「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月ご紹介するのは、4月歌舞伎座『夏祭浪花鑑』で、主人公団七の女房お梶を勤める中村米吉さん。可憐なルックスとキレッキレのトークで大人気の若手の女方俳優です。今年1月には結婚という人生の大きな節目を迎え、新たな気持ちで舞台と向き合っています。先輩方との共演を通して、さらなる進化を遂げる米吉さんに、お梶を勤める意気込みや結婚後の新生活について、バイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧があれこれ聞いちゃいました!!
↑五代目中村米吉●なかむら・よねきち 1993年、東京都生まれ。五代目中村歌六の長男。屋号は播磨屋。2000年7月、五代目中村米吉を襲名して初舞台。2011年から本格的に女方を志す。2022年、歌舞伎座で上演された『風の谷のナウシカ 上の巻ー白き魔女の戦記ー』のナウシカ役や、2023年、『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』のヒロイン・ユウナなど、新作歌舞伎にも精力的に出演し、かわいすぎる歌舞伎俳優として人気急上昇。今年は2月、3月の新橋演舞場に続き、10月には博多座でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』に出演予定。
■愛之助兄さん演じる団七の女房らしく見えることを大事にしたい
まんぼう部長 米吉さん、2月、3月は新橋演舞場でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』のロング公演で、ヒロインの兄橘姫と弟橘姫を勤められて大活躍でしたね。お疲れさまでした!!
米吉 『ヤマトタケル』は我が家とも縁の深い演目なので、そこでヒロインを勤めさせていただけたのは有難かったですね。でもね、主役のヤマトタケル役は、中村隼人くんと市川團子くんのダブルキャストなのに、私だけ、ずーーっと出っぱなしなんですよ!?(笑) ちょっと不公平だと二人に言いながら2か月楽しく勤めておりました。
ばったり小僧 そして引き続き、4月は歌舞伎座にご出演です。昼の部『夏祭浪花鑑』(なつまつりなにわかがみ)で、団七女房お梶を勤められるということで、以前、米吉さんが憧れのお役のひとつと言っていたので、今回はぜひ取材させていただこうと。
米吉 それ、お辰の間違いじゃない?
小僧 ええっ!? ………ま、間違い??
米吉 はい、今日の取材、終了~(笑)。
小僧 すすすすすみましぇ~ん!!
↑「お梶は、去年、『研の會』で勤めたときに(中村)雀右衛門のおじさんに教えていただいたので、それをしっかりと思い出しつつ、今回は上方の愛之助兄さんとなので、(片岡)秀太郎のおじさまの昔の映像などを拝見しながら勉強しているところです」。団七役の愛之助さんとのコンビも楽しみです!
米吉 お二人、本当に大丈夫なの?? 他の方たちの取材、ちゃんとできてます!? 心配だわ~(笑)。
まあ、せっかく取材に来てくれたからお話ししましょうかね(笑)。『夏祭』の思い出というと、12歳くらいのときですね。当時は、亡くなった中村吉右衛門のおじさまが毎年5月に新橋演舞場で公演をなさっていたんです。
『鬼平犯科帳』を歌舞伎として上演されたり、『四谷怪談』の伊右衛門を珍しくなさったり、吉右衛門のおじさまが主軸としての公演でも、9月の歌舞伎座の秀山祭とは、また違った趣きの公演だったんですけれど、最初の年に『夏祭』を出されたことがあったんです。うちの父(中村歌六さん)も義平次を勤めていて、僕も同じ月に『京鹿子娘道成寺』の所化に出ていました。
そのとき、(中村)福助兄さんのお辰を拝見して、すごくかっこいい役だなぁと思ったのが最初の記憶で。女方で最初に関心を持ったのがお辰だったんですね……って、いくらお辰の話をしても、今回はやらないんだけど(笑)。
部長 そうでしたね(笑)。でも、今回、米吉さんが演じるお梶も大事なお役ですよね。読者のために、『夏祭浪花鑑』のストーリーをちょっと説明すると、舞台は大坂の下町です。ケンカっ早いけれど、粋でかっこいい団七と一寸徳兵衛。男の友情で結ばれた二人をはじめ、彼らの女房たちの義理と人情とプライドが交錯する泥臭い物語です。クライマックスの夏祭りの夜の殺しの場面はすごく緊迫感があって、大坂の夏の熱気が感じられる舞台ですよね。
