「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月紹介するのは、2月に続き、3月新橋演舞場で上演中のスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』に主演、現在、人気急上昇の花形歌舞伎俳優・市川團子さん。20歳になったばかりの若きプリンスが、奮闘中です。「スーパー歌舞伎」とは、伝統芸能である歌舞伎に、現代的な演出や音楽などを取り入れ、よりエンターテインメント性をもたせた新しい歌舞伎のこと。團子さんの祖父・二代目市川猿翁(当時三代目市川猿之助)さんによって生み出されました。敬愛する“じーじ”の作品だけに團子さんの思い入れもひとしお。舞台にかける熱い思いをバイラ歌舞伎部が聞きました!!
↑市川 團子●いちかわ だんこ。2004年1月16日東京都生まれ。歌舞伎俳優。屋号は澤瀉屋(おもだかや)。2012年、新橋演舞場スーパー歌舞伎 『ヤマトタケル』のワカタケルで五代目市川團子を名のり初舞台。父は歌舞伎俳優の九代目市川中車(香川照之)。
■自分を俯瞰する「離見の見」が自分には足りない!
まんぼう部長 2月からスタートしたスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』ですが、3月も引き続き、上演されますね。早替りや宙乗りなど、エンターテインメント性の高いスーパー歌舞伎だけに体力的にも精神的にもハードな作品だと思います。20歳になったばかりでヤマトタケルを演じる團子さんのプレッシャーは大変なものだと思いますが、まず初日はどんな感じでしたか? やっぱり緊張しましたか?
團子 初日は緊張もしましたけれど、とても清々しい気分で舞台に出ていったのを覚えています。最初、大和朝廷の朝餉の儀式の場面から始まるんですね。みんなが会議をしているところに、僕は下から階段を上がってきて舞台に出てくるという、ちょっと特殊な登場の仕方なんですけれど、雅楽が流れる中、本当に大和朝廷の儀式に出ていくような、すごく澄んだ雰囲気を感じました。
ばったり小僧 それは素敵です。きっと劇場全体が新しいヤマトタケルの誕生を祝うムードに包まれていたんでしょうね。舞台もここまで順調にきている感じですか?
↑2024年2月新橋演舞場『ヤマトタケル』にて、ヤマトタケルを勤める市川團子さん。冒頭の大和朝廷の儀式の場面。初日から清々しく、澄んだ雰囲気を感じられたというた團子さん。舞台度胸、満点です!!
團子 いえ、ひとまず段取りは、間違えずにできるようになりましたけれど、足りないところがたくさんあるという感じです。実際に舞台に立つと、お稽古とはまた違う難しさがあって。
小僧 それは具体的にどういうところですか?
團子 舞台では、お客さまにちゃんと感情や動きの意味が届いているかどうかが大切で、お稽古のときは、上手にやる、失敗なくやるということに意識がいきがちなんですけれど、お客さまに見ていただいて、初めて舞台が完成するんだということを改めて実感しました。
部長 自分のことを冷静に見る視点が大事ということですね。
↑大学生になって、すっかり大人っぽい雰囲気になった團子さんだけど、笑うとこのあどけなさ!! か、可愛い!! と思わず胸キュンの小僧でした♪
團子 そうなんです。世阿弥の言葉で「離見の見」っていう言葉がありますよね。祖父が執筆した本の中に「離見の見」が大切だと書いてありました。自分の演技について、自分を離れて客観的な視点で見ることが大事だって。自分を斜め上から俯瞰することの大切さがよくわかりました。といっても、僕にはまだ難しいから舞台の映像を撮っていただいて、それを見て修正するようにしています。
小僧 2月は先輩の中村隼人さんとのダブルキャストでした。隼人さんからは何かアドバイスをもらいましたか?
