「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月紹介するのは、2月歌舞伎座『新版歌祭文 野崎村』で、主人公のお光役に挑む中村鶴松さん。キュートなルックスと、確かな演技で、人気の花形俳優です。一般家庭の出身で、10歳のときに十八代目中村勘三郎さんの「部屋子」となり、歌舞伎の道にまい進してきました。その努力が認められ、今回は歌舞伎座で主役を勤める大抜擢!! とくに今回は、勘三郎さんの十三回忌を偲ぶ特別な追善興行。鶴松さんはいったいどんなお光を演じるのか!? バイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧がその意気込みを伺いました!!
↑二代目 中村 鶴松(なかむら つるまつ)。1995年 東京都生まれ。屋号は中村屋。3歳で児童劇団に入り、2000年5月歌舞伎座『源氏物語』の茜の上弟竹麿で子役として本名で歌舞伎の舞台に初出演。2005年5月、10歳で十八代目中村勘三郎の部屋子となり、二代目中村鶴松を名乗る。2021年8月歌舞伎座『真景累ヶ淵 豊志賀の死』では、弟子新吉役で歌舞伎座で初主演。異例の大抜擢となった。勉学にも励み、早稲田大学文学科演劇映像コースに進学し卒業。
■お光のピュアでまっすぐなところを大事に演じたい
まんぼう部長 鶴松さん、2月歌舞伎座『野崎村』でのお光役、おめでとうございます! 2月の歌舞伎座は、中村勘三郎さんの十三回忌の追善興行(亡くなった俳優を偲んで行う興行)です。中村屋にゆかりのある演目がずらりと並ぶ中、主役を演じられるのは、本当にすごいことですね!!
鶴松 ありがとうございます。お光は名だたる先輩方がやってきた役ですし、師匠でもあり、父でもある勘三郎さんが大好きだった演目です。しかも僕たち歌舞伎俳優にとって、歌舞伎座は大きな意味を持つ劇場で、そこで自分の名前が頭にくるというのは、部屋子の僕には、ありえないことだと思っていました。それがこんな大事な公演で、大きなお役をさせていだたくことになって、本当に身が引き締まる思いです。プレッシャーはめちゃくちゃありますけれど、それをあまり感じないようにして、自分ができることをすべて出し切るだけだと思っています。
ばったり小僧 鶴松さんの演じるお光は純朴な田舎娘で、久松と結婚するつもりで準備していたところ、久松にはお染という恋人がいたことを知り、二人の幸せのために自ら身を引くという切ない役どころです。鶴松さんから見て、お光はどんな娘だと思いますか?
↑『野崎村』お光の扮装写真。この愛らしさ、健気さは鶴松さんならでは♪ ちなみに撮影したのは、1月に急逝した篠山紀信先生。亡くなる直前まで、お仕事をされていたんですね……。それにしても歌舞伎座でもよく撮影されていた篠山先生がお亡くなりになったのは本当に寂しいです。
鶴松 かいがいしく親の世話をやきながら暮らしている純朴な娘です。久松との結婚を控えて、うきうきと準備していたら、相手には恋人がいて。でも、誰を責めるのでもなく、好きな人の幸せのために自分の幸せを諦めて、しかも尼さんになってしまう。本当にピュアでまっすぐな可愛らしい女性です。
前半は、機嫌よく、元気に働いているんですけれど、後半、自分が身を引くと決めてからは、しっとりとした雰囲気になるので、その落差を大事にしたい。それと、お染はいいところのお嬢さん、一方、お光は貧しい田舎娘なので、お染との対比がしっかり出るように演じたいです。
じつは勘三郎さんが20代半ばのとき、国立劇場でお光を演じた際の映像を観たんです。当時の勘三郎さんは、まだほっそりしているんですけれど、本当にもう可愛いんですよ。大根を切ったり、お灸をすえたりっていう日常の動作の中にも純朴さがにじみ出ているような感じで。何にも染まっていないというのかな。まるで水晶の珠みたいなんです。
小僧 それはすごいですね。
鶴松 その壁は、すごく高くて、僕にはなかなか登れないですけれど、少しでも近づけるように必死にやりたいと思います。僕が勘三郎さんに、唯一、きちんと教えていただいた大人の役が2010年大阪平成中村座での『俊寛』の千鳥で、その千鳥的な可愛らしさっていうのは、お光にもあっていいんじゃないかなと思っていて。昔、教えていただいたことをしっかり思い出しながら、今回の舞台につなげたいですね。
