NHK大河ドラマ『西郷どん』では主人公の西郷隆盛役として日本国民に強烈な印象を残し、NHK連続テレビ小説『花子とアン』ではヒロインの夫・村岡英治役で第39回エランドール賞を受賞し、映画『HK/変態仮面』ではパンティを被ったアブノーマルなヒーローを熱演し、『俺物語!!』ではなんと30㎏も体重を大増量して高校生役に挑戦し...自らを徹底して“役者”と呼び、そのストイックすぎる役づくりがクリエイターからも視聴者からも愛される俳優・鈴木亮平さんにお会いしてきました。
鈴木さんが今回挑戦しているのは、『孤狼の血』(2018年)、『凪待ち』(2019)など、ヒューマンドラマの傑作を次々と生み出している気鋭の映画監督・白石和彌(しらいし・かずや)さんの最新作『ひとよ』。DVの父親を殺めて3人の子どもたちを守った母親が15年ぶりに帰郷。その後の家族4人の葛藤や戸惑いを描いています。
鈴木さんは、三兄妹の長男・稲村大樹役。次男で弟の雄二役を佐藤健さん、長女で妹の園子役を松岡茉優さん、そして母親のこはる役を田中裕子さんが熱演しています。たった“ひとよ(=一夜)”の事件によって人生を狂わされてしまった家族が再会を果たした先は、本当に幸せなのか...!? 今をときめく俳優たちがこぞって出演を希望するという白石監督の作品と向き合った日々のお話を伺いました。
1.なぜ、役づくりにそこまで没頭できるのですか?
鈴木さんが演じる大樹は、三兄妹の長男ではありますが、いかにも長兄らしい頼りがいはなく、子どもの頃から吃音に悩み、コミュニケーションが苦手で、言いたいことをうまく表現できない役どころ。また、三兄妹で唯一家庭を持っていますが、母親が殺人事件を起こしたことを妻(MEGUMIさん演じる稲村二三子)に黙って結婚したため関係が悪化し、離婚の危機にあります。吃音のキャラクターを演じきるため、先生の指導を受けたり、吃音の方々の交流会に参加したりと、『ひとよ』現場でも徹底してストイックな姿勢を貫いていたという鈴木さん。仕事で、演じることのプロフェッショナルとはいえ、なぜそんなに自分を追い込めるのでしょうか?
「それはもう、役をいただいたのですから、自分にできることを精一杯、一生懸命やるのみです! 僕が役者をやっている理由は『自分以外の人生を本当に生きている!』という実感というか、醍醐味に夢中だからです。...とはいっても、今回の大樹役は少し難しかったかもしれません。本来の僕との共通点がほとんどなかったので“違っている点を埋めていく”作業が多かったですね。唯一共通点があるとすれば、家庭があることと、体が大きい(鈴木さんの身長は186㎝)ことかなぁ。大樹は、こはるの殺人事件以来、父親の暴力からは解放されましたが、“殺人者の子ども”として15年間ずっと世間から蔑まれて育ってきた。吃音も直らないし、発言に自信が持てない。でも体は大きいから、少しでも注目を浴びないようにするために自然と背中も丸まっちゃって、15年かけてスッカリ縮こまってしまった。僕もプライベートでは絶対気づかれたくないほうで、人目を避けるように猫背でこっそり歩きます。ストレスや負の感情を表に出さず、つい溜め込んでしまうところもあります。あと、大樹は『自分はDVだった最悪な親父とは違う』という思いがありますが『父親を絶対超えてやる』っていう意地は、男なら誰にでも必ずあると思う。そんなちょっとした実体験をていねいに照らし合わせることが、大樹を演じるうえでの大切なヒントになりました」
2.これまで気づかなかった自分の新しい一面はありますか?