團子 お稽古のときから、本当にたくさんアドバイスをいただきました。歌舞伎には約束ごとが色々あるんですけれど、おかしいところがあると、「ここはこうしたほうがいいよ」って、丁寧に教えてくださったり。
舞台が始まってからも「あの場面、大丈夫?」「体調はどう?」と色々気にかけてくださいました。本当に感謝しかないですね。
↑舞台について目を輝かせながら、一生懸命説明してくれる團子さん。誠実な人柄が伝わってきます。大きな手ときれいな指もステキ。
部長 同じ役でも演者が違うと、まったく違ってくるのが、お芝居の面白いところですね。ダブルキャストだと、余計にそれがよくわかるのでは?
團子 そうですね。同じことをやっているはずなのに、語尾の感じとか、音の調子とかタイミングが違うだけで、受ける印象がまったく違うんです。 とくに今回、音楽が録音なんですね。通常の歌舞伎は生演奏なので、演奏する方々が俳優の動きを見て合わせてくださったりするんですけれど、録音の場合、音が動かないから、こちらが音楽に合わせなければならない反面、逆にどこでどう決めるかは自分次第。そのタイミングに差が出て、すごく面白いなと思いました。
それとラストでは、倒れるタイミングや最期のセリフもまったく違っていて。僕は「あの剣があれば……」と言って息絶えるんですけれど、隼人さんのセリフは「大和へ帰りたい」。目指すところは同じなんだけれど、セリフが違うと、やっぱり空気感も変わるんです。ほかにも色々と違いがあって、隼人さんのヤマトタケルに刺激をもらいました。
↑スレンダーで、細身のスーツがよく似合う團子さん。人懐っこい性格が目元によく表れています♪ スーパー歌舞伎は、言葉もわかりやすいので、歌舞伎初心者向き。「バイラ読者の方々にもぜひ観てほしいです」とのこと。これは行くしかないでしょう!!
■祖父・三代目猿之助は感情を客席に飛ばす力がすごかった!
部長 『ヤマトタケル』は、團子さんのおじいさま、三代目市川猿之助さんが1986年に作り上げたスーパー歌舞伎の第一作目です。当時としては、本当に画期的な作品だったと思います。
團子さんはつねづね目指すところは、おじいさまだとおっしゃっていますけれど、ご自身で演じてみて、あらためておじいさまのすごさをどんなところに感じましたか?
團子 僕は今20歳なんですけれど、祖父は初演のとき、40代だったんですよね。それがまず想像できない。まさに異次元の体力だなと。たとえば立廻りひとつとっても、祖父のほうが全然速いんですよ。僕が速くやろうとすると雑になってしまうんですけれど、祖父の立廻りは全然ぶれない。
これは古典の歌舞伎を本当にたくさんされて極めたからこそ、スピーディにやってもブレない立廻りができるんだと思います。
部長 本当ですね。歌舞伎は重い衣裳とかつらをつけて、あれだけ激しくお芝居したり、踊ったりするわけだから、とてつもなく体幹が鍛えられますよね。
↑ちょっとアンニュイで、大人っぽい横顔に惚れ惚れする部長。舞台終わりで疲れていたはずなのに、そんな素振りも見せずにバイラのリクエストに応えて、色々なポーズをとってくれました!!
團子 それから祖父のお芝居からは、感情がとても伝わってくるところもすごい。劇場全体に感情を飛ばす力があって、悲しみも嬉しさも悔しさも祖父がやると、それが客席にしっかり届くんですね。
僕だったら、たとえば手をいっぱいに開いたり、腕を伸ばしたりして、感情を表現するしかないのですが、祖父の映像を見ていると、ただ立っているだけでもその感情が伝わる。あらためてその偉大さを思い知りました。
小僧 その中でも自分がいちばん受け継ぎたいと思うものは何ですか?
團子 芝居にかける熱量とか、エネルギーの高さです。お芝居の技術はまだ全然足りていないのですが、20代ならではの熱量とかパワーみたいなものをとにかく出せたらいいなと思っています。
部長 それはもうこうやって話していると伝わりますよ! 歌舞伎のお話をしているときの團子さん、目がキラキラしていて楽しそうです‼
ちなみに最後の宙乗りもおじいさまのイメージですか?