↑久松が中村七之助さん、お染は中村児太郎さん。「“揚巻役者”(『助六』のヒロイン傾城・揚巻は、女方の中でも大役とされる役。この役を勤める俳優を”揚巻役者”と呼ぶ)二人に囲まれて、お光をやるってすごいですよね(笑)。楽しみです」。
部長 物語のラストは、父親と二人っきりになったお光が、声を振り絞るようにして、「ととさん!」と叫んで終わるという切ない幕切れですよね。
鶴松 お光が久松への気持ちをどれくらいふっ切っているか、というところがひとつポイントになってくると思います。国立劇場の勘三郎さんのお光は、今までためてきた感情が全部あふれちゃったみたいな感じで、「ととさん!」と泣き叫ぶんです。
一方、七之助さんは、最初は思いを吐き出すんですけれど、最後のほうは、完全に悟ったお光になっているように感じました。久松への気持ちはもう完全にふっ切れている。それでもちょっと思いがこぼれちゃったという感じで。
だから、その塩梅が難しいですよね。今回は七之助さんに教えていただくので、ご相談しながら、自分が腑に落ちるところを探して完成させていきたいと思っています。
小僧 なるほど! ということは、初日と千穐楽では、違うお光になっている可能性もありますね!? これは楽しみです。
↑好きな人の幸せのために身を引くお光。こういう献身的で純粋な女性、鶴松さんはどう思いますか? 「素敵だと思います。でも、現実の世界では出会ったことないですね(笑)」。
■天国の勘三郎さんに少しでもほめてもらえるように頑張ります!!
部長 お話を伺っていると、やはり勘三郎さんの存在の大きさを感じます。鶴松さんは、どんなときに、勘三郎さんの存在を感じますか?
鶴松 常に、ですね。とくに芸に対する姿勢は、勘三郎さんの背中を見て学びました。勘三郎さんのお父さんの十七代目がとても芸に厳しい方だったので、勘三郎さんは、歌舞伎に対する畏怖を誰よりも感じていた人だと思います。
いつも楽しそうに舞台に立っていましたけれど、歌舞伎の難しさを誰よりもわかった上で闘っていた人でした。それはやっぱりともに生活をしていると自然に伝わってきました。本当に歌舞伎のことしか、考えていない人でしたから。
小僧 そうだったんですね。
鶴松 いつも、どこに行っても歌舞伎の話でした。巡業なんかに行くと、夜は役者、スタッフ、地元の人も交えて、毎日40~50人で飲むんですけれど、酔っぱらってもお芝居の話しかしないんです。子どもながらにすごいなあと思っていたのを覚えています。
そういう背中を幼い頃から見て育ってきたので、勘九郎さん、七之助さんも命をかけて舞台に立っているのを感じます。身を削ってやらなければできないということを身にしみて感じているお二人だと思います。
部長 勘三郎さんに教えていただいたことで、鶴松さんがとくに印象に残っていることはどんなことですか?
↑「最初、七之助さんに、『もしかしたらお光をやることになるかもしれないよ』と聞いたときは、まさか本当にさせていただけることになるとは思っていませんでした」と喜ぶ鶴松さん。大抜擢の裏には、天国の勘三郎さんの後押しがあったのかも。
鶴松 さっきお話しした『俊寛』の千鳥をやったとき、他に『弁天娘女男白浪』の宗之助と『紅葉狩』の山神の3役をやったんです。そのときに、「この3つができるようになったら、こんな強い役者はいないよ。この3つができたら素晴らしい役者になれると思う」と言われました。
勘三郎さんも立役から女方まで、色々な役をやっていらっしゃいましたけれど、そういう幅の広さを僕も身につけたいです。
部長 勘三郎さんは、本番の舞台の上でも後輩の俳優さんにダメ出ししていたという逸話を聞きますが、鶴松さんもその経験はあるんでしょうか?
鶴松 ありますね。『俊寛』のときもよく怒られました。僕がセリフを言っているときに、ダメ出しをしてくるんですよ。「ちゃんと息つぎをしろ」って、隣でスーッとやるんです(笑)。
小僧 すごい世界ですねぇ。ところで今回、鶴松さんがお光をやると決まって、周囲の方々の反応はどうでしたか?