「僕はほかの方よりも比較的、いろんなタイプのキャラクターを依頼されるほうの役者だと思っているんですが、今回なぜ白石監督から大樹役にキャスティングされたのか、最初はわからなかったんですよね...鈴木亮平にあまり内向的なイメージってなくないですか(笑)? でも僕自身は、気持ちを内面に抑えて溜め込んでいく面が確かにある。白石監督は“人の違う面を見抜く嗅覚”みたいなものが本当に鋭くて、もしかしたらミスキャストになる可能性もありながら、それでも『大樹を鈴木亮平に任せてみたい』っていうのが白石和彌監督の白石和彌監督たるゆえんで、彼なりの反逆精神だと感じました。役者への愛も強いですし、役者本人の想像のはるか斜め上をいく新しい魅力を引き出してくれる監督だからこそ、たくさんの役者から求められていると思うんですよね」
リアルでは次男の鈴木さんが、長男役を演じてみて思ったこと。
「大樹は、なぜ父親が自分たちを殴るのか、自分のどこがダメなのか、理由がまったくわからず『兄貴である自分が至らないせいで弟も妹も殴られている』と思い込んでしまう状況で育ってしまいました...(大樹の心境を想うあまり10秒ほど沈黙したあと)本当にキツいですよね。兄妹だから、弟にも妹にも気をつかっていない風に装いますが、肝心なところで行動派の弟に『雄二どうする!?』っていちいち聞いてしまう自信のなさもすごくわかる。さらに、自分が虐待を受けてきたからこそ、奥さんに責め立てられてつい手を出してしまい、自己嫌悪に苛まされる彼の姿は、演じていてもキツかったですし、観ているほうもツラいと思います。自分をものすごく嫌いになってしまう。でも彼は“いい親父”ってどういう父親なのか見たことがない。先生がいないまま大人になって結婚してしまったんです。どうすれば幸せな家庭を築けるかわからないって難しいですよね...。そもそも事件のことを奥さんに言っていなかったのがいけないですよね。話し合うって本当に大事なんですよ! 家族に問題があるときは絶対に話し合ったほうがいい」
3.白石監督にラブコールが集中する理由は何でしょうか?
「白石監督の作品って、緊張感あふれるバイオレンスなものが多いイメージだと思うんですが、実は現場はとても穏やかなんですよ! 役者がすごくリラックスしてベストを尽くす環境を作ってくれる、あったかい現場です。監督自身もワンマンな感じは一切なくて、いつも和やか。スタッフ同士の怒鳴り合いなどもないし、平和に過ぎていくんですよ。僕も(佐藤)健も(松岡)茉優ちゃんも、本当の兄妹的な空気感を出そうともちろん努力はしますが、普通に雑談しているそのままの流れで『ハイ、じゃー用意スタート!』みたいな、常に僕たちを見守ってくれる感じが大好きです。僕たち役者が、それぞれの役に対していちばん自信を持った状況をしっかりつかんで、一歩前に進めるように仕掛けてくれる、そんな監督です。それでいて、出来上がった作品にはすごく緊張感がある、そのギャップが、みんなが夢中になる白石マジックなのではないかと思います」
4.最も印象に残っているシーンはどこですか?
「15年ぶりに帰ってきたこはるに、妹の園子と一緒に抱きしめられるシーンです。園子はそのまま『おかえり』と抱きしめ返しますが、僕は『やめろよ』と拒絶して去っていきます。このシーンは、現場で田中さんに実際抱きしめられたときの直感を大事にしようと思って、あえてあまり考えずに臨みました。そうしたら大樹くんは“お母さんの匂い”がイヤだったんですね...子ども時代に、唯一安心できる存在だった大好きな母親の匂いをかいで、その気持ちの強さに飲み込まれてしまうのが怖かった。園子みたいに流されてしまったら、自分たちが苦しみ抜いた15年がなかったことになってしまう、それを認められなかったんですよ。それだけ母親のハグって、問答無用の安心感があるというか、匂いも体温も強烈なんですよね。今でもお母さんに抱きしめられることってないじゃないですか...(と質問されたので「ありますよー」と答える筆者)...えっ、ある!? 外国みたいですねぇ(笑)。僕は母親にハグされることはないので、今もしされたら、えっ...どうしよう(困)。感情をものすごく強く引っ張られるからこそ逆に逃げたくなる、親子のすごさを感じました」
5.鈴木亮平にとって“家族”とは!?
