バイラ読者から届いた声に、政治学者の姜尚中さんがアドバイス。今回は、コロナ禍で友人との間に溝ができたという女性のお悩み。簡単に人と会う事が少なくなった今だからこそ、改めて人間関係について考えてみたい。
〈お悩み〉友人との収入格差や金銭感覚の違いが、コロナ禍で鮮明に(H・30歳・医療事務)
同級生の仲よしの友人がいます。以前から彼女の収入のほうが上でしたが、コロナ禍で、私は残業代や賞与がカットされ、収入格差が顕著に。外食の際、友人は、ホテルのビュッフェなど高級店に行きたがりますが、私は現在の収入ではとてもしんどいです。「予定が合わない」と噓を言って断りましたが、今後もこれが続くとつらいです。
二人の溝は、コロナがなくてもいつかあらわになったと思います──姜
コロナ禍は、私たちのこれまでの暮らしを激変させましたが、そのひとつが人間関係でした。「緊急事態宣言中に友達と会わなくなり、疎遠になってしまった」「コロナ禍の間に出産した友達も多く、人生のステージが違ってしまった」「看護師のため、家と病院との往復の毎日だが、SNSを見たら友達は好きなライブで他県に遠征していて、むなしくなった」といった悩みがありました。
Hさんもそうですよね。コロナ禍で友人との間の収入格差や金銭感覚の違いがあらわになってしまったわけです。その上、彼女は医療従事者です。この2年、大変な毎日だったにもかかわらず、自分の収入のほうが低いことに対するいらだちもあったでしょう。同級生で、趣味も同じで、これまで微々たるものだった差異が、極端に目に見えるかたちで現れてきたのです。そのトリガーになったのがコロナ禍でした。
それはあたかもコロナ禍によって、社会に隠されていた問題がドラスティックに顕在化したのと同じです。新刊『それでも生きていく』でも触れましたが、「緊急事態は常態を照らし出す」という言葉があります。危機的状況によって、あぶり出されるのは、すでにそこにあった問題なのです。
つまりHさんが友人との間に感じる溝も、実はコロナ以前から二人の間に横たわっていたもので、コロナがなかったとしてもきっといつか自覚化されることになっただろうと思います。
本来、言いたいことがなんでも言えるのが理想的な友人関係です。しかしHさんは思っていることが言えないし、友人は、Hさんのそんな気持ちに気づかない。趣味の話には花が咲いたとしても苦しい胸の内を明かしたり、お互いを思いやったりすることがない二人の関係は、果たして、本当のフレンドシップといえるのか。コロナ禍は、そんなそもそも論を考える絶好の機会なのかもしれません。
友人関係は、人間関係の中で、最も自由度が高い関係です。血縁関係のように血のつながりもなければ、男女関係のように肉体のつながりもありません。上司と部下のようなしがらみもない。だから自由に縁を切っていいし、またいつ再開してもいい。「結婚したら疎遠になってしまった」などという話をよく聞きますが、友達とはそういうものなのです。
そしてその関係性が個人の自由に任されている分、友人関係にはその人の人間性が現れます。ですからHさんがどうすればいいかは、まさにHさん次第で、きっとその決断には、自身の本質が現れるだろうと思います。
1月26日(水)発売!『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
1月下旬に上梓される本書は、2010年から2021年まで、女性誌で連載されていた姜さんの人気連載をまとめたもの。この間、東日本大震災、中国の台頭、トランプ大統領の誕生、新型コロナウイルスのパンデミック……と、世界も日本も揺れに揺れた。そんな不安社会の構造を姜さんが読み解き、苦しみや悲しみを乗り越えて生きていく術を示してくれる、現代の救済の書。劣化する日本の政治、変わりゆく知のカタチ、ジェンダーをめぐる攻防、問われる人間の価値、不透明な時代の幸福論とテーマも刺激的で、知的好奇心が満たされること間違いなし!!
『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
姜尚中著
集英社 1650円
姜尚中(かんさんじゅん)
1950年、熊本県生まれ。東京大学名誉教授。長崎県鎮西学院学院長。熊本県立劇場館長。専門は政治学・政治思想史。著書に『悩む力』『漱石のことば』『母―オモニ―』『トーキョー・ストレンジャー』など多数。
撮影/渡部 伸 取材・原文/佐藤裕美 ※BAILA2022年2月号掲載