↑公演中はみんなで食事に行くことも。「お酒の席だからこそ、お兄さんたちが言ってくれることもあるし、古くからたくさんの芸を見ている方が多いですし、いろいろなアドバイスやダメ出しをしてくださいます。稽古場ではできないディスカッションも舞台につながっていくので、僕にとってはすごく大事な場です」。
鶴松 七之助さんは、食事の席で僕のことを「あいつのお光はいいと思う」「あいつのお光は見てみたい」と言っていたらしいんです。直接は伺っていないんですけれど、それを聞いてすごく嬉しくて。七之助さんの期待を裏切らないように頑張りたいです。
(坂東)彌十郎さんにもお電話でご報告しました。彌十郎さんは、小さい頃、勘三郎さんの舞台で、いつもご一緒していて、色々教えていただきましたし、とてもやさしく接してくださって。
それで今回「お光をやることになりました」とご報告したら、「本当に嬉しい」とご自分のことのように喜んでくださって、「一緒にやりましょう」と言ってくださいました。勘三郎さんとともにやってきた方なので、ご一緒できるのは本当に心強いです。
部長 勘三郎さんもきっとすごく喜んでいらっしゃるでしょうね。鶴松さんのことをとても可愛がっていて、「三番目の息子」とおっしゃっていたそうですね。
鶴松 喜んでくれていると思いますし、きっと必死になって教えてくれていたと思います。歌舞伎オタクで、芝居がよければ、それでいいんだっていう人でしたから…。僕ができる恩返しは、舞台の上でいいものをお客さまにお見せするということだけ。天国からお叱りの声が聞こえてきそうですけれど(笑)、勘三郎さんに少しでも褒めていただけるように頑張りたいと思います。
↑「勘三郎さん自身もお父さんの十七代目から、本番中にすごく叱られていたという話を聞いたことがあるので、勘三郎さん自身もそうやって育ってきたのでしょうね」と鶴松さん。勘三郎さんの思い出は尽きない。
■虚無僧サウナハットを勘九郎さんにプレゼント!?
小僧 ここからは、鶴松さんの素顔にぐぐーっと迫っていきたいと思います。まずは「サウナー」だと聞いていますが、きっかけは何だったんですか?
鶴松 もともと両親がスーパー銭湯とかが好きで、子どもの頃から週末によく行っていたんですが、ここ4~5年、サウナにすっかりハマッてしまって。巡業先で、スーパー銭湯のサウナに勘九郎さんを誘って行ったら、勘九郎さんもめちゃめちゃハマって、そこからずっとサウナに通っているみたいです。
勘九郎さんの誕生日には、サウナハットをプレゼントしました。
部長 どんなサウナハットをプレゼントしたんですか?
鶴松 最近、流行っているもので、虚無僧サウナハットっていうのがあるんです。顔まですっぽり隠れるデザインで。ちょうど顔の部分に歌舞伎の隈取りのメイクをしたものがあったので、それをプレゼントしました(笑)。
↑このキュートな笑顔に部長もずきゅーん♡ しかもトークも面白くて、頭がいい。
小僧 それは最高ですね(笑)。一緒にサウナに入っている人たちも、中の人が本物の歌舞伎俳優だとは思わないでしょうね。
鶴松 あと、一昨年、キャンプに初めて行ったのがきっかけでキャンプにハマり、去年の12月には初めて釣りにも行きました。
部長 お仕事もハードなのに、プライベートもアクティブで充実していますね。
鶴松 もともとアウトドアが大好きなんです。料理も好きだし。だからサウナとキャンプと釣りを、全部一緒にやりたいんですよ。川沿いでキャンプして、そこにサウナテントも立てて。川で水風呂に入って、鮎とか釣って、サウナに入って……というのを今一番やりたいです。
小僧 お話を聞いていると、すごくマメな性格なのかなと。キャンプでも率先して働くタイプですか?
鶴松 働きます、働きます。働きたいタイプです(笑)。逆に他の人にあまり手を出してもらいたくないタイプかも。キャンプって、火の起こし方とか色々あるんですよ。そういうのも自分のやり方でやりたいんです。
↑サウナーで、「サウナ・スパ健康アドバイザー」という資格まで取った鶴松さん! ハマったら、どこまでも極めるタイプ!? 「というか、オンラインで取れる簡単な資格なんですけれど、全国のサウナが割引になるんです(笑)」。
小僧 ちなみに得意料理はなんですか?
鶴松 カレーかなぁ。市販のルーとか使わずに、ちゃんとスパイスから作ります。でも、奥深くて、理想のカレーになかなか到達しないんですよね。
部長 理想のカレーがあるんですね?
