「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月紹介するのは、12月新橋演舞場の新作歌舞伎『流白浪燦星』(るぱんさんせい)でルパン三世役に挑む片岡愛之助さん。重厚な古典歌舞伎からコミカルな映画まで、幅広い演技で魅了する歌舞伎界のスターです! そんな多才でダンディな愛之助さんが演じるルパン三世は、一体どんなキャラクターになるのか。おなじみのあのセリフやあのテーマソングが、歌舞伎の舞台で聞けるのか!? バイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が愛之助さんにあれこれ聞きました!!
↑かたおか・あいのすけ●1972年、大阪府生まれ。屋号は松嶋屋。1981年、十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、片岡千代丸を名乗り初舞台。1992年、二代目片岡秀太郎の養子となり、六代目として片岡愛之助を襲名。歌舞伎のほか、ドラマや映画などでも活躍。現在公開中の映画『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』、12月27日~は舞台『西遊記』にも出演。
■『ルパン三世』は歌舞伎に通じるところがある
まんぼう部長 新作歌舞伎『流白浪燦星』(るぱんさんせい)、いよいよ始まりますね。『ルパン三世』ファンは多いので、楽しみにしている人はたくさんいると思います!
愛之助 僕も『ルパン三世』は、子どもの頃からアニメをよく見ていたので、まさかそれを歌舞伎で勤めさせていただくことになるとはという感じです。最初に聞いたときはびっくりしました。
ばったり小僧 ルパン三世という人物については、どんなイメージを持っていますか。
愛之助 ルパン三世は、すごくおしゃれでダンディで、決めるときはビシッと決める。そんなかっこよさがある一方、お茶目で三枚目な面もあります。そして女性に弱くて、一見、移り気に見えるけれど、不二子ちゃん一筋なんですよね。あんなにこっぴどく何度も裏切られるのにまったく凝りない(笑)。その一途なところがすごく魅力的だなと思います。
ただ、ルパンは泥棒ですから、いわゆる“いい人”ではなくて、ダークヒーローなんです。でも、そんな彼らが、さらなる悪を成敗するというところが面白いですし、歌舞伎にも“白浪もの”といって、盗賊が活躍するジャンルの演目があるので、『ルパン三世』は、じつは歌舞伎と共通するところがあるんですね。
↑赤い羽織がクールで、いかにもルパン三世っぽい今回の衣裳。素敵です!!「好評でよかったです。最初のつかみが大事なので、衣裳にはかなり力を入れました」。©モンキー・パンチ ©松竹
部長 確かに歌舞伎でも弁天小僧だとか、石川五右衛門が活躍する演目があります。ルパン三世の相棒、13代目石川五ェ門はその子孫ですしね。
小僧 ルパン三世が変装するところも歌舞伎の早替りに通じますね。
愛之助 そうです。だから『ルパン三世』は、じつは非常に歌舞伎になりやすい題材なんです。ただ問題なのは、ルパン三世たちが登場する時代でして。色々みんなで考えたんですよ。でも、結局、全部白紙にして、「もしルパン三世が歌舞伎の世界の中にいたら」という設定にしました。
そもそも歌舞伎って、主役の人が刀をビューっと一振りしたら、10人、20人の人間がポーンとトンボを切って、ひっくり返るような世界です。そんな夢の世界を観ていただくのが歌舞伎なので、歌舞伎の世界にルパン三世たちがいたら……というファンタジックな設定に落ち着きました。
