「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南する本連載。
今月紹介するのは、花形俳優の研鑽の公演として、5年前から始まった京都南座の『三月花形歌舞伎』に出演する中村米吉さん!! その愛らしさと美しさで、今もっとも勢いのある若手の女方さんです。

このたびの公演で演じるのは、恋に突っ走る娘お三輪ちゃんとクールな遊女お紺さん。キャラクターの違う役柄で、いろいろな米吉さんの魅力が楽しめそう。そこでバイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧がインタビュー。演目の見どころのほか、近況についても伺いました!!
なかむら・よねきち●1993年、東京都生まれ。屋号は播磨屋。父は歌舞伎俳優の中村歌六。
2000年7月、7歳のときに歌舞伎座『宇和島騒動』で、中村米吉を襲名して初舞台。2011年から女方を志す。2023年9月、歌舞伎座にて『祇園祭礼信仰記』の雪姫、2024年1月に浅草公会堂にて『本朝廿四孝』の八重垣姫、同年11月に明治座にて『鎌倉三代記』の時姫を演じ、女方の大役である三姫を短期間で制覇。歌舞伎版『風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―』のナウシカ役、『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』では、ヒロイン・ユウナ役など、新作歌舞伎でも活躍。
【中村米吉さん】インタビューの幕開けは・・・
ばったり小僧 米吉さん、今日は3月にご出演される京都南座「三月花形歌舞伎」についてお伺いできればと思います。
米吉 えっ、もう本題?(笑) それよりまずはまんぼう部長が二代目になったんでしょう? 初代が隠居したって聞いて、この連載も終了かと思ったけど、続くことになって本当に良かったと思っていたんです。二代目さん、はじめまして。
まんぼう部長 はじめまして! 私は歌舞伎について全然詳しくなくて勉強中なんですけれど、引き続き、よろしくお願いいたします。
米吉 そうだ! せっかくだから5月の音羽屋さんの襲名に合わせて(八代目尾上菊五郎・六代目尾上菊之助襲名披露興行)、BAILAでも二代目の襲名披露をやったらいいんじゃない? 「このたび株式会社集英社のお許しを得まして……今後とも二代目まんぼう部長をご贔屓、お引き立て賜りますよう、隅から隅までずずずいと請い願い上げ奉ります」って(笑)。そうしたら襲名とは、口上とは、ってこの企画で説明できるし。二代目さんは、いつも取材している人に『口上』としてお祝いの言葉をもらえばいいと思う。
部長 そんなこと、考えてくださるのは米吉さんだけです!! 感激です。ありがとうございます!!
小僧 そうしたら襲名披露のときは、ぜひ米吉さんにプロデュースしていただいて……。
米吉 それは遠慮させていただきます!(笑)

↑トークは相変わらずキレッキレで、二代目まんぼう部長の襲名披露案をいろいろ考えてくれた米吉さん。「横並びでずっと正座しているのはたいへん。まんぼう部長の披露口上は廻り舞台で、次々出てきて挨拶するのとかいいんじゃない?」(笑)。おもしろすぎる。さすがです!
『妹背山婦女庭訓』と『伊勢音頭恋寝刃』を米吉さんが解説!
小僧 ということで本題です!! 京都南座の花形公演、2年ぶり3回目のご出演ですね。
米吉 そうですね。前回、前々回は、新作歌舞伎ファイナルファンタジーやスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』と重なっていたので久しぶりです。でも一昨年も昨年も、休演日に南座へは顔を出しました。「花形歌舞伎」といえば、新春浅草歌舞伎が有名で、あちらは45年も続いてます。南座の花形歌舞伎もこうした形になって今年で5年連続の開催。若手の研鑽の場としての立ち位置をある程度、明確化でき始めているのかなと思っています。
小僧 米吉さんは、今回、『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)の杉酒屋娘お三輪と、『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんどこいのねたば)の油屋お紺を演じられます。まずはお三輪ちゃんのお話からお伺いします。女方の大役ですが、演じられるのは初めてなんですね。
米吉 そうです。二代目さん、『妹背山婦女庭訓』はご覧になったことありますか?
部長 すみません、ないです。
米吉 この作品は奈良時代、大化の改新をモチーフにしたとても長いお話で、今回上演するのは、その中の「三笠山御殿」という場面です。

