「落ちるの一秒、ハマると一生」と言われる歌舞伎沼。その深淵をのぞき、沼への入り方を指南するこの連載。今月紹介するのは、大ヒット作『ワンピース』歌舞伎に続く、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)として、この秋に上演される 『新版 オグリ』。10月、11月に新橋演舞場で、また来年2月に福岡・博多座、3月に京都・南座と、4カ月のロングラン大公演を予定している。主演は豪華に交互出演(Wキャスト)。ルフィー役で幅広い人気を得た市川猿之助(いちかわえんのすけ)さんと、若手歌舞伎俳優の中でもイケメンナンバー1との呼び声高い中村隼人さんの二人。バイラ歌舞伎部のまんぼう部長とばったり小僧が、記者会見&稽古場に早速潜入だー!!
↑8月末に行われた『新版 オグリ』の記者会見。写真左から、脚本の横内謙介さん、演出の杉原邦生さん、主演・演出の市川猿之助さん、主演の中村隼人さん、松竹株式会社代表取締役副社長、安孫子正さん。
■猿之助VS隼人。まったく違う二つのオグリに大注目!
ばったり小僧 部長! 10月から新橋演舞場で始まる『新版 オグリ』、めっちゃおもしろそうじゃないですか!? 猿之助さんと隼人さんの記者会見を見て、これは絶対に観なくちゃと思いました。
まんぼう部長 記者会見、おもしろかったね!「物語のテーマは歓喜。人が産まれる意味は、歓喜を味わうことにあると、この舞台を通して訴えたい」「最後はEXILEのようにみんなが踊り狂って、劇場をあとにしてほしい」って、猿之助さんの話を聞いてるだけで、私もうずうずしてきたわ。隼人さんもキラッキラしてたし、もう大満足♪
↑作品について饒舌に語る猿之助さん。その語り口には、自信と余裕が感じられて貫禄だわ~。「地獄のシーンは、『ワンピース』以上に水浸しになる」など、楽しみになるネタばらしも
小僧 そもそも『新版 オグリ』って、どんなお話なんですか? 主人公は、小栗判官=オグリという頭も良くて、見た目も麗しい若者なんですよね。
部長 そう。オグリとその仲間6人は、古いしきたりに縛られることを嫌って、小栗党と称するグループを作って、心のままに生きていたのよね。でも、その身勝手さゆえに地獄に落ちて、今度は、重い病気に侵された姿で現世に送り返されてしまうの。ひとりでは生きていけない体になって、初めて周囲の人たちへの感謝の気持ちがオグリの中に芽生えてくる……という感動的なお話よ。
↑思わぬ大役からのプレッシャーからか、緊張の面持ちで記者の質問に答える隼人さん。「精いっぱい、全身全霊で『新版 オグリ』のために力を注いでいきます」。キュッと結んだ口元には、強い意気込みが感じられた。
小僧 うーむ。自己中心的に生きているオグリって、すごく現代人っぽくて、なんだか身につまされます~。小栗党もアウトローなところが、半グレ感があるというか、今どきな感じですね。
部長 ホントホント。二人の衣裳もフードがついていたり、チェーンがついていたり、ストリートファッョンのテイストを取り入れていると言ってたから、そのへんは意識したんじゃないかしら。
小僧 きらきら感もあって、かなり斬新な衣裳ですね。あと、隼人さんの帽子は、後ろにツバがついていて、キャップになっていると言ってましたね。
部長 「歌舞伎のカツラで帽子をかぶったことがないから、みんな、どうやってかぶせたらいいのかわからなくて、たいへんだった(笑)」っていう猿之助さんの話に爆笑しちゃった。
小僧 そういえば猿之助さんと隼人さんは同じ役だけど、衣裳は全然違うってところがおもしろいなと思いました。
部長 猿之助さん、自分でもこのキャップは似合わないと思ったんじゃない?(笑) それに猿之助さんが43歳、隼人さんが25歳と、二人は年齢が20歳近く離れているから、衣裳だけじゃなくて、キャクターもきっと全然違うオグリになると思うのよね。
↑『新版 オグリ』の稽古場にて。体全体を使って、俳優陣に動きを指示する猿之助さん。熱のこもった演出は、まるで指揮者のよう。カッコイイわ~!