↑「漫画やアニメのモノマネをするのではなく、あくまで歌舞伎としてキャラクターを作っていくことが大事」と愛之助さん。「新作ですけれど、歌舞伎の演出でいうところの“だんまり”もありますし、本水を使いますし、歌舞伎らしさ全開の舞台作りになっています」。
■僕にとっての峰不二子は、父・秀太郎です
部長 それにしても絶妙な配役ですね。石川五ェ門が尾上松也さん、次元大介が市川笑三郎さん、銭形警部が市川中車さんというのもハマリすぎ! 市川笑也さんの峰不二子も素敵ですね~。
小僧 そういえば、昔から、奥さまの藤原紀香さんは「リアル峰不二子」と言われていますよね。ルパン三世を上演するにあたって、紀香さんから、何かアドバイスはあったのでしょうか。
愛之助 ないです(笑)。ただ、今回、不二子ちゃんを演じる笑也さんの扮装写真を見て、「すごくキレイだね」って喜んでました。
↑銭形のとっつぁんは市川中車さん! 超ハマり役です。「久しぶりにご一緒させていただくので、本当に楽しみです。」
小僧 愛之助さんにとって、峰不二子のようなマドンナ的存在の人というのは、これまでいたのでしょうか。
愛之助 マドンナ的存在の人……。歌舞伎のお役だと、『助六』の揚巻とか、『封印切』の梅川とか、演目にはそれぞれプリマがいますが、僕にとっての不二子ちゃんといえば……やはり一昨年亡くなった父・(片岡)秀太郎でしょうか。
子どもの頃、秀太郎のひと声で歌舞伎の世界に入って、それから養子にもしていただいたわけですけれど、父は女方でしたから、僕も若い頃は、それを目指して女方をやっていました。結局、父のようには芝居ができなかったですけれど、つねに僕の憧れだったので、そういう意味で、歌舞伎のマドンナは、父・秀太郎ですね。
部長 なるほど。「女方」というものが存在する歌舞伎の世界ならではのお答えですね。ところで今、愛之助さんのスケジュールを確認していたら、大変なことに気づきました。11月は主演舞台『西遊記』をやっていらっしゃるんですね。
↑笑顔がやさしげで、大人の余裕を感じさせる愛之助さん。その上、関西弁で、言うことがいちいち面白いって反則や~ん♪
愛之助 はい。11月23日まで博多座で『西遊記』の公演があって、そのあと、12月5日~25日が『流白浪燦星』で、12月27日からは、また『西遊記』の公演がありますね。
部長 となると、『流白浪燦星』のお稽古は………。
愛之助 そう、お稽古する時間がないんですよ。『西遊記』の博多公演が終わってからやるという感じで。短いですよね(笑)。
部長 ありえないですね(笑)。歌舞伎の場合、舞台のお稽古期間が、ものすごく短いことは話題になりますけど、それはよく上演されている古典の演目のときであって、新作の場合は、さすがに1カ月くらいはお稽古していると思うんですが、わずか10日くらいって……愛之助さん、超人ですね(笑)。
↑取材会には脚本・演出の戸部和久さんと出席。タイトルの『流白浪燦星』の漢字は、歌舞伎の“白浪もの”と、『ルパン三世』のテーマソングの歌詞“ひとすじの流れ星”をイメージして戸部和久さんが考えたとか。「歌舞伎の題名は、だいたい奇数なんです」と愛之助さん。勉強になります。
■素敵な大人になるには歌舞伎を観るのが近道です
部長 それではここから一問一答でお答えください。ルパンといえば、毎回、色々なものを盗みますが、愛之助さんが今、盗みたいお宝はありますか。
愛之助 それはズバリ、お客様の心、お客様のハートです!