↑シックなスーツ姿のせいか、ぐっと大人っぽく、ステキになった米吉さん♪ 初対面の二代目部長は、「想像していたよりも何倍もかっこよかったです! そして米吉さんのトークはめちゃくちゃ冴えてると小僧さんが言っていたのがよくわかりました(笑)」。
庶民のお三輪ちゃんがセレブの恋に巻き込まれて悲劇に!?
部長 大化の改新、歴史で習いました! 当時、政権を牛耳っていた蘇我入鹿を、政敵の藤原鎌足と中大兄皇子が倒したという政変ですね? 史実をもとにしているんですね。
米吉 と言っても奈良時代の話なのに造り酒屋の娘が出てくるし寺子屋とかあるし(笑)、神話的な要素もあったりします。歌舞伎はそういうめちゃくちゃな設定が多いんですけれど、全体的にとても古風でファンタジックな雰囲気の作品です。
まず主人公の杉酒屋の娘お三輪は、隣に越してきたイケメン男子・求女(もとめ)を好きになるんですけど、じつは彼の正体は、藤原鎌足の息子・藤原淡海で、大悪人の蘇我入鹿を倒すため身分を偽して庶民の暮らしをしていたんですね。ところが求女は、お三輪といい仲になりながらも蘇我入鹿の妹・橘姫とも恋愛関係にある。事情を知らず、お三輪が恋人を追っていくと、たどり着いたのは立派な御殿。
つまり普段は渋谷や原宿で買い物をしているような女の子が、セレブの恋に巻き込まれて、いきなりバッキンガム宮殿に紛れ込んでしまう話なんですよ。そこには意地悪なメイドがたくさんいて、「何、この田舎くさい子は!!」とイジメられたりして。
小僧 健気なお三輪ちゃんがひどい目にあうところも見どころですね。
米吉 そうですね。でも、お三輪の恋人への思いはとても深くてあきらめきれない。橘姫と結ばれるのが許せなくて、嫉妬の炎をメラメラと燃やします。ところがこの「疑着の相」(ぎちゃくのそう=嫉妬の相)を持つ女の生き血が入鹿を倒すのには必要で、お三輪は殺されてしまいます。

↑「歌舞伎には、主君のために自分の子どもを犠牲にするような話もありますけれど、それに比べると、お三輪の自己犠牲は、ぎりぎり今の時代の人に通じるのでは?」と米吉さん。「たとえば病気の恋人のために自分がドナーになりますとか、ドラマでもありますね。現代の価値観と照らし合わせても比較的理解しやすいと思います」
『妹背山婦女庭訓』はまるでロールプレイングゲーム!
部長 かわいそうなお三輪ちゃん。でも、自分の血によって好きな人の目的が成就するなら満足なんでしょうかね。
小僧 そのあたり、一途な恋を実らせて結婚した米吉さんだからこそ、よくわかるのでは。
米吉 またわけわかんないこと言って!(笑)
でも、お三輪はとても現代的な女性だと思います。歌舞伎って、死んで花咲く人生みたいな人生観の作品が多いんですよ。恋愛も恋が実らないなら、死んであの世で添い遂げようみたいな感じで、今の人はポカンとしちゃうところがあります。お三輪にもそうした一面はあるけれど、初めのうちはそれを良しとしない。「どうにかして恋人を取り戻したい」、「裏切られた怒りをぶつけたい」と思っている。そこは今の人にも通じるんじゃないかなと思いますね。
結果的に殺されてしまいますけれど、ラスボスを負かすために必要なアイテムをお三輪が持っているから仕方ない。どんなにかわいいモンスターでも、欲しいアイテムを持っていたら倒さなきゃいけないのがゲームの世界だから。
部長 ゲームじゃないですけどね(笑)。
米吉 いや、でも『妹背山婦女庭訓』が本当にロールプレイングゲームみたいな作品なんです。蘇我入鹿が父親を追いつめて切腹させるという計略をはかって、朝廷の権力を握るというとこから始まります。
そして白い牡鹿の血を飲ませた母親から生まれた超人の入鹿を倒すには、黒爪の鹿の血と疑着の相を持つ女の生き血を笛に注ぎかけて、その笛を吹くことだということで、必要なアイテムを藤原鎌足親子といった善人方の一派が集めていくんですね。
黒爪の鹿の血を手に入れたら次のステージに行って、疑着の相の女の生き血を手に入れて……とファイナルファンタジー顔負けのストーリー展開。ゲーム好きな人にはおすすめですよ。

