「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月は、11月の歌舞伎座公演『吉例顔見世大歌舞伎』(きちれいかおみせおおかぶき)で、これまでの梅丸(うめまる)から莟玉(かんぎょく)へと名を改める初代中村莟玉さんが登場!! 莟玉さんは、一般家庭の出身で、幼い頃から中村梅玉(ばいぎょく)さんの部屋子として修業を積んできましたが、このたび、梅玉さんの養子となると同時に、名を改めます。夜の部では、師匠・梅玉さんとともに『鬼一法眼三略巻』(きいちほうげんさんりゃくのまき)の『菊畑』(きくばたけ)に出演し、披露しています。梅丸時代から「かわいい!」と歌舞伎女子に大人気だった莟玉さんの素顔に、まんぼう部長とばったり小僧が大大大接近!!
黒目がちな瞳に人懐っこい笑顔で、みんなに愛されている梅丸さん。バイラ世代の歌舞伎ファンからも大注目の花形俳優です
■歌舞伎座の花道で、俳優さんの真似をするような子どもでした(笑)
まんぼう部長 梅丸さん、このたびは、おめでとうございます! 11月の歌舞伎座公演で、梅丸から莟玉にお名前が変わったんですよね。
梅丸 ありがとうございます。今は身の引き締まる思いで、日々、舞台に立っています。
ばったり小僧 そもそも梅丸さんは歌舞伎俳優の家に生まれたわけではなくて、一般のご家庭出身なんですよね。さっきウィキペディアを見たら(笑)、ご両親はともに出版社勤務だったとか。もしやバイラみたいな女性ファッション誌を!?
梅丸 いえ、バイラっぽくはないです(笑)。いろいろ担当していましたが、おもに書籍が多かったと思います。
部長 お母さまは歌舞伎がお好きで、その影響で梅丸さんも歌舞伎を好きになったそうですね。歌舞伎にまつわる最初の記憶ってなんですか?
梅丸 最初に母に連れられて歌舞伎を観に行ったのは2歳のときですが、さすがにそのときの記憶はなくて、覚えているのは4~5歳の頃です。歌舞伎座で舞台を観ているとき、僕が「あれは誰々さん?」「あの人はさっきの幕で、別の役をやってたよね」みたいなことをずっとしゃべっていたら、ちょうどその日は何かの収録があったらしくて、迷惑になるからって、母に外に連れ出されちゃったんです。それで「もう帰ろうか」みたいなことになったんですけれど、僕が1階の大間(ロビー)に寝っころがって、「嫌だ嫌だ嫌だ!」って大暴れして(笑)。劇場の方がアメを持って来てくれても「こんなのいらない!」って言うことを聞かなくて。そうしたら劇場の方が、しゃべっても大丈夫なようにと、客席の後ろのガラス張りの部屋に連れていってくれたんです。本当に寛大というか、特別な対応をしてくださったわけですが、その部屋がモニターを通して音声を聞くようになっていたものですから、「この音が気に入らない!」って、また僕が文句をつけたのを覚えています(笑)。
小さい頃から劇場中継があるときは、テレビを食い入るように見ていたそう。この真剣な雰囲気! 本当に歌舞伎に魅せられていたんですね。きちんと正座した足が超キュート♪
小僧 マジですか!? なんともこまっしゃくれた子ども……いやいや、早熟な子どもだったんですね。
梅丸 いや、本当にとんでもないですよね(笑)。そのうち、俳優さんの真似もするようになって、昔の歌舞伎座って、休憩時間になると花道を渡れるように赤い絨毯が敷かれたんですが、そこを何度も何度も行ったり来たりして、見得を切る真似をしたりしていました(笑)。それと前の歌舞伎座には3階にお蕎麦屋さんがあって、僕は蕎麦が大好きなので、観劇のときはいつもそこで食べていたんですけれど、食べながら「今日は誰々が良かった」とか一丁前に劇評をするものだから、周りのお客様もおもしろがっちゃって。帰りにお店の人に握手を求められて、意気揚々として客席に戻っていた覚えがあります(笑)。
雪の日には傘をさして、『助六』になりきっていたとか。歌舞伎俳優の動きやセリフをすぐに覚えてしまったそうで、それもすごい才能!!
部長 聞けば聞くほどユニークな子ども時代! で、どんなふうにしてプロの道へとつながっていったんですか?
