出版の仕事に関わる人は、どんな視点から本を選び、読んでいる? 今回は文庫本、少年漫画、ビジネス書などそれぞれのジャンルで話題作を手掛ける編集者4名に、自分の人生に影響を与えた本を教えてもらった。
ブレていた心を整えてくれた本
『彼女を好きになる12の方法』
入間人間著
メディアワークス文庫 715円
この作品に出会ったのは、大学時代。手にしたきっかけは、好きな作家さんの新刊だからという単純なものだった。その頃の私は将来の夢もなく、「何が好きなんだろう?」「それはなぜ?」と自問自答しては、漠然とした焦りを感じていた。そんなとき、作品内に登場する女性の「理由を好きになったわけじゃない」というセリフと、そのあとに語り手が続ける、「彼女には彼女の考え方がある」というニュアンスの一文に、「好き」への向き合い方は人それぞれ、自分の中でもひとつじゃなくていいと、肩の力が抜けたのを覚えている。同時に「この作家さんの本を作ってみたい」という目標も芽生えた。
小説の編集者という職業柄、物語の登場人物について「この人はどんな人なんだろう?」「何を考えて、次はどんな行動をとるんだろう?」と考える機会がとても多い。理解ができず感情が迷子になったとき、「人それぞれで当然だ」と頭をリセットさせてくれる、大切な一冊にもなっている。
角川つばさ文庫編集部
山口真歩さん
やまぐち まほ●KADOKAWAへ入社後、書籍宣伝、実用書・ライトノベル等の編集を経て、児童向け小説レーベルへ。担当作は学園もの、歴史系ギャグミステリーなど幅広い。
(私が手がけた本)
『スイッチ!』
深海ゆずは著
角川つばさ文庫 1~10巻 726円~
女子アイドルをプロデュースするのが夢の中学生・まつり。男嫌いの彼女がイケメンたちのマネージャーに!? 現在も続く人気シリーズ!
ルーツや生きやすさについて考えた本
『パチンコ』
ミン・ジン・リー著 池田真紀子訳
文藝春秋 上下巻 各2640円
何故、極東の物語が世界に届いたのだろう? 本著は朝鮮半島生まれの女性が、国を渡り日本へ移り住み、時代に翻弄され続けた人生を描いた大河小説。アメリカでベストセラーになり、AppleTVで実写ドラマ化もされた。政治的・経済的な理由から、生まれ育った国を出ていかなければ、生きてはいけない人が世界中にいる。国が違えば、文化も違う。差別があり、衝突も起こる。その苦悩と悲哀、理解と許しが合わさった物語を深く描いたから世界の「移ろう人々」に届いたのだ。
自分は両親が台湾人、東京で生まれ育ち30歳で帰化した。ずっと自分の本当の居場所はここではないのでは、と思いながら「なじめる」よう生きてきた。しかし大人になって気がついた。国や言葉が「同じ」だろうが、人は簡単にはわかりあえない。移民でない人も生きにくさを感じながら、どうにか生きている。誰かの「許し」を求め続けてしまい、なぜか生きにくい。そう思う人にこそ、読んでほしい物語。
『少年ジャンプ+』編集部
林士平さん
りん しへい●『月刊少年ジャンプ』に配属後、『ジャンプSQ.』創刊を経て、『少年ジャンプ+』編集部へ。『チェンソーマン』をはじめ、ヒット漫画の送り手として知られる。
(私が手がけた本)
『SPY×FAMILY』
遠藤達哉著
集英社 1〜10巻 各528円
敏腕スパイの黄昏が、かりそめ家族とともに受験と世界の危機に挑む、ホームコメディ。隔週月曜日更新。アニメは第2クールが10月放送開始。
社会人の自覚を高めてくれる本
『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』
高野登著
かんき出版 1650円
「悪質な事件に巻き込まれ記念日の宿泊をキャンセルしたとき、記念日のお祝いを届けてくれた」「客室に夕方の講演の資料を忘れて困っていたら、客室係の方が新幹線で届けてくれた」。数々の伝説的なエピソードのある、五ツ星ホテル・リッツ・カールトンでの働き方に関する本。お客さまに奇跡のような体験をしてもらうために、各従業員に与えられているのが「一日二千ドル」の決裁権。私のように宿泊した経験がない者でも、ホテルのポリシーは、素敵すぎてため息が出る。
冒頭に挙げた従業員の行動は、非効率といわれるかもしれない。しかし私たちも相手への小さな想像力と、働きかけを持てば、人間関係もその先の仕事も違ったものになるだろう。そして“We Are Ladies and Gentlemen Serving La dies and Gentlemen”(紳士淑女にお仕えする我々も紳士淑女です)というメッセージも、心に響く。職業人として誇りを持ち、感性を磨く。働く上で忘れてはいけないことを教えてくれる。
SBクリエイティブ 学芸書籍編集部
多根由希絵さん
たね ゆきえ●ビジネス書・新書を担当。成田悠輔『22世紀の民主主義』、伊藤羊一『1分で話せ』、落合陽一『2030年の世界地図帳』など、話題の書籍を多数手がけている。
(私が手がけた本)
『大人の語彙力ノート』
齋藤孝著
SBクリエイティブ 1430円
メールやLINEが同じ表現ばかり、ビジネス用語がうまく使えないなどの悩みに対応できる「言い換え」の一冊。45万部突破のロングセラー。
ひと息つきたいときに読む本
『わたしの好きな季語』
川上弘美著
NHK出版 1870円
とある作家の取材をしたときのこと。「本を読んでいる間は誰にも邪魔されない。だから読書の時間は尊いのだ」と言われたことがある。その瞬間、自分が本を読む理由がわかった気がした。本は、ページをめくるだけで瞬く間に現実を忘れさせてくれる“避暑地”のような存在なのだ。
私が会社のデスクに常に置いていて、心の“避暑地”にしている一冊が、川上弘美さんの『わたしの好きな季語』だ。小説家で、俳人でもある川上さんが96の季語をピックアップし、名句の紹介とともに書いたエッセイ集である。川上さんの目を通して見た豊かな暮らしがあり、「北窓開く」や「夏館(なつやかた)」「夜長妻(よながづま)」といった、知らない言葉との出会いがある。知らない言葉との出会いは、すなわち知らない世界との出会いでもあり、短いエッセイを読むだけで、会社にいながらにして日常から離れることができる。そんな贅沢な時間をもたらしてくれる一冊こそ、私のとっておきだ。
集英社 文芸書編集部
森田眞有子さん
もりた まゆこ●雑誌『モア』『シュプール』の編集を経験したのち、文芸書編集部に。これまで担当した本に石田夏穂『我が友、スミス』、池井戸潤『ハヤブサ消防団』などがある。
(私が手がけた本)
『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみ著
集英社 1650円
焼肉擬人化漫画を愛する由嘉里が出会ったのは、美しく退廃的なキャバ嬢・ライ。腐女子の主人公が幸せを追い求める過程を追った小説。
撮影/kimyonduck イラスト/naohiga 取材・原文/石井絵里 ※BAILA2022年11月号掲載