↑お三輪が恋人を追いかけていくときのポイントになるのが苧環(おだまき)という糸繰に使う道具。「七夕に苧環を交換すると二人はずっと一緒にいられるというジンクスがあるんですね。それで恋人と交換した苧環をたどっていくと御殿にたどりつくんです」。恋人同士は赤い糸で結ばれているという伝説は、昔からあったんですねぇ。
一方、『伊勢音頭恋寝刃』では“計算のできる女”を演じる
小僧 もうひとつの演目、『伊勢音頭恋寝刃』の油屋お紺は、感情で突っ走るお三輪とは、まったく違うキャラクターですね。
米吉 そうですね。お紺は計算のできる女です。主人公・福岡貢の恋人の遊女で、貢が探している名刀「青江下坂」の鑑定書を奪い取るため、わざと貢を満座の中で振って、鑑定書を持っている男に近づくんですね。ただ、逆上した貢が次々と人を斬り殺して、最後はお紺までも手にかけようとして。「さっきは鑑定書を取り返すために芝居をしたんだ」とお紺に言われて、やっと貢は我に返るという。

↑元タカラジェンヌのトップスター、紫吹淳さんと同じ事務所に所属している米吉さん。「紫吹さんに写真撮影のときは、もっと足を大きく広げるとかっこよく見えると教わりました。『あなた、私より歩幅が狭いわよ』って」(笑)。そのせいか、いつもより凛々しくて、宝塚の男役の雰囲気を漂わせる米吉さん。きまってるぅ♪
部長 お三輪とタイプは違うけれど、恋に命をかけるという点では同じかもしれないですね。そしてお三輪もお紺も恋人役を中村虎之介さんが演じます。
米吉 「三笠御殿」は一緒の場面はないんですよ。「色の白いくっきりとしたいい男」というセリフがあるので、色白でくっきりしていて欲しいなと思っています。してるか(笑)。
『伊勢音頭』も直接的にいちゃいちゃする場面はないんですけれど、自分が舞台に出ていったときに、「目と目で通じ合う~」じゃないけれど、貢とは恋仲なんだってわかるような空気感が出るといいなと思います。
一途な町娘のお三輪に対して、お紺はクレバーで大人の女性というイメージで、まったく対照的な役柄なので、すごく楽しみにしています。
「32歳、世間で言ったらそろそろ中堅」BAILA世代と同じですね!
小僧 先日、中村七之助さんが米吉さんのことを「今もっとも勢いのある若手の女方」とおっしゃっていましたけれど、今後の活躍に期待が高まります!!
米吉 いやでも、勢いがある乗り物って、すぐ落ちるじゃないですか(笑)。軌道にうまく乗ればいいけれど、まだ乗る前なんて、落ちないように必死ですよ。
それに「若手」と言っても32歳だから、歌舞伎では若手でも世間で言ったら、そろそろ中堅よね。「32歳でこんなもの?」って思われないようにしないといけない。勉強させていただくということだけでなく、もうひとはけ、ふたはけ、色を重ねないといけない時期だと思っています。

↑1月に行われた「三月花形歌舞伎」出演者4名の合同取材会では、リーダー的存在の中村壱太郎さんが、「今年の公演のテーマは“恋に狂い、恋に戸惑い、恋に踊る”ということで、恋がテーマです」と突如発表。何も聞いていなかった3人は「ええっ!?」とびっくり。米吉さんも「それは公式見解ですか?」と突っ込みながらも名プランナー壱太郎さんのリーダーシップに信頼を寄せているようでした♪
昨年ご結婚された米吉さん。ふたり暮らしのお話も!
小僧 プライベートでは、昨年ご結婚されて、もう1年たちますね。生活の中で変化はありましたか?
米吉 ちょっと料理をするようになったくらいですね。今までは実家暮らしだったから、ほとんど料理をする機会がなかったんですけれど、二人暮らしになると、自分でやらないといけないときもあるので。
部長 得意料理は何ですか?
米吉 そんなものないです。お味噌汁を作って、シャケを焼くとか、その程度。あ、コウケンテツさんのコールスローは、うちの奥さんも好きですね。キャベツと玉ねぎ、ハムを切って、まず油を全体にからめてから、お酢、塩、砂糖なんかで味付けするんです。そうすると余計な水分がでないらしくて。料理動画をスマホで見ながら作るのは、なんか実験みたいでおもしろいですよね。
小僧 奥さまとは味の好みは合うんですか?
米吉 基本的には同じですけれど、妻は京都の人だから、だし巻卵じゃないと嫌なんですよ。僕はだし巻卵じゃないほうがいいので、そこは合わないですね。それより卵焼きがフライパンにくっつくようになって買い替えたのに、またくっつくんですよ。テフロンなのに油をたくさん引かないとダメで。
小僧 フライバンの予熱が足りないとか?
米吉 いや、ちゃんと加熱してからやっている。なんでだろう。腹立つ~。それと今我が家は、ふるさと納税の返礼品で冷蔵庫がいっぱいになっちゃって、馬刺しとか凍ったまんまになっているので、早くそれを食べなくちゃって夫婦で躍起になっています…………って、なんでこんな所帯じみた話をしてるんだ!?(笑)