小僧 そうか、そんなに年齢差があるのか。そう考えると隼人さんは大抜擢ですね。今や歌舞伎界ナンバー1のイケメンさんとして知られているし、10月から放送されるNHKの土曜時代ドラマ『大富豪同心』では主役をやるほど注目されているけれど、本人にしたら、たいへんなプレッシャーだろうなぁ。
部長 そうよね。隼人さんも「まさかこんな大役の主役の話がくると思わなかった」と言っていたけれど、70代の俳優さんがバリバリ現役の歌舞伎界では、まだまだ若手。しかも新作から古典まで大活躍中の猿之助さんとの交互出演だもの。絶対比べられちゃうし、「ただただ怖い」と言っていたの、わかるわ。でも、若さとやる気とイケメンで、そのハンディも絶対克服してくれるはずよ。
↑地獄の場面でのオグリとその仲間たち。市川猿弥(いちかわえんや)さんや市川笑也(いちかわえみや)さんなど、元祖『オグリ』に出演していた方々もいて、たのもしいぞ。
小僧 一方、猿之助さんは、「オグリの年齢に近いのは隼人さんで、若さで見せるオグリに期待したい」「猿之助を食うくらいの勢いで輝いてほしい」と余裕でしたね。若いオグリを猿之助さんがどう演じるのかも興味津々。
部長 ちなみに猿之助さんと隼人さんは、オグリを演じない日は、遊行上人というお坊さんの役も演じるのよね。こちらも大切なお役なので楽しみ~♪
↑ヒロインの照手姫(てるてひめ)役に大抜擢されたのは、若手の女方として注目される坂東新悟(ばんどうしんご)さん。父・彌十郎(やじゅうろう)さん譲りのスラリとした長身で、物腰も柔らか。声も艶があって色っぽい~。
■平成の名作が令和の時代に甦るから「新版」なのだ!
小僧 『新版 オグリ』は、昔に上演された作品のリメイクなんですよね? もとは、猿之助さんの伯父さまにあたる市川猿翁(いちかわえんおう)さんが、主役・演出を務められた舞台だったとか。
部長 そうね。そもそも1980年代に猿翁さんが「スーパー歌舞伎」という新作歌舞伎のシリーズを始められたのよね。古典歌舞伎の演出を取り入れつつも、題材がファンタジックだったり、セリフがわかりやすい口語調だったりと、現代劇の要素を取り入れて作られた作品群で、当時はすごく話題になったらしいわ。
↑閻魔大王役の浅野和之さん。ひょうひょうとした独特の雰囲気で、今やスーパー歌舞伎Ⅱには欠かせない存在。青いジャージ姿もおしゃれ!
小僧 なるほど。それに倣って、猿之助さんが「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」を始めたわけですね。
部長 そうそう。大ヒットした『ワンピース』歌舞伎もそのひとつで、『オグリ』は、1991年(平成3年)に、猿翁さん主演で上演していて、今回はそのリメイクとなる作品。だから「新版」と入っているのよ。
↑地獄で閻魔大王と対峙する隼人オグリ。みんなが恐れる閻魔大王に対しても一歩も引かないところは、さすが小栗党のリーダー。目力で閻魔大王を威圧。
小僧 時代に合わせて、いろいろ内容も変わっているみたいですよ。この前、お稽古を観に行ったら、現代を風刺するような場面がいろいろあって、超おもしろかったです!!
部長 それ、私は行けなかったのよね、残念! でも、取材したカメラマンのハルヤンに聞いたわ。「お稽古がおもしろすぎて、撮影するのを忘れて夢中になって観ちゃいました」って(笑)。いやいや、ハルヤン、それは困るよって思いながら、歌舞伎に関心がなかった彼女を、お稽古の段階で、そんなに夢中にさせるなんて、「オグリ、恐るべし」と思ったわ。
↑『新版 オグリ』の演出を共同で務める猿之助さんと杉原邦生さん。杉原さんは、猿之助さんが主演&演出を務めた8月の納涼歌舞伎『東海道中膝栗毛』で4年連続で構成を務め、猿之助さんの信頼も抜群。
小僧 ハルヤン、隼人さんのこと、「カッコイイ!」と連発してました(笑)。確かに隼人さん、目力がすごいんです。しかも瞳にお星様が入っていてキラキラしていて……。迫力満点で、熱い本気度を感じました。
部長 猿之助さんは、今回、演出もやっているのよね。
↑ヒロイン・照手姫役の坂東新悟さんと台本を見ながら綿密に打ち合わせする隼人さん。物語では、恋人同士となる二人のショットに萌え~♪
小僧 そうです! で、演出をしているときの猿之助さんが、これまた超かっこいいんですよ~♪ 次から次へとアイディアが湧いて出てくるし、これはアリ、これはナシって判断が早い。しかも自分もオグリを演じるわけだから、座って、全体を観ていたかと思えば、自分も中央に出ていって試しに動いてみたり。さらにその間に3分くらいでお弁当も食べて、それでも足りなかったのか、大きなおにぎりも食べてました(笑)。
部長 さすが小僧。どうでもいいところをよく見てるわね(笑)。それにしても猿之助さんのバイタリティあふれるリーダーシップは、オグリそのもの。最近、猿之助さんの周囲に若手俳優が集まっているけれど、慕われている理由がわかる気がするわ。それに加えて猿翁さんの時代から長年一緒にやってきた澤瀉屋(おもだかや)一門の方々もご一緒だからチームワーク抜群! まさに猿之助一座という感じ。(※澤瀉屋の「瀉」のつくりは正しくは"わかんむり"です)
↑日本舞踊の家元・尾上菊之丞さんを発見! 出演はないけれど、振付を担当しているため、お稽古に参加。浴衣姿がさわやかで素敵♪
小僧 ですね。そんな中でも私が一番気になったのが、一門の最古参・市川寿猿(いちかわじゅえん)さん! カメ婆という癖のあるおばあさん役で、ネタバレになるから詳しいことは言えないけれど、もう最高でした!!
