ともに東大で教鞭をとり、旧知の間柄の上野さんと姜さん。姜さんの新刊でも対談しているお二人に、なぜ今の時代、こんなに女性が生きづらいのかを分析してもらいました。そこから見えてきたものとは──!?
不安定な雇用が女性たちを経済的に追いつめています──姜
離婚が増えた日本。ガマンしない女がこれだけ増えたのは画期的──上野
今や女性の6割弱が非正規労働者に
姜 上野さん、今日は、久しぶりにお会いできてうれしいです。
上野 私もです。新刊『それでも生きていく』、読みましたよ。女性誌で連載していたということで、政治からジェンダーまで幅広く触れていますね。もともと姜さんはペシミストだから(笑)、どれも見通しは悲観的よね。でも、残念ながらあの選挙のあとでは、私もそれに同意せざるを得ない状況です。
姜 そうですね。特に女性は、この時代に生きていくのは本当に大変です。コロナ禍でも経済的に追いつめられている女性が増えていますね。2020年の女性の自殺率は、前年より15・4%増と大幅に増えました。
上野 今や働く女性の約55%が非正規雇用ですから、コロナ禍で悪化した雇用環境の影響をもろに受けてしまいました。一方男性の非正規雇用の割合は約20%で、その差は歴然です。
姜 非正規雇用が増えたのは、日本がネオリベラリズム(新自由主義)にシフトしていった’90年代からでしょう。ネオリベは、経済の自由化・効率化を徹底し、国家による福祉や公共サービスは最小化するという考え方です。女性は社会進出を促される一方で、低賃金の労働力として買いたたかれるようになりました。だから女性が貧困に陥っているのは、社会構造のせいでもあるのに、ちまたに浸透した自己責任論のせいで、みんな自分のせいだと思っている。
上野 ネオリベ的なメンタリティが、経済的困窮者にも内面化されているんですね。社会に迷惑をかけたらいけないという気持ちが強くて、行政にも頼らず、追いつめられていく。それに離婚率が上がって、シングルマザーが増えたことも貧困が増えている理由のひとつです。
姜 離婚率ですか?
上野 はい。日本はもともと妻の座をとても手厚く保障してきたんですね。夫が亡くなったあとには、遺族年金が受給できるし、不動産も相続できるし、居住権も保証される。離婚しないほうが得なんです。にもかかわらず、近年、若年離婚が増えています。30代の離婚率は3組に1組と、アメリカに近づいています。
姜 かつては「子は鎹(かすがい)」という言葉がありましたが、今はそれも抑止力になっていないようですね。
上野 子どもが小さくても、妊娠中でも別れます。貧乏になることがわかっていても別れる。でもそういう選択ができることは、すごくいいことだと思います。DVにしろ、夫の浮気にしろ、昔の女はガマンしていましたが、今の女は、ガマンしなくなった。ガマンしない女が、これだけ大量に登場したのは、日本史上の快挙です。
男に逃げを許す日本の制度。これでは少子化も解決しません──姜
姜 確かに画期的ですね。一方、子どもの養育費を払わない父親が多いという話もよく聞きます。
上野 ひどいもんですよ。離婚時に、養育費の取り決めをする割合が約3分の1。養育費の取り決め額が月額2万〜4万円。それも支払いは1年半程度で滞る、と。
姜 うーん。諸外国からは、ずいぶん遅れていますね。
上野 ヨーロッパには、養育費を給与から天引きして強制的に徴収する制度がありますし、親が支払わない場合、国が立て替えて払う制度がある国もあります。一方、日本は、男が責任を負わなくて済む制度をつくって、長い間温存してきました。男に逃げを許す、男に甘い社会なんです。
姜 これでは女性は子どもを産もうと思わないですから、それこそ少子化問題も解決しないですね。
女性4人に1人が生涯未婚の時代に
上野 最近は経済的に余裕がなくて、結婚できないという人たちも増えています。家族形成にはコストがかかるけど、国家の助けがないから自助努力でやるしかない。そのコスト負担に耐えて家族をつくれる人とお金がなくて家族をつくれない人。そういう階層分解が生まれつつあります。
姜 僕たちの若い頃は、結婚することがごく自然なことでしたが、本当に厳しい時代になりました。
上野 今、姜さんは「自然なこと」と言いましたが、私たちはこれを「ナチュラル」ではなく、「コンベンショナル」と言います。「因習的」という意味です。
姜 まさにそうですね。僕が結婚したのも上の世代がそうしてきたから、ということに尽きます。
上野 素敵なパートナーがいらっしゃるじゃありませんか(笑)。因習に根拠というものはありません。根拠がないだけに根強いともいえるし、逆に変わりやすいともいえます。たとえば1970年の生涯未婚率(50歳時で一度も結婚していない人の割合)を見ると、男性が1.7%、女性が3.3%で、大多数が結婚しています。おひとりさまの私は超レアもんなのです(笑)。
姜 因習に流されなかったのは、さすが上野さんです(笑)。