米吉 そうですね。団七と徳兵衛は、ともに主役級の役者さんが出るのが恒例で、それこそ、吉右衛門のおじさまが団七をなさったときは、(片岡)仁左衛門のおじさまが一寸徳兵衛をなさったり、今回も(片岡)愛之助兄さんが団七で、(尾上)菊之助さんが徳兵衛を勤められます。その二人の間に割って入ってケンカを止めるのが団七の女房のお梶なんですね。
お梶はもともと武家屋敷で奉公をしていた女なので美しいだけではない。立女方(座頭の相手役を勤めるその座組で最高位の女方)格の俳優が演じることの多いお役でもあるので、それ相応のものが必要です。さらに劇場が歌舞伎座ですから、やはり押し出しみたいなものがないとできないと思います。
↑「お梶は色気もなくちゃいけないし、機転がきかないといけないお役」って米吉さんにぴったりじゃないですか!!「団七と徳兵衛、二人のケンカを止めるシーンは、かならず筋書にも掲載される有名な場面。美しい1枚の絵になるようにきちんと勤めたいです」。
小僧 昨年、尾上右近さんの自主公演『研の會』で、お梶は一度、勤められていますよね。
米吉 はい。そのときは、団七が右近くんで、徳兵衛が(坂東)巳之助兄さんでしたから、同世代の二人の間に入ってのお芝居でしたけれど、今回は、一つ上の世代のお兄さん方の中に入って、お梶をさせていただくことになります。
3月歌舞伎座でもお二人で『寺子屋』をされていて、今の歌舞伎を引っ張っていっているお二方ですから、その間に割って入れるお梶でないといけない。愛之助兄さんの女房らしく見えることを大事にしたいですね。
小僧 これまで米吉さんはかわいらしいお役が多かったから、どんなお梶になるのか楽しみです!!
米吉 ちなみにお二人が間違えていたお辰は、愛之助兄さんが二役で勤められます。愛之助兄さんも松竹座や博多座では、団七をやっていらっしゃるけれど、歌舞伎座では初めてなんじゃないでしょうか。上方のお芝居で、上方の兄さんがなさるわけですから、上方の風情あふれる舞台になると思うので、私も上方の空気感というものを少しでも出せるように勉強させていただきたいと思っています。
部長 お父さまの歌六さんは、今回は、釣船三婦役でご出演されますね。
米吉 三婦は、父が得意としているお役の中でも大好きなお役のひとつなんですよ。団七の世話人みたいな人で、お年寄りの役だけど、ただの枯れている老人ではなくて、ケンカも強いし、色気もあってかっこいいんです。久しぶりに父の三婦が見られるのも非常に楽しみですね。
↑「父の曽祖父の三代目中村歌六が、昔、『夏祭』で三婦をやったときの浴衣がうちに残っているんですよ。寸法が全然違うので着られないんですけれどね。肩から胸のところに家の紋が入っている、いわゆる“首抜き”という柄の浴衣で、今回、父が三婦を演じるにあたって、同じように首抜きで浴衣を新しく作るような話も聞きました」。舞台での歌六さんの衣裳にも注目!
■奥さんは、よく食べ、よく笑う人。僕の一番の親友です
米吉 さっきから真面目な顔してお芝居の質問してるけど、バイラが聞きたいことはそんなことじゃないんじゃないの?
小僧 バレましたか(笑)。今年一番のニュースといえば、やはり結婚ですよね。1月に入籍されたということで、おめでとうございます!!
部長 中村米吉か、大谷翔平かというくらいの電撃婚でびっくりしました!!
米吉 電撃って言うけれど、世の中に電撃じゃない人がいるんですか。選挙カーに乗って、「私は何月何日に結婚します!」って銀座をパレードする人なんかいないでしょう?(笑)
小僧 いや、ちょっと匂わせるとかありますよね。幕切れに薬指の指輪にキスしてみるとか。そもそも米吉さん、女性の好みもうるさそうだから(笑)、結婚は遅いんじゃないかと勝手に思ってまして。
米吉 31歳ですから、早いとは思ってはいないんですよね。確かに同い年で既婚者は(大谷)廣太郎だけですけど、モテすぎて選びきれなかったり、甥っこがいて、もうそれでなんとなく満足しちゃっているのかな?(笑)。あとコロナ禍で、結婚のタイミングが全体的に遅くなっちゃっているというのもありますね。
↑着物で撮影したいというバイラの勝手なリクエストに応じてくださったサービス精神旺盛な米吉さん。歌舞伎俳優って、本当にお着物が似合って素敵です。「お梶の衣裳は、夏のお着物なので、それも楽しみにしていてください」。
部長 奥さまは1歳年下だそうですが、どんな方ですか?
