バイラ読者にアンケートを実施。仕事について最近、悩んでいること、疑問に思うことを教えてもらいました。読者の問いに、政治学者の姜尚中さんはどうこたえるのか!?
〈お悩み〉単調な繰り返しの毎日で、仕事にモチベーションがもてません(A・34歳・卸売業)
職場や仕事に何の不満もありません。ただこのまま10年20年と同じことをやって年を取っていくのかなという漠然とした不安があります。キャリアアップのための資格なども特にない仕事です。昔は夢を持って生きていましたが、今は仕事へのモチベーションをもてません。生き生きと仕事をしている人たちがうらやましいです。
仕事を通じてしか自己実現ができないというのは間違いです──姜
読者のアンケート結果を見ると、Aさんと同じような悩みを抱えている人は少なくありませんでした。
「就職難でやっと得た正社員の職というだけで何も楽しくない」「好きな仕事ではないので、惰性でこなしているだけ」など、仕事にモチベーションをもてないことに苦痛を感じているようでした。
これはもうシンプルに頭を切り替えればいいと思います。仕事にモチベーションがもてないのであれば、仕事以外のところに生きがいを見つけ出せばいいということです。好きなことを続けるには、自由に使えるお金が必要ですから、あなたにとって、仕事は大事なものになってくるはずです。
もちろん一日のうちで仕事をしている時間は長いので、その時間がつまらないより、楽しいほうがいいに決まっていますし、生きがいを感じながら仕事ができるのは、素晴らしいことです。
ただ、生きる上で大切なのは、自己実現であって、それが仕事を通じてしかできないという考え方は、僕は違うと思います。ある人は、趣味を通じて、またある人は、子育てを通して自己実現を果たすかもしれません。それは人それぞれです。中には、はなから仕事にやりがいは求めず、むしろ「趣味を充実させたいから、とにかく定時に終わる仕事がいい」と割り切って考えている人もいますが、それは悪いことではないのです。
仕事というと、使命感と結びつけたり、何か神聖なものだという思いが、特に古い世代にはまだ残っています。しかし「働かざるもの、食うべからず」という近代という時代を経て、豊かになった今、働く意味も変わってこざるをえません。仕事に人生をかけるような生き方より、仕事による身体的・精神的な制約を避ける人が増えるのは当然でしょう。
ですから、充実した仕事をしている人が偉くて、仕事をビジネスとしてこなしている人はつまらない──というような思い込みは捨てたほうがいいと思います。Aさんも自分自身を必要以上に卑下することはないのです。
ただ、その上で、仕事に生きがいを見いだしたいということであれば、転職をするというのもひとつの手です。そのときに、大切にしてほしいのは、社会的な評価とは関係なく、自分の内側から価値を見いだせるような仕事を選んでほしいということです。お金がもうかるとか、華やかで人からうらやましがられるといった快・不快で仕事を選ぶのではなく、自分の人格と深く結びついた仕事に出会えたとき、Aさんもやりがいを感じることができるようになるのではないか。そんなふうに思います。
1月26日(水)発売!『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
1月下旬に上梓される本書は、2010年から2021年まで、女性誌で連載されていた姜さんの人気連載をまとめたもの。この間、東日本大震災、中国の台頭、トランプ大統領の誕生、新型コロナウイルスのパンデミック……と、世界も日本も揺れに揺れた。そんな不安社会の構造を姜さんが読み解き、苦しみや悲しみを乗り越えて生きていく術を示してくれる、現代の救済の書。劣化する日本の政治、変わりゆく知のカタチ、ジェンダーをめぐる攻防、問われる人間の価値、不透明な時代の幸福論とテーマも刺激的で、知的好奇心が満たされること間違いなし!!
『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
姜尚中著
集英社 1650円
姜尚中(かんさんじゅん)
1950年、熊本県生まれ。東京大学名誉教授。長崎県鎮西学院学院長。熊本県立劇場館長。専門は政治学・政治思想史。著書に『悩む力』『漱石のことば』『母―オモニ―』『トーキョー・ストレンジャー』など多数。
撮影/渡部 伸 取材・原文/佐藤裕美 ※BAILA2022年2月号掲載