上野 ところが今は、生涯未婚率が、男性は約26%で4人に1人、女性は約16%で6人に1人くらい。恐らく2030年には、男性の3人に1人、女性の4人に1人が生涯未婚者になるといわれています。
姜 格差や分断があれば、社会は不安定になるし、様々な可能性が阻害されて、国は停滞します。「自助」だけでなく、やはり「公助」が必要だと思います。
上野 そのとおりです。ただ、非婚シングルだけでなく、超高齢化のおかげで、死別・離別者が確実に増えています。私はその人たちを「シングルアゲインさま」と呼んでいます(笑)。私はシングルアゲインさまになった友人たちを「おかえりなさい」と迎えています。
姜 それはいい(笑)。僕も今は「おふたりさま」ですが、結局、人間最後はみんな「おひとりさま」になるということですね。
上野さん、相変わらずトークがキレてますね──姜
私たちもジジババなんだから、言いたいこと言わないと──上野
書籍に収録されている対談では、政治の話から最近の暮らしぶりまで話は多岐に。「姜さん、ツイッターやって、どんどん炎上させてくださいよ(笑)」と上野さんにはっぱをかけられる場面も
人間を信頼する気持ちを忘れないでほしい
姜 上野さんの新刊『限界から始まる』、拝読しました。作家の鈴木涼美さんとの往復書簡によるものですね。「性」を通して、現代のゆがんだ社会構造を浮き彫りにするような内容ですが、お互いに血肉を削って書いているようなところがあって、男であることがヒリヒリするほど痛かったですね。最近になく読みごたえがありました。
上野 そう言っていただいて嬉しいです。
姜 この中で、鈴木さんが性風俗産業に身を投じていった背景には、厳格な母親への反発があったと上野さんは分析しておられます。母娘関係の難しさをあらためて感じました。
上野 そうですね。子どもが大人になるとき、一般的には男の子は男親を、女の子は女親をロールモデルとして育ちますが、日本の女親がおかれている状況ってみじめですから、女親自身が自己肯定できない。それで娘たちにとって、母親が「こうは絶対なりたくない」というカウンターモデル(反面教師)になることが多いんです。
姜 反発の対象になってしまうと。
上野 一方、母親自身は、自分が女であることを愛せないから、娘が大人の女になっていく過程がおぞましいんですね。娘が初潮を迎えたとき、「あんたも大人の女になったのね」という嫌悪の目で見てしまったりする。それで娘は自分が大人の女になることが歓迎されないことだと、直感的に学んじゃう。しかもこれが世代的に再生産されます。
母親が自分を愛せないから、母娘の関係はねじれるんです──上野
姜 母親もまたその母親から同じ目にあっているということですね。
上野 はい。だから母親と娘の関係ってねじれるし、ものすごく屈折するんです。子どもにとって親がいちばん身近な大人なのに、その親を尊敬できないというのは、とても不幸なことです。
姜 つまり女性の社会的な地位が低くて、自己実現が難しい今の日本の状況が、母娘関係に大きく影響していると。これは健全な母娘関係をつくる上でも、女性が生きやすい社会をつくることは大事ですね。
上野 そうです。全部つながっていますね。
姜 鈴木さんも様々な経験から、男性や社会に半ば絶望しているわけですが、上野さんが粘り強く叱咤激励していて、最後は希望が持てました。シニシズムで終わらないところがとてもよかった。
上野 鈴木さんは30代ですから、まだまだ伸びていってほしいし、育ってほしい。とにかく若い人たちには、希望を持って、生きていってもらいたいですね。
姜 そうですね。そしてどんなときも人間に対する信頼というものを忘れずにいてほしい。不安なこともあると思いますが、それでも生きていってほしいと思います。
『それでも生きていく 不安社会を読み解く知のことば』
姜尚中著
集英社 1650円
1月26日(水)発売
2010年から11年にわたって雑誌で連載したコラムの中から34編を収録。ジェンダー、知性、幸福などをキーワードに語られる知の救済。不透明な社会を読み解くことばが胸に響く。
姜尚中
かんさんじゅん●1950年、熊本県生まれ。東京大学名誉教授。長崎県鎮西学院学院長。熊本県立劇場館長。専門は政治学・政治思想史。著書に『悩む力』『漱石のことば』『母―オモニ―』『トーキョー・ストレンジャー』など多数。
『往復書簡 限界から始まる』
上野千鶴子・鈴木涼美著
幻冬舎 1760円
日本を代表するフェミニストと、気鋭の作家による往復書簡。エロス資本、母と娘、男……などをテーマに崖っぷちの現実を大胆に解析した刺激的な一冊。
上野千鶴子
うえの ちづこ●日本のフェミニスト、社会学者。専攻は、女性学・ジェンダー研究およびケアの研究。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。著書に『おひとりさまの老後』など多数。
撮影/渡部 伸 取材・原文/佐藤裕美 ※BAILA2022年2月号掲載