米吉 お芝居を観るのが好きで、よくしゃべって、よく笑う人です。僕は友達が少ないんですけれど、奥さんが一番の友達みたいなところがあって、二人でいるとずっとしゃべっています。もう話が長いんですよ。
部長 どちらがですか(笑)?
米吉 奥さんです。ゴールがどこかわからない話をずっとしているんですね。全部聞くと時間がかかるので、途中をショートカットしようとすると、そこが大事なんだって、話をもとに戻されちゃうんです。僕も人のことは言えませんがね(笑)。
小僧 奥さまの前では、米吉さんも聞き上手になっていると。
米吉 まるで私が日頃、人の話を聞かないでしゃべりっぱなしみたいな物言いじゃないですか! 取材なのに黙っていたら、皆さんが困るから一生懸命しゃべっているだけ!!
小僧 それはまったく気づきませんでした(笑)。
米吉 それと奥さんは食べることが好きで、よく食べる人です。
部長 米吉さんも美味しいもの好きだから、そこは気が合いますね。
米吉 そうですね。うちは父も美味しいもの好きなので、うちの奥さんにあれ食べろ、これ食べろって、よく食べさせています。代謝がいいのか、たくさん食べても太らない。マックのポテトが好きで、隙あらばマックに入ろうとします(笑)。私は永遠のダイエッターなので羨ましいですね。
小僧 なんか楽しそうな新婚生活で羨ましいです!!
↑いつもに増して、見目麗しくて、お肌もぴかぴか。幸せオーラに包まれる米吉さん。「きれいです!」とカメラマンのつゆっきーも連呼してました。そして少し大人っぽい顔つきになって、角度によってお父様に似て見えるショットも。これは新鮮。
■休日はたいていニトリに行って家具を物色しています(笑)
部長 家庭を持って、生活や気持ちの上で、何か変わったことはありますか?
米吉 結婚したという実感、あんまりないんですよ。特段変わったこともないし、引っ越しも完全に終わってなくて、実家と新居を行ったり来たりしている状況だし。
でも、やっぱり責任感っていうんですか。家族を食べさせないといけないですから、嫌な取材でもニコニコして受けなきゃいけないとか(笑)、ありますね。あ、冗談です。
部長 結婚して休日の過ごし方とかは変わったんじゃないですか?
米吉 そもそも今、休みがなくて。昨日は休演日だったけれど、カツラ合わせに行ったり、ニトリに行って、家具をあれこれ探したりしています。今どきの家具って、組み立てが簡単そうな顔をしてるけど、実際やると難しいんですね。
昨日も八角レンチがイマイチうまく使えないと思ったら、反対側のお尻のほうで回していて。でも、それで3本ネジを締めました。って、こんな話で記事になるの? 大丈夫(笑)?
↑『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』でヒロインのユウナを演じたときのウエディングドレス姿をインスタにアップして、結婚報告をした米吉さん。さすがのセンスです!!「そういう人の隣でウエディングドレスを着るのは勘弁してほしい」と奥さんは言ってました(笑)。5月の結婚式で何を着るか? ドレスも白無垢も着ないわ!(笑)」。いっそのこと、二人でウエディングドレス、着てほしい!!
小僧 バッチリでございます! バイラも何かお祝いをしないといけないですね。
米吉 えっと、グラス、マグカップ、お箸は、もう結構です。ありがたいことに、皆さんから十分いただきましたから。さらに母までが「これあなたの分だから」と、これまで出た結婚式の引き出物をくれまして。
あ、この紋はあそこの家の結婚式だなとか、あ、これはあのお兄さんの引き出物だなって感じでして、ご丁寧に全部とってあったんですね。それをまとめて新居に持ってきたもんだから、今、食器が食器棚からあふれて3D状態になっています(笑)。
部長 そっと実家に戻しておくのがいいかもしれないですね(笑)。これからどんな家庭を築いていきたいと思っていますか?
米吉 築きたいと思って築けるものじゃないという気がするんです。だから、このまま、それなりでいいんじゃないでしょうか。とはいえ、笑いの絶えない温かい家庭を築いていければと思います。と何かで話したら、うちの弟に「笑いの絶えない家は怖い」と言われましたけど(笑)。
小僧 では最後に、あらためて皆さんにメッセージをお願いします!!