梅丸 きっかけは小学校1年のとき。『東をどり』という新橋の芸者さんたちの踊りの会が1年に1回ありまして、母とおつきあいのある作家さんが作品を書かれたので、「よかったら、お子さんと観にいらっしゃい」と言ってくださって新橋演舞場に観に行ったんです。そのとき、休憩時間にトイレに行って、記念にもらった手ぬぐいを使ってほっかむりして、『切られ与三』(きられよさ=与話情浮名横櫛)の真似をしてロビーに出て行ったんですね。少し前に歌舞伎座で、片岡仁左衛門旦那の『切られ与三』を観て大感激したもので、すっかり与三郎の気分で真似をしていたら、たまたま通りかかったお着物姿のおばあちゃまが「あなた、ちょっとこの結び方、違うわよ」と直してくださって。それが日本舞踊の花柳福邑(はなやぎ ふくむら)先生だったんですね。それで「あなた歌舞伎が好きなの?」「よかったら、うちにいらっしゃい」ということで、歌舞伎座裏の稽古場に通うことになりました。
部長 なんてドラマチックなお話! いろいろな偶然が重なって、運命に導かれた感じですね。
梅丸 そうですね。事実は小説より奇なりと言いますけれど、身をもって体験した1日でした。結局、その踊りの先生を介して、7歳のとき、師匠(中村梅玉)にご縁をつないでいただいて、見習いとして楽屋に出入りさせていただくことになりました。
部長 すごいなぁ。梅丸さんの幼少期、そのままマンガになりそうなストーリーだわ。
小僧 本当ですね。『梅丸物語』、ぜひバイラ別冊で!!
■『菊畑』の虎蔵は、ジャニーズ系アイドルの雰囲気(笑)です
聡明で語彙も豊富。ユーモラスに子ども時代を振り返ってくれた梅丸さん。歌舞伎の修行を積みながら、普通に大学生活も送っていたそうですよ。すごいわ~。
部長 それにしても楽屋に出入りできるようになるなんて、当時の梅丸さんはうれしくてしょうがなかったでしょうね。
梅丸 僕にとってはもうディズニーランドの年間パスをもらったようなもので(笑)。
部長 本当にそうですね。いや、それ以上の価値かも。私も欲しい!!(笑)
梅丸 毎週土日だけですけれど、楽しくてしょうがなかったです。今まで舞台で観ていた人が、普通に廊下を歩いているのですから、大興奮ですよ。「あっ、仁左衛門だ!」って、もう呼び捨て(笑)。兄弟子たちに「さんをつけなさい!」って、よく怒られていました。廊下に出れば、誰かに会えるものだから、すぐに「トイレに行きたい!」と言って、やたらとトイレに行ってました(笑)。 それでもお囃子とか三味線とか、いろいろなお稽古に通わせていただいたり、黒衣(くろご=黒い衣裳で舞台上でさまざまな手伝いをする人やその衣裳)を作っていただいて、舞台にちょこっと出させていただいたりして、歌舞伎の世界に馴染むように師匠がいろいろ計らってくださっていたんだと思います。10歳のときには、部屋子(へやこ)となり、中村梅丸を名乗ることになりました。
小学生の頃の思い出のひとこま。作ってもらった黒衣の衣裳を着て、誇らしそうな梅丸さん。めっちゃかわいいです。師匠の楽屋の前でパチリ。
小僧 部屋子って、何ですか?
梅丸 部屋子というのは、歌舞伎の制度のひとつです。子どものときから俳優さんの楽屋で、行儀や舞台での芸など役者として必要なことを教えていただくことを言います。部屋子は、一般家庭の出身でもなることができるんですよ。
小僧 なるほど。そういうシステムがあるんですね。師匠の梅玉さんは、どんな方なんですか?
梅丸 今もそうですが、昔から物静かでやさしくて、ああしろ、こうしろというようなことはおっしゃらないです。最初にお会いしたときも歌舞伎の世界では、時間にかかわらず、「おはようございます」と挨拶するのがしきたりだから、と挨拶の仕方を教えていただいたのは覚えていますが、あとは観て覚えなさいというタイプ。僕は舞台袖からお芝居を観たり、舞台裏をかけずり回りながら、歌舞伎の空気みたいなものを吸収していったと思います。
部長 とはいえ、一般家庭のご出身ですから、「ウルトラマンと同じくらい歌舞伎役者はなれないよ」と言われていたとか。中学校、高校、大学と大人になるにつれて、進路に迷ったりすることはありませんでしたか?