鶴松 世界一美味しいと思うカレーは、勘三郎さんの奥様のカレーなんです。キーマカレーとか、エビカレーとか、色々なカレーを作ってくださるんですけれど、全部美味しくて。レシピや手順を細かいところまで全部聞いて、同じように作っても、なかなかその味にならないんです。
そうしたら「これを入れなさい」って、「ヒング」っていうインドのスパイスを薦められたんですが、調べたら、別名「悪魔のくそ」って言われていて、めちゃくちゃ臭いんですよ(笑)。
で、早速、新大久保のスパイス屋さんに買いに行ったら、開封もしていないのに帰りの電車でにおいが充満しちゃって(笑)。
小僧 それはピンチ(笑)。絶対疑われていますね。
↑「役に入り込むことは大事だけれど、感情移入しすぎると汚くなってしまう。やっぱりちゃんと芸術として見せなければならない部分が歌舞伎にはあると思うので、そのバランスは大事ですね」と真剣に語る鶴松さん。ちょっと低い声も男らしくて素敵★
鶴松 1回は使ったんですけれど、封を開けたら、部屋中、たいへんなことになってしまったので、親にすぐに捨てられちゃいました(笑)。
小僧 鶴松さん、面白い! 本当にトーク上手で、今日は笑いっぱなしでした。
部長 小僧のレベルに合わせてお話してくださったんですよね、ありがとうございます。では最後にバイラ読者に向けて、メッセージをお願いします!!
鶴松 はい。2月歌舞伎座の『野崎村』は、古典の演目ですけれど、人を好きになる気持ちは、今も昔も変わらないと思います。バイラの読者の方々にも感情移入してご覧いただけるんじゃないかなと。
歌舞伎の面白さ、素晴らしさがつまった作品で、ストーリーも難しくないし、早春が舞台で、季節的にもぴったり。歌舞伎初心者の方にも楽しんでいただけると思うので、ぜひ劇場にいらしてください。
部長 鶴松さんの可愛いお光、期待しかないです。昼の部は、勘九郎さん、七之助さんが初役で演じる『籠釣瓶花街酔醒』もあるし、見逃せないわ。
小僧 はいっ。寒い2月も歌舞伎座で熱く盛り上がりましょう!
■十八世中村勘三郎十三回忌追善
「猿若祭二月大歌舞伎」
劇場:東京・歌舞伎座
期間:2024年2月2日(金)~2月26日(月)
[休演日]13日(火)・20(火)
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時30分~
【昼の部】
一、
『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん) 野崎村』
久作娘お光 :中村 鶴松
丁稚久松 :中村 七之助
油屋娘お染 :中村 児太郎
百姓久作 :坂東 彌十郎
後家お常 :中村 東蔵
二、
『釣女(つりおんな)』
河竹黙阿弥 作
太郎冠者 :中村 獅童
大名某 :中村 萬太郎
上臈 :坂東 新悟
醜女 :中村 芝翫
三、
『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』
三世河竹新七 作
序幕 吉原仲之町見染の場より
大詰 立花屋二階の場まで
佐野次郎左衛門 :中村 勘九郎
兵庫屋八ツ橋 :中村 七之助
兵庫屋九重 :中村 児太郎
下男治六 :中村 橋之助
兵庫屋七越:中村 芝のぶ
兵庫屋初菊:中村 鶴松
遣手お辰:中村 歌女之丞
女中お咲:中村 梅花
若い者与助:中村 吉之丞
絹商人丈助:大谷 桂三
絹商人丹兵衛:片岡亀蔵
釣鐘権八 :尾上 松緑
立花屋女房おきつ:中村 時蔵
立花屋長兵衛 :中村 歌六
繁山栄之丞 :片岡 仁左衛門
【夜の部】
一、
『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』
田中青磁 作
猿若 :中村 勘太郎
出雲の阿国 :中村 七之助
奉行板倉勝重 :中村 獅童
若衆方花の丞 :坂東 亀蔵
同 雪の丞 :中村 萬太郎
同 月の丞 :中村 種之助
同 虹の助 :中村 児太郎
同 星次郎 :中村 橋之助
同 霧弥 :中村 鶴松
福富屋万兵衛 :中村 芝翫
福富屋女房ふく :中村 福助
二、
『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)~すし屋』
いがみの権太 :中村 芝翫
弥助実は三位中将維盛 :中村 時蔵
お里 :中村 梅枝
若葉の内侍 :坂東 新悟
弥左衛門女房お米:中村 梅花
梶原平三景時 :中村 又五郎
鮓屋弥左衛門 :中村 歌六
三、
『連獅子(れんじし)』
河竹黙阿弥 作
狂言師右近後に親獅子の精 :中村 勘九郎
狂言師左近後に仔獅子の精 :中村 長三郎
法華の僧蓮念 :中村 橋之助
浄土の僧遍念 :中村 歌昇
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/冨田恵
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。