↑奥さまとは、もともと知り合いだったそうで、公演の間に歌舞伎座の裏のラーメン屋さん『はしご』で、偶然一緒になって、おごったことから親しくなったのだとか。小僧も「ラーメン婚」を狙ってみるか……☆彡
米吉 4月に続いて、5月も歌舞伎座に出演させていただきます。「團菊祭五月大歌舞伎」では『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)でお局の沖の井を勤めます。4月のお梶同様、眉(まみえ)のない役です。歌舞伎では、娘やお姫様は眉を描きますけれど、御殿女中や女房など既婚女性は眉を描かないんですね。
普通にそういう年増の役をやらせていただけるようになったんだなという気持ちと、やるからには、やはりお梶は団七の女房らしく、沖の井は武家の女房らしく見えるように、きっちり勤めないといけないと思っています。
眉のない役をやるからと言って、上手になったわけでも格が上がったわけでもなくて、タイミングと周りの皆さんとのバランスでやらせていただくだけのことなので、その役にふさわしく見えるように勤めないといけないし、まだまだ未熟な部分もあるので、いろいろと学んでいきたいですね。
そして結婚というのは、やはり自分の人生においては大きな節目になると思うので、お芝居に対しても今まで以上に真摯な気持ちで向き合っていかなければならないと思っていますが、相変わらず口ばっかりでございます。
部長 いやいや、結婚してもそこは変わらない米吉さんはやっぱり素敵です。
小僧 本当ですね。バイラ歌舞伎部も米吉さんに呆れられないように、頑張ってついていきたいと思います。 4月も5月も歌舞伎座での活躍、楽しみにしています!!
↑バイラからは結婚祝いにお花を贈呈。新居もゴージャスな祝い花できっとあふれているに違いないですが、「せっかくだからお花と写真を撮らないと!」といいながら花束をカメラに突き出す米吉さん。「他の取材でもこんな感じなの?」と心配される部長と小僧ですが、お辰を演じるときには、大々的に宣伝しますので、またぜひバイラに出てください!!
■「四月大歌舞伎」
日程:2024年4月2日(火)~26日(金)
劇場:東京・歌舞伎座
昼の部午前11時~
夜の部 午後4時30分~
【休演】10日(水)、18日(木)
【昼の部】
一、
『双蝶々曲輪日記』(ふたつちょうちょうくるわにっき)
引窓
出演
南与兵衛後に南方十次兵衛:中村梅玉
女房お早:中村扇雀
平岡丹平:中村松江
三原伝造:坂東亀蔵
濡髪長五郎:尾上松緑
母お幸:中村東蔵
二、
『七福神』(しちふくじん)
改訂:今井豊茂
出演
恵比寿:中村歌昇
弁財天:坂東新悟
毘沙門:中村隼人
布袋:中村鷹之資
福禄寿:中村虎之介
大黒天:尾上右近
寿老人:中村萬太郎
三、
『夏祭浪花鑑』(なつまつりなにわかがみ)
作:並木千柳 / 三好松洛
出演
団七九郎兵衛 / 徳兵衛女房お辰:片岡愛之助
一寸徳兵衛:尾上菊之助
団七女房お梶:中村米吉
下剃三吉:坂東巳之助
傾城琴浦:中村莟玉
伜市松:中村秀乃介
おつぎ:中村歌女之丞
大鳥佐賀右衛門:片岡松之助
三河屋義平次:嵐橘三郎
堤藤内:大谷桂三
玉島磯之丞:中村種之助
釣船三婦:中村歌六
【夜の部】
一、
『於染久松色読販』(おそめひさまつうきなのよみうり)
土手のお六
鬼門の喜兵衛
作:四世鶴屋南北
改訂:渥美清太郎
出演
土手のお六:坂東玉三郎
山家屋清兵衛:中村錦之助
髪結亀吉:中村福之助
庵崎久作:市村橘太郎
油屋太郎七:坂東彦三郎
鬼門の喜兵衛:片岡仁左衛門
二、
『神田祭』(かんだまつり)
出演
鳶頭:片岡仁左衛門
芸者:坂東玉三郎
三、
『四季』(しき)
作:九條武子
〈春 紙雛〉
出演
女雛:尾上菊之助
男雛:片岡愛之助
五人囃子:中村萬太郎
同:中村種之助
同:尾上菊市郎
同:尾上菊史郎
同:上村吉太朗
〈夏 魂まつり〉
出演
亭主:中村芝翫
若衆:中村橋之助
太鼓持:中村歌之助
仲居:中村梅花
舞妓:中村児太郎
〈秋 砧〉
出演
若き妻:片岡孝太郎
〈冬 木枯〉
出演
みみずく:尾上松緑
みみずく:坂東亀蔵
木の葉 男:大谷廣松
同:中村福之助
同:中村鷹之資
同:坂東亀三郎
同:尾上眞秀
木の葉 女:市川男寅
同:中村莟玉
同:中村玉太郎
同:尾上左近
■取材・構成/バイラ歌舞伎部 写真/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。