「一緒に暮らす“時間”がとても大事だと思います。血縁関係に限らず、会社でも学校でも、人間って、小さなコミュニティのなかで一緒にいる時間に比例して情が生まれて、惹かれあっていくのかなって。大樹のなかでも最初、母親を受け入れたい気持ちと、受け入れられない気持ちがせめぎ合っていますが、一緒に生活することによって、心が解きほぐされていきます。この映画の舞台になっているタクシー会社でいうと、ずっと何年も一緒に働いていると本当の家族みたいになってお互いに助け合うようになるし、そこで男女の関係になる人もいたり...時間が与える影響って本当に大きい。あと僕、こはるの『自分にとっては人生を変えた一夜でも、他人にとってはなんてことない、それでいいんだよ、ただの夜ですよ』っていう台詞が本当に大好きで、人生における時間についての重みを考えさせられました。たとえばあの、大昔にデートした大好きだった人は自分にとって一分一秒思い出に残っているけど、相手にとってはなんてことない時間だった...みたいなことになるんですよ(と、いきなり過去の恋を引き合いに出す鈴木さん)! 時間の大切さって人によって価値がぜんぜん違うから、そこが悲劇を生んだりする。感慨深いですね...(ちょっと遠い目)」
6.映画『ひとよ』を観るべき人は!?
「本音をいうととにかく観てって感じですが(笑)、家族に対して何かしらの思いを抱えている人にはぜひ観ていただきたいですね。『ひとよ』は、自分が家族に対して思っている感情を何よりも投影できる作品だと思うんですよね。“推し”のキャラクターに感情移入することによって、自分が普段どのように家族と向き合っているか、ヒントが見つかる気がします。娯楽として観る映画も好きですが、映画って、人生についての気づきをもらいたいから、何か一歩踏み出す勇気がほしくて観るのが醍醐味だと思っているんです。なので僕は『悩みを忘れて気分転換したい』というよりも、何かに落ち込んでいるときに、同じような思いをしている人を映画を通して見守ることで、勇気をもらえたり、言葉にできない気持ちの整理をつけたり、頑張ろうとか、そういう気づきをくれる映画が好き。そんな映画は何度でも観ます。家族に対してギクシャクした感情って、必ず誰にでもひとつはあると思うんですよ。そういうのを和らげて、自分の家族に対する思いを確認していただければ。極端にツラい状況にある家族を観ることで『自分たちの家族はどうだろう』『やっぱり家族って大事だよね』と思ってもらえるとうれしいです」
インタビュー終了後“母親に積極的にハグされたいか問題”を振り返り「いやぁ、僕もハグし合う家族になりたいですよ。でも相手があることだしなぁ...」とつぶやきながら控室に去っていった鈴木さん。自身のご家族にはもちろん、仕事仲間に対しても、我々のような取材陣に対しても、さらに自分が演じる役に対しても、徹底的に誠実さを貫き通す、愛と信念の人だと感じました。筆者は鈴木さんと共有した“時間”を一生忘れません!
そんな鈴木亮平さんが好演している映画『ひとよ』、ぜひ劇場でお楽しみいただければと思います。
【映画『ひとよ』】
公開日/11月8日(金)~公開中
会場/全国主要映画館
監督/白石和彌 脚本/髙橋泉 原作/桑原裕子「ひとよ」(集英社) 出演/佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟、佐々木蔵之介・田中裕子 製作幹事・配給/日活 企画・制作プロダクション/ROBOT
©2019「ひとよ」製作委員会
撮影/齊藤晴香 ヘア&メイク/森泉謙治 スタイリスト/徳永貴士 取材・文/沖島麻美
鈴木さん衣装クレジット:スーツ¥125000・ニット¥18000・シューズ¥82000/ヒューゴ ボス ジャパン(ボス)