部長 あと『ワンピース』歌舞伎のときもそうだったけれど、浅野和之さんとか、歌舞伎俳優じゃない俳優さんも出ていらっしゃるのよね。
↑演出をする一方、たまに小栗党の中に入って、オグリを演じてみる猿之助さん。まさに八面六臂の大活躍。めっちゃたいへんなのに、終始笑顔で、本当に楽しそうだった!
小僧 そうです! 浅野さんは、閻魔大王の役なんですけれど、ひょうひょうとしていて、味があって、出てきただけでおもしろいんですよ。寿猿さんにしろ、浅野さんにしろ、そこにいるだけで独特の空気を作ってしまう。舞台俳優って、本当にすごいなと思いました。
部長 そしてスーパー歌舞伎Ⅱならではのエンターテインメント性あふれる仕掛けも楽しみね。馬に乗って、二人が左右同時に宙乗りしたり、大量の水を使った演出があったり、壮大なスペクタクルが舞台には繰り広げられるというから期待大! 10月、11月の新橋演舞場は絶対観るとして、2月の博多座、3月の南座でも観たくなっちゃった。
小僧 出た、部長の追っかけ癖!(笑)ばったり小僧もぜひお伴します~。
■スーパー歌舞伎II(セカンド) 『新版 オグリ』
■配役
藤原正清後に小栗判官/遊行上人 ・・・市川 猿之助(交互出演)
藤原正清後に小栗判官/遊行上人 ・・・中村 隼人(交互出演)
照手姫 ・・・坂東 新悟
小栗一郎 ・・・市村 竹松
小栗二郎 ・・・市川 男寅
小栗三郎/山賊 ・・・市川 笑也
小栗四郎 ・・・中村 福之助
小栗五郎/山賊 ・・・市川 猿弥
小栗六郎 ・・・中村 玉太郎
鬼次/銀鬼少将/商人 ・・・市川 弘太郎
カメ婆 ・・・市川 寿猿
金坊 ・・・市川 右近(交互出演)
大納言の妻/閻魔夫人 ・・・市川 笑三郎
横山修理太夫/長殿 ・・・市川 男女蔵
鷹乃/薬師如来 ・・・市川 門之助
翁 ・・・石橋 正次
フグ婆/女郎屋女将 ・・・下村 青
鬼王/赤鬼大将/女郎千早 ・・・石黒 英雄
横山家継/鬼頭長官 ・・・髙橋 洋
高倉久磨/黒姫/女郎蒲公英 ・・・嘉島 典俊
閻魔大王 ・・・浅野 和之
■日程・場所
2019年10月6日(日)~11月25日(月)新橋演舞場
2020年3月4日(水)~26日(木)京都・南座
2020年2月4日(火)~25日(火) 福岡・博多座
■ストーリー
美貌の若者、小栗判官=オグリと、その仲間たちは、小栗党と称し、自由気ままに生きていた。しかしある日、横山修理の娘・照手姫を強引に奪ったことから、オグリたちは殺され、地獄へ送られる。そして閻魔大王によって重い病に侵された姿で、オグリは娑婆に送り返される。現世に戻ったオグリは、遊行上人の導きで善意に救われながら、熊野を目指すが、その道中、偶然にも照手姫と再会するのだった。梅原猛の原作、横内謙介の脚本、市川猿之助と杉原邦生の演出、そしてスーパーバイザー市川猿翁のもと、伝説の小栗判官の物語が28年ぶりによみがえる!
■公演詳細
取材・構成/バイラ歌舞伎部
撮影/富田香 齋藤晴香
まんぼう部長……ある日突然、歌舞伎沼に落ちたバイラ歌舞伎部部長。遅咲きゆえ猛スピードで沸点に達し、熱量高く歌舞伎を語る。
ばったり小僧……歌舞伎歴2か月。やる気はあるが知識ゼロの新入部員。若いイケメン俳優より、オーバー40歳の熟年役者好き。