↑2024年2月新橋演舞場『ヤマトタケル』にてヤマトタケルを勤める市川團子さん。ラストの宙乗りは、衣裳も含めて、神々しいまでの美しさ!! この世のものとは思えません☆彡
團子 そうですね。祖父は、最後はすべてのしがらみから解放されて、自由に羽ばたく感じなんですけれど、アドバイスしてくださった方が、やっぱり同じように、すべてから解き放たれた感じで飛んでいくのがいいんじゃないかって。現世のタケルじゃないというか、そこには何も未練を残さない感じのほうがいいと。
お客様に、幕が降りてもずっとタケルが飛んでいるように想像していただけるよう表現したいと思っていますが、なかなか難しくて苦戦中です。
小僧 いやいや、十分すごいです。しかも團子さんは大学にも通っていらっしゃるんですよね。大学の比較芸術学科で学んでいるとのことですが、舞台とリンクするような授業があるんですか?
團子 新歌舞伎の授業というのがあって、それもすごく面白いし、芸術学科なので、舞台作品にかかわらず、音楽、美術、映画などの講義もあるんです。「この作品は、ここが素晴らしい」というような話を聞いていると、その法則が歌舞伎の名作にもあてはまったりすることを発見して勉強になります。
↑昔からのBTSファン。「グクの『Standing Next To You』とかダンスナンバーで踊ったりしています」と、ほんのちょっと踊ってみせてくれました!! 部長、キュン死。ちなみにガールズグループでは、ニュージーンズ、ル・セラフィムがお気に入りとのこと。
小僧 それは面白いですね。名作にはやっぱり共通点が?
團子 そうなんです。たとえば児童文学の講義のとき、いい作品というのは、作品のテーマを早い段階から散りばめていて、最後にはそれが集積体となって、受け手の中で大きな感動となるという話があって。『ヤマトタケル』もそうだなと思いました。
部長 舞台でも学校でも色々なことを吸収して、團子さんはどんどん成長しているんですね。素晴らしいです‼ では、最後にバイラの読者にひとことお願いします!
團子 ヤマトタケルという主人公も20代という設定で、同じ20代で演じることで何かプラス要素があるとしたら、やっぱり「若さ」ということだと思います。同じ世代だからこそ出せる、若さゆえの熱さや疾走感が出せたらいいなと思っているので、皆さん、ぜひご覧ください!
小僧 はいっ。未来に向かって飛び立つ團子さん、しかと目に焼きつけます!!
↑カメラとみやんに、「読者に向けて、ようこそ演舞場へ、ようこそ歌舞伎へ、という感じでお願いします!」とリクエストされてこのポーズ。キュートです♪ 身長179センチと長身で手足も長く、ダイナミックな動きが舞台でも映える團子さん。新橋演舞場に会いに行こう!!
■スーパー歌舞伎
三代猿之助四十八撰の内
『ヤマトタケル』
劇場:東京・新橋演舞場
期間:2024年2月4日(日)~3月20日(水・祝)
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時30分~
【3月の休演日】4日(月)、11日(月)、18日(月)
スーパー歌舞伎
三代猿之助四十八撰の内
『ヤマトタケル』
作:梅原猛
監修:石川耕士
脚本・演出:二世市川猿翁
出演
小碓命後にヤマトタケル / 大碓命:市川團子
兄橘姫 / 弟橘姫:中村米吉
帝:市川中車
皇后 / 姥神:市川門之助
タケヒコ:中村福之助
ヘタルベ:中村歌之助
犬神の使者 / 琉球の踊り子 / 新朝臣:嘉島典俊
ヤイラム / 帝の使者:市川青虎
老大臣:市川寿猿
倭姫:市川笑三郎
国造の妻:市川笑也
熊襲兄タケル / 山神:市川猿弥
尾張の国造:中村錦之助
熊襲弟タケル:中村錦之助、中村歌之助(交互出演)
みやず姫:市川笑野、市川三四助(交互出演)
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/冨田恵
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。