつけてほかの人とかぶらない自分だけのタバコの銘柄を探していたように、今はドラッグストアでシートマスクを物色しています。分野が違っても結局やっていることは同じなんです。パシャッとして終わる化粧水に対して、シートマスクは装着している時間が長いじゃないですか。だからよく美容の記事で“自分をリセットする時間”とか書かれてますけど、恥ずかしながら本当にそうだと思います。リセットする時間なんて無駄でしかないし、そんな暇あるなら酒飲むぞ！って思っていたけど、人って小さな経験から随分と変わるものなんです。

我が家でシートマスクは夫婦の時間です。妻が先にお風呂に入り、30分くらいの長尺マスクをして、そのあとに入って出てくる私が10分くらいのマスクをして。夫婦間のルールは特にありませんが、互いにシートマスクをするこの10分だけは素直になろうというのが唯一の決まりごとです。妻いわく、私はすぐバレるしょうもない噓をよくつくんですが、いちばん心配なのは本当にしんどいことや疲れてることを口に出さないことだそうです。だからこの時間だけは、嫌だったことやつらかったことを包み隠さず話すようにしています。あまりに辛辣なことを言いすぎて、腹の中ではそんなこと考えているの……と引かれることも多々あります（笑）。

撮影／藤澤由加　イラスト／moeko　取材・原文／前野さちこ　構成／渡辺敦子　※BAILA2025年12月号掲載