↑「うちの奥さんは、バレンタインデーにチョコレートだけじゃなくて、ネクタイもよく一緒にくれます。まあ、チョコはほとんど奥さんが自分で食べるんですけど(笑)。ホワイトデーのお返しは、その時々によりますけれど、妻は食べるのが大好きなので、どこかにごはんを食べに行くことが多いですね」。ラブラブのお二人でした~あちち。
「京都へお越しの際は、ぜひSIZUYAのカルネを」
小僧 脱線してすみません。でも、楽しそうなご家庭の様子が伝わってきました。それと南座の公演を観に行くお客様のために、京都のおいしい食べ物を何か教えていただけますか。奥さまはきっとお詳しいかと。
米吉 うちの奥さんが詳しいのは、地元民しか知らないようなちっちゃい抜け道で、「こっちから行ったほうがラウンドワンは近い」とか、そういうことですね(笑)。あ、でも、「京都人が一番パン食べんねん」って、ドヤ顔で言うんですけれど、それは本当だと思う。京都ってパン文化なんですよ。
SIZUYA(志津屋)という京都の有名なパン屋さんがあって、ここのカルネがおいしいのでおすすめです。南座の地下から直結した店舗もあるんですけれど、ここで買われると僕が買うカルネがなくなるから、京都駅の店舗で買って南座に来てください(笑)。
ちょっと焼いたほうがおいしいので、南座のロビーにカルネ用のトースターを置いときます……って冗談ですけど(笑)。
小僧 米吉さんのポケットマネーで使えるようにぜひお願いします。
米吉 だから嘘だって! トースターはありませんからね!
部長 ところでずっと気になっていたんですけれど、ジャケットの襟の蝶のモチーフのピン、素敵ですね。
米吉 我が家の家紋が“揚羽蝶”なんです。それで蝶のモチーフのものが自然と多くなります。お弟子さんの名前にも “蝶”の字をよく使うんですよ。BAILAに最初に出演したときもこのピンをつけているので、二代目さん、ぜひ読んでみてください。僕の記事は長くて読むのがたいへんだろうけど。
小僧 あのときの中村時蝶さんのお話が心に残っています。小川家が四代80年にわたってお世話になってきた役者さんで、米吉さんもたいへんお世話になったと。きっと蝶のピンは、米吉さんのお守り代わりなのかなと思いました。
米吉 襟元が寂しいから、ついこれをつけてしまうんですよ。他に蝶々のプローチがあったら、それをつけたいんで、何かください。
部長 はい、蝶々のモチーフをみつけたらプレゼントしたいと思います。(社交辞令でつい口から出まかせをいう部長)
米吉 二代目さん、本当ですね!? 女に二言はないですよ。僕、永遠に覚えてますから!!!
部長 は、は、はい~!
小僧 では、米吉さん、南座、楽しみにしています!
米吉 えっ、こんな雑談で終わりでいいの!? まったくバイラは!(笑)。
読者のみなさま、「三月花形歌舞伎」にぜひお越しください。京都南座でお待ちしています!!

↑「手でハートを作るのはどうですか?」というカメラマンつゆっきーのリクエストを「イヤ!!」ときっぱり断っていた米吉さん。それなのに撮影の最後に「ハートは撮らなくていいの?」と自らポーズをとってくださいました!! その気遣いに、「米吉さん、ホントにやさししい」とつゆっきーの目もハートに。無理やりやらされてる感もナイス(笑)。
京都南座「三月花形歌舞伎」 公演情報
■松竹創業百三十周年「三月花形歌舞伎」
劇場:京都・南座
日程: 2025年3月2日(日)~23日(日)
【休演】6日(木)、13日(木)
午前の部 午前11時~
午後の部 午後3時30分~

◆ 京都南座「三月花形歌舞伎」公演詳細はこちらから
◆公演チケット情報はこちらから
取材・構成/バイラ歌舞伎部 写真/露木聡子
二代目まんぼう部長
2024年11月にまんぼう部長を襲名し、二代目に。歌舞伎にはまったくの素人で、『かぶき手帖』片手に、日々勉強中。舞台やライブは大好きで、歌舞伎沼落ちの予感。踊りが上手な役者さんに目を奪われがち。
ばったり小僧
歌舞伎鑑賞歴5年。連載当初は歌舞伎初心者だったが、すっかり沼落ちして、ときに歌舞伎を熱く語るが、そのわりに演目のタイトルがいまだに覚えられない。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー50歳の熟年俳優も大好き。