小僧 ルパンの武器といえば、ワルサーP38ですが、愛之助さんの武器は何ですか。
愛之助 今、『西遊記』をやっていますから、この時期だと「如意棒」(孫悟空が使う伸縮自在の棒)ですね。
小僧 ルパン三世の苦手な食べ物はタコだそうなんですが……。
愛之助 へえ、それは知らなかったです。僕は『くくる』のたこ焼き、大好きです。昨日も食べました。「今日はうちでタコパやで~!」と言って(笑)。
小僧 さすが大阪人の鏡(笑)。愛之助さんの苦手な食べ物は。
愛之助 とくにないですね。美味しいものだったら、みんな好きです。
↑今年、38年ぶりに日本一に輝いた阪神タイガースに、大阪人の愛之助さんも歓喜。「日本シリーズの最終戦の日は、舞台『西遊記』の千穐楽で、大阪のオリックス劇場にいたんです。カーテンコールで、『皆さん、3対0で、阪神が勝ってます!』とお知らせしたら、満員のお客さんがワーっと盛り上がって。『でも、オリックス劇場だったから複雑ですね』なんて言ってました」。
小僧 ルパンは盗賊ですが、「人は殺さない」などのモットーがありますよね。愛之助さんのモットーは何ですか。
愛之助 「一期一会」ですね。公演は毎日ありますけれど、そのお客様との出会いは、その日だけかもしれないですし、1000人なり、2000人なりのお客様が入ったとして、そのメンバーが全員そろうのは、その日しかないわけです。だから毎回、新鮮な気持ちで、全力を尽くして舞台に立つことが大事だなと思っています。
部長 では、最後にバイラ読者に向けて、30代、これをやっておくと素敵な女性になれるよ、ということがあったら、ぜひアドバイスをお願いします!
↑原作者のモンキー・パンチ先生は歌舞伎が大好きだったとか。これをご覧になったら、きっと大喜びしたはず。舞台では、『ルパン三世』のアニメでおなじみのテーマソングも和楽器でアレンジして使われるそうで盛り上がること間違いなし!! ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
愛之助 それはもう一択です。歌舞伎を観ることです。世の中には、歌舞伎を観たことのない人って、まだまだたくさんいらっしゃると思うんですね。僕の知人で大手企業の社長さんなんかも「恥ずかしながら歌舞伎を観たことがないんです」とおっしゃる。だからこそ、実際に歌舞伎の舞台を観て、そのよさを知ることは、その人にとって、すごい武器になると思うんです。
たとえば取引先の会社の社長さんと話していて、「えっ、キミは歌舞伎好きなの?」なんて話になったら、きっと相手の見る目も変わってきますよ。「●●くん」だったのが、「●●さん」になったりして。
自分の知らないことを知っている人のことは、やっぱり誰でも一目置きます。「僕も観てみたいけど、何を観たらいいのかよくわからないし」「じゃあ、今度、お誘いしますね」なんて話になれば、それをきっかけにビジネスもうまくいって、出世街道まっしぐら。歌舞伎を観ることで、人間力はかならず上がると思うので、それで自分の価値を高めて、素敵な女性になってほしいなと思います。
部長 素晴らしいアドバイス、ありがとうございます! その手始めとして、まずは12月の『流白浪燦星』ですね。セリフもわかりやすいし、気軽に観られるので、バイラ読者にもピッタリです。
小僧 ほんとほんと。愛之助さんにハートを奪われに新橋演舞場にレッツゴー!!
愛之助 なんか軽い締めですけど大丈夫ですか(笑)。はい、では、皆さん、劇場でお待ちしています!!
■新作歌舞伎
『流白浪燦星』(るぱんさんせい)
期間:2023年12月5日(火)~25日(月)
劇場:新橋演舞場
【休演】11日(月)、18日(月)
【貸切】13日(水)
昼の部 午前11時30分~
夜の部 午後4時30分~
出演
ルパン三世:片岡愛之助
石川五ェ門:尾上松也
次元大介:市川笑三郎
峰不二子:市川笑也
銭形警部:市川中車
傾城糸星 / 伊都之大王:尾上右近
長須登美衛門:中村鷹之資
牢名主九十三郎:市川寿猿
唐句麗屋銀座衛門:市川猿弥
真柴久吉:坂東彌十郎
取材・構成/バイラ歌舞伎部
写真/露木聡子
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2年。やる気はあるが知識は乏しい新入部員。若いイケメン俳優だけでなく、オーバー40歳の熟年俳優も大好き。