2006年4月歌舞伎座で『関八州繋馬』里の子竹吉で中村梅丸を名乗った時の写真。美少年♥
2011年11月国立劇場『日本振袖始』で稲田姫を演じる梅丸さん。当時15歳でこの美しさ! これは目を惹くわ~。(撮影/渡辺文雄)
梅丸 それがなかったんですよね。他の選択肢を考えたこともないし、歌舞伎を続けるのが当然のように思っていました。学校の友達とかに「将来どうするの? 歌舞伎、続けるの?」みたいに言われると、「うん、続けるけど……えっ、他にどうしたらいいの?」って、逆にどきまぎしちゃう感じで。でも僕が悩まないでこられたのは、すごく恵まれた環境で歌舞伎をさせていただいてきたからだと思います。部屋子という立場だと、なかなかお役をいただけないこともありますが、僕は幸運なことにいろいろお役をいただけていたし、師匠のおかげで大先輩の大旦那たちに使っていただくというチャンスにも恵まれました。だからよく人に「外から入って苦労したでしょう?」と聞かれるんですけれど、僕はつねに温かいところで、温かいご飯を食べさせてもらって、大事に育てていただいたと思います。
部長 いいお話だわ。梅丸さんの曇りのない笑顔を見ていると、それはよくわかります。そして、さらに今回は梅玉さんの養子になり、莟玉という名前に改めるという大きな節目を迎えました。
梅丸 15年前、師匠の部屋を訪ねときは、まさかこんなことになるとは思っていませんでしたので、本当にうれしく思っています。今は夢がかなったというより、やっとスタートラインに立てたという感じなので、師匠の芸に近づけるように精進していきたいです。
部長 師匠の芸は、梅丸さんにとって、どんなところが魅力的ですか?
梅丸 他の人は醸し出すことができない、唯一無二の雰囲気ですね。師匠は舞台で派手なことはなさらないし、自分のポリシーや哲学をことさら強調したりもしないのですが、その大きさや品格が際立っています。それは師匠の養父である六世中村歌右衛門(なかむらうたえもん)という大名優の教えを守って、守って、守り抜いてきたという歴史に支えられているもので、とても僕がすぐに真似できるものではありません。でも、僕も最初に好きになった歌舞伎はやっぱり古典の作品ですし、師匠はご自身で「保守本流」っておっしゃっているように古典(歌舞伎)だけをやってきた家なので、本来なりたかった自分になるために、ここにいさせてもらっているんだと感じています。
11月歌舞伎座での披露公演では、師匠の中村梅玉さんと『菊畑』に出演。柔らかさの中にも凛とした佇まいを感じさせる牛若丸は見逃せない!!『菊畑』左より、奴智恵内実は吉岡鬼三太=中村梅玉、奴虎蔵実は源牛若丸=梅丸改め中村莟玉
部長 さて、11月は披露狂言として『菊畑』に虎蔵(とらぞう)役でご出演になりますね。
梅丸 とても大きなお役で、この年齢で、僕なんかが演じさせていただくのは、披露狂言ならではだと思います。有難いですね。
小僧 『菊畑』をバイラ世代の歌舞伎初心者が観るとしたら、見所はどこでしょうか。
梅丸 そうですねぇ。この話は、いわゆる「実は系」なんですよ。
小僧 じつは系?
梅丸 はい。歌舞伎には、「実はこの人はこういう偉い人でした」みたいな話が結構あるんですが、『菊畑』の虎蔵の正体も実は源牛若丸で、平家の全盛時代に奴に身分をやつしていますが、密かに平家討伐の大望を抱いています。一見、かよわそうに見えて、心に熱いものをもっているキャラクターで、そこが僕は好きですね。例えると、体育会系というより、ジュニーズ系アイドルの雰囲気(笑)。役者のセリフのかけあいも心地いいし、音楽も魅力的で、きっとわくわくして観ていただけると思います。
部長 『菊畑』楽しみになってきました。周囲のジャニーズファンに、おすすめしておきます!!
■パンダのシャンシャンのインスタを見て、癒されています
バイラ歌舞伎部のミーハーな質問にも快く答えてくださった梅丸さん。部長も小僧もすっかり虜に♪
部長 ところでちょっと歌舞伎から離れた質問を一問一答でいくつかお願いします。小僧、出番よ。
小僧、へい。ではまず、たいへんきれいなお肌とお顔だちですが、美容にいいこと、何かしてますか?
