書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、心だけでも旅に行った気分になれる小説2冊をご紹介します。こんなご時世だからこそ本を通して、見知らぬ風景、違う価値観、研ぎ澄まされる感受性に触れてみよう。
ナビゲーター
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
環境を変え、今いる場所から抜け出せ、というのは、たとえば学校でいじめを受ける子どもたちに有効な助言だけれど、大人にも効くのでは?
ダリウス少年は白人の父とペルシア人の母をもつアメリカ育ち。ペルシア語は話せない。妹は天真爛漫で処世も得意ながら、自分は暗めで親友もなし。学校と父の期待が重荷で、うつ病の薬を服用する毎日だ。『スター・トレック』だけに救われている。
そんな彼が祖父の病をきっかけに、初めてイランへ。16年分を取り返すような祖母からの熱いハグ、要求を直接伝えない慣習など、新鮮な体験は心のよどみを晴らしていく。それでも今度は「イラン人らしくなさ」をからかわれるのだ。
「自分がどこから来たのか知るのはとても大切なことだ」
土地の料理、美しい建築、地元の男子とのサッカー、そして親友となったソフラーブ……。異教徒である彼との交流を通じて、痛みは次第に溶け、ダリウス本来の繊細さこそが人を癒す強みとなっていく。
ルーツや性的指向や信仰などの異なる「他者」を理解するとはどういうことか、本質的な問題を温かなストーリーで示してくれる本書。香り高いお茶のように、ほっとできる。
『ダリウスは今日も生きづらい』
アディーブ・コラーム著 三辺律子訳
集英社 2400円
「大丈夫じゃなくて、大丈夫だ」生きづらさと向き合って
ペルシア系アメリカ人という出自に苦悩する16歳のダリウスは、初めて訪れた母の故郷でソフラーブという少年に出会う。自分のアイデンティティって?他者との相互理解とは何かを問う、青春小説。
これも気になる!
『死ぬまでに行きたい海』
岸本佐知子
スイッチ・パブリッシング 1800円
この世に生きたすべての人のささやかな記憶のために
出無精を自認する人気翻訳家による旅行記。赤坂見附、丹波篠山、富士山、すでになき場所とまだ見ぬ土地へ。「彼らは本当にいるのだろうか」。慕情や思念が写真とともに現れる本書は、本質的に小説だ。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年3月号掲載
【BAILA 3月号はこちらから!】