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サッカー国際審判員 山下良美さん「選手も観客も夢中になれる試合をサポートしたい」【仕事の景色が変わった日】

世界中が注目するスタジアムに立つ日本人の女性の審判。「大好きなサッカーをずっと続けたい」10代の頃からの純粋な思いが女子サッカーへの貢献につながる。サッカー国際審判員の山下良美さんに仕事との向き合い方をインタビュー。

選手も観客も夢中になれる試合をサポートしたい

サッカー国際審判員 山下良美さん-1

審判員のイメージはピッチにいる黒い人(笑)

2022年にカタールで開催されたFIFAワールドカップ。6試合で第4審判を務めた山下良美さんは、史上初めて参加した女性審判員の一人。日本のみならず世界中のサッカーファンを熱狂させたフィールドでは、山下さんの胸にも特別な思いがあふれていた。

「芝に足を踏み入れた瞬間から、演出で上がる炎の熱やエアコンの冷たい風、におい、選手の気迫などが体の芯まで伝わってきて、感覚が鋭くなったのを覚えています。選手たちが悲しみや悔しさ、喜びを全身で表現している姿を間近で見て自分の心も大きく動きましたし、サッカーの魅力を実感しました」

兄の影響で、男の子しかいない地元のサッカーチームに入団したのは4歳のとき。小学生の頃にはすでに「この先ずっとサッカーをやっていきたい」と思っていたという。プレイヤーとして夢中でボールを追いかけていた彼女の目に映る審判員のイメージは「ピッチにいる黒い人(笑)」。自分が携わることになるとは、思ってもみなかった。

「審判員の資格は4級から1級まであるのですが、大学のサッカー部では選手が交代で審判をすることがあるので、入学と同時に全員4級を取得しました。その後、大学を卒業するときに先輩から3級の資格を取ることをすすめられたんです。『審判員なら体も動かせるし、サッカーにも関われるからいいことばかりだよ』『3級を取っておくと更新がラクだよ』と説得されて。卒業後はトップチームのような高いレベルでプレーするつもりはなかったのですが、仕事をしながら純粋にサッカーを続けたいと思っていて、3級取得後も審判員として活動するイメージはまったくありませんでした」

運命の流れが変わったのは2010年。当時の女子サッカーのトップリーグ・なでしこリーグの副審ができる2級審判員の資格を取得したことで、気持ちに変化が訪れたという。

「トップリーグに関われることがすごく嬉しかったんです。審判員としてなら、日本の女子サッカーの発展に貢献できるんじゃないか。そのチャンスがあるなら、微力でもしっかり向き合いたい。そう思うようになったんです。2年後の2012年に女子1級審判員の資格を取ってからは、プレイヤーとしての活動よりも、審判員としての活動を優先していく覚悟が決まりました」

“当たり前”がベスト。 100点は取れない仕事

いざ活動をしてみると、「ピッチにいる黒い人」というイメージは激変。一試合一試合経験を重ねるうちに、その仕事の魅力はどんどん増していった。

「最初はもう、選手と同じように芝を走り回れる幸せを感じました。小学生の試合や男子の試合、プロリーグなど、選手としては出られない、いろんなカテゴリーの試合のフィールドに立てることも大きな魅力でしたね。あとは“特等席”から選手のプレーを間近で見られること。審判員は先の展開を予測して試合を見るのですが、『こんなところにパスを出すの?』といった、すごい裏切り方をされることがあるんです。予測を超えるプレーやボールコントロールを見られることも嬉しいですね」

山下さんの審判員としてのストロングポイントは、感情的にならず常に冷静でいられること。はるかに身長が大きい海外の男子選手を前にしても、悠然と、大きなアクションでジャッジをする姿は、凜としていて美しい。

「正しいジャッジだったとしても弱々しい笛や態度だと伝わらないので、自信がありそうに見える雰囲気は大事にしています。審判員には基本的にファインプレーはなく、常に当たり前に試合を進行することがベスト。『こうしなければいけなかった』という課題がどんどん出てくるので、100点が取れない仕事だと思っています。試合を見返して振り返ることまでが審判員の仕事だし、担当した責任でもあります。選手も観客も夢中になってボールを追いかけられる試合を全力でサポートして、サッカーの魅力を最大限に引き出すことが、審判員としての理想です」

チャンスが巡ってきたらとりあえずやってみる

サッカー国際審判員 山下良美さん-2

日本サッカー協会では、2002年からトップレベルの審判員が審判活動に専念できるよう、審判員ともプロ契約を結んでいる。山下さんは2022年7月に、女性として初めてプロフェッショナルレフェリー契約を結んだ。

「それまでは仕事をしながら週末に審判員をしていたので、トレーニングや試合の準備に専念できる環境の変化はありがたかったです。ただ、審判員はあまり注目されないほうがいい役割でもありますし、私自身、目立つのが得意ではなくて(笑)。“女性初”と言われることに最初は戸惑いもありました。でも今後、下の世代へつなげていき、女性の審判員が当たり前になってほしい。そういう意味では、どんなかたちであれ一人でも多くの人に目を向けてもらうことは大事だと思っています。だから“女性初”と言っていただけることが、今はとても嬉しいんです」

大舞台の審判員を多く経験してきた山下さんが特に忘れられない試合は、2015年に行われた皇后杯の決勝戦。

「澤穂希さんの引退試合だったのですが、フィールドからスタジアムを見回したときに、『女子の試合でもこんなに観客を惹きつけられるんだ!』と実感してすごく感慨深かったんです。女子サッカーに貢献したいと思っていた私にとって、代え難い経験でした。先輩に誘われたとはいえ、断っていたらあの景色を見ることはできなかったし、その後、ワールドカップのフィールドに立つこともできませんでした。チャンスが巡ってきたらとりあえずやってみる。そこで向いていないと知ることだって、実は大切なことなんですよね。“挑戦”というと大事に聞こえるけれど、『とりあえずやってみよう』という精神は、今も大切にしています」

7月からはFIFA女子ワールドカップが開幕。世界のトップ選手とともにフィールドを駆け回り、堂々と、冷静に審判員を務める山下さんの姿を見られる日が、今から待ちきれない。

HISTORY

22歳 大学卒業後、仕事とサッカーを両立できる環境を模索
24歳 なでしこリーグの審判員ができる2級審判員の資格を取得
29歳 澤穂希選手の引退試合で審判を務める。FIFA審判員に登録される
35歳 Jリーグ史上初の女性主審を務める
36歳 女性で初めて日本サッカー協会とプロフェッショナルレフェリー契約。FIFAワールドカップ史上初の女性審判員の一人として初選出され、6試合で審判員を務める
37歳 FIFA女子ワールドカップの審判員に選出される

山下良美

サッカー国際審判員

山下良美


やました よしみ●1986年2月20日生まれ、東京都出身。大学の5年先輩である坊薗真琴さんに誘われて審判員の道に。今年4月には坊薗さん、手代木直美さんとともにJ1リーグ初の女性審判トリオを務めた。年間約30試合の審判を務めている。「試合がない平日は、前の週の試合の振り返りと次の試合の分析をしつつ、体力トレーニング。75m走って25m歩くインターバル走を40回連続でおこなったり、コーチについてもらって走るフォームを見てもらったりしています。審判員も体力勝負なんです」

撮影/松本直也 ヘア&メイク/TOMIE 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2023年8・9月合併号掲載

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