梅丸 美容!?……美容ってなんだ?(笑) あ、そうだ。僕はお化粧を落とすとき以外は石鹸で洗いません。水で顔を洗ってます。あれ? 美容に気を使ってない人の話になっちゃった(笑)。
小僧 好きな食べ物と好きなデザートを教えてください。
梅丸 食べ物は蕎麦。デザートはわらび餅。それとカスタードクリームも好きです。
小僧 好きな女性のタイプを教えてください♪
梅丸 これまたトリッキーな質問ですねえ。
部長 いえ、バイラにおいては王道の質問です!
梅丸 えっと、芯が強いけれど、落ち着いていて、のんびりした人。
小僧 肝っ玉母さんタイプですね。 えっ、違う? そこまで強くなくていい? わかりました。趣味はなんですか? 息抜きは?
梅丸 趣味は・・・歌舞伎以外の舞台もよく観に行きます。宝塚とかミュージカルを観るのも好きで、今日も松本白鸚旦那の『ラ・マンチャの男』を拝見してきました。ちょうど1300回記念の公演で、最後に『見果てぬ夢』を英語で独唱されたんですが、もう号泣ですよ。素晴らしかったです。息抜きは・・・パンダが好きで、インスタで見てなごんでいます。とくに上野動物園のシャンシャンは、中・高校が上野に近かったので、名前の募集が学校に来たりして、すごく思い入れがあります。パンダは自由奔放で、何にもとらわれない感じがいいですね。
2019年7月歌舞伎座『外郎売』にて遊君亀菊を演じた梅丸さん。美しさにさらに磨きがかかっている!! 莟玉と名を改めたあとは、立役と女方と両方を勉強していくそう。楽しみ~♪
小僧 梅丸という名前に一言メッセージをお願いします。
梅丸 「梅丸」には、本当に感謝しています。名前にどれだけ助けられただろうと思います。僕のキャラクターや見た目にマッチしていた名前だったので、お客様たちからもより親しみを持っていただけたし、僕のことを引き上げてくれたと思ってます。正直、名残惜しいですが、梅丸という役者に対して、皆さんが求めてくださったことを莟玉になって、具体的に形にしていけたらいいなと思っています。
部長 ちなみに「まるる」「まるちゃん」という愛称で親しまれてきましたけれど、もう「まるる」って呼んじゃいけないんですか。
梅丸 みなさんによく聞かれますけれど、そう呼んでいただいたほうが僕としてはありがたいです。「莟玉」は、六世中村歌右衛門大旦那が行っていた勉強会「莟(つぼみ)会」にちなんだものですが、「玉」も「莟(つぼみ)」も丸いから、これからも「まるる」でよろしくお願いいたします!!
小僧 わーい、良かった! 部長、11月はまるるの晴れ舞台を観に歌舞伎座にレッツゴーですね。
部長 口上もあるとのことで、とっても楽しみ。小僧とかけつけます!!
『菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸=梅丸改め中村莟玉。衣裳色鮮やかで美しい! 11月はぜひ劇場へ足を運び、新生「中村莟玉」を目に焼き付けよう!!
■吉例顔見世大歌舞伎(きちれいかおみせおおかぶき)
日程・場所: 2019年11月1日(金)~25日(月)歌舞伎座
【夜の部】 鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
『菊畑』(きくばたけ) 中村梅丸改め初代中村莟玉披露狂言
出演: 中村梅玉、梅丸改め中村莟玉、中村鴈治郎、中村芝翫、中村魁春
ストーリー:もとは源氏の侍ながら、今は平家に仕える鬼一法眼。その館で下働きする虎蔵の正体は、実は牛若丸で、智恵内の正体は、実は鬼一の末弟の鬼三太だった。二人は鬼一が秘蔵する兵法書「六韜三略」を手に入れるために館に入り込んでいた。そんな虎蔵に思いを寄せる鬼一法眼の娘・皆鶴姫(みなづるひめ)だったが二人の素性を知ってしまう。
■公演チケット情報
チケットは、チケットWeb松竹、チケットWeb松竹スマートフォンサイト、チケットホン松竹ほかで発売中。
インタビュー写真/©松竹
取材・構成/バイラ歌舞伎部
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
バッタリ小僧……歌舞伎歴2か月。やる気はあるが知識ゼロの新入部員。若いイケメン俳優より、本当はオーバー40歳の熟年役者好き。