書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、思考や記憶が、誰にも侵犯されないことの崇高さを、あらためて感じさせてくれる小説、桐野夏生の『日没』をご紹介します。
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江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
近未来ではなくて、過去でもなくて、現在。今このときをディストピアの舞台に設定しているのが、本書『日没』の特徴だ。私たちの暮らしのすぐ隣で、この事態が進行していてもおかしくないというリアリティが読み心地をさらに怖くさせる。
主人公は小説家のマッツ夢井。飼い猫が失踪したある日、一枚の召喚状が届く。呼び出された先は断崖に建つ「療養所」で、ネットもつながらない。そこで男らは社会に適応した「よい小説」を書けと、指図する。
貧相な食事、決められた入浴時間、禁止される会話。氷入りの無臭の飲料水すら贅沢となってしまった突然の理不尽な生活に、彼女はまっとうに抗議する。最初は勢いのあった反発も、恐怖心で精神を支配するやり方によって、だんだんと従順にならざるをえない。そして望まれたとおりの、人情話めいた心温まる小説などを書き始めるのだが……。「本物の希望は、私が正気を保つことだ」
この勾留状態から彼女は逃げ出せるのか?思想統制の恐ろしさに、食事や行動の制限といった想像しやすい側面から迫っていったこの小説は、私たちに「自由」の大切さをあらためて考えさせてくれる。
『日没』
桐野夏生著
岩波書店 1800円
心温まる小説を書け。強いられた作家の抵抗
作家に届いた政府からの召喚状。有害な小説だと読者に告発された作家は、実質的な監禁状態に置かれる。減点式でのびる勾留期間、奪われる言葉と自由……。桐野夏生らしいリアルな恐怖小説。
これも気になる!
『海と山のオムレツ』
カルミネ・アバーテ著 関口英子訳
新潮社 1900円
「その土地特有の味」豊かな味覚を養えば
南イタリア出身作家が、郷土の絶品料理とその風景を描き出す自伝的短編小説集。「おいしいものを食べていた郷里の記憶がよみがえる」。親しい人の懐かしさが胸に迫る。読むとおなかが鳴ること必至の本。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年1月号掲載
【BAILA 1月号はこちらから!】