学び方にはいろんな種類があるものの、いちばん手軽にスタートできるのは読書。本が与えてくれるものを、3人のブックラバーと5人の選書の達人に教えてもらいました。
1. 漫画家・ヤマザキマリさんが推す、社会を俯瞰する3冊
多様性あふれる世界へと導いてくれる本
漫画家・作家
ヤマザキマリさん
やまざき まり●画業を志し17歳で単身イタリアへ。1996年漫画家デビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』が大ヒット。エッセイや対談などの著作も多い。現在グランドジャンプにて『オリンピア・キュクロス』を連載中。
自分や社会全体を俯瞰する目を養ってくれる
「本は、私に幼い頃から多くの知恵を授けてくれた。そしてこれからも欠かせない学びのツールです」とヤマザキさん。
「発売以来何度も読み続けている『地球家族』は、常識や悩みを吹っ飛ばしてくれる一冊(笑)。世界30カ国の“普通の”家族の持ち物と、家を写真に収めてありますが、“普通”の違いぶりに感じ入ります。コロナ禍前までは世界中を移動し、旅し続けていた私ですが、今のような状況下であらためてページを開くと、私たちは日本だけではなく地球の住民だと感じますね。人間の存在を俯瞰させてくれる本から、学びを得ることが多いです」
そんななかで「読み返すたびに思考する力を高めてくれる」と語るのが『群衆と権力』。
「一巻が300ページ以上の上下巻。どうぞ心折れずに手に取っていただきたいです(笑)。著者のエリアス・カネッティはブルガリア生まれのスペイン系ユダヤ人。少年時代はヨーロッパ各地を転々とし、のちにイギリスへ。原文はドイツ語です。越境者の彼が、群集心理と権力欲を解説した論文を読むと、私もまた、地球の中の群衆だと感じますし、権力を内在する生き物だと痛感。それに疫病に面した際の群衆の反応なども描かれていて。普遍的な人間洞察の書でもあるんですね」
初版は1960年。「古い本だけど人間は昔も今も変わらない」とも。
「昨今ネット上を中心に盛んに行われている“生贄探し”。誰かをたたく充足感も、権力欲のひとつだと思います。そう考えると人間って進化しないですね。情報が出まわり、テクノロジーが劇的に進歩している時代だけに、私たちも『進化してる』と思いがちですが、この本を読むと都合のいい誤解だなと(笑)。進化が必ずしもいいとは限りませんしね。世界中でまだ続くコロナ禍で視野が狭くなっている今こそ、人間の本質に触れてみてください」
そして3冊目は、ヤマザキさんが“心の師匠”と仰ぐ、安部公房の代表作『砂の女』。初めて読んだのは10代の頃。
「当時の私は、イタリアで詩人の彼氏とその日の生活にも困るような暮らしをしながら、芸術家のサロンへ出入りしていたんです。そこで仲間から、日本文学を読んでいない無知・無教養をバカにされて。手渡されたのが『砂の女』でした。もちろんイタリア語版ですよ! 四苦八苦しながら読むうちに、『どうやらひどい話のようだ』と(笑)。しかしなんとも言えぬ魅力があり、日本語版を読み直しました」
砂漠にある集落に閉じ込められ、そこから出たいともがく男と、現状に疑問すら抱かない女。その設定は「現代社会への揶揄」とヤマザキさんは分析する。
「もがく男は、まさに17歳の頃の私。自由を求めて外国へ来たのに、人は壁に守られていないと安心できないと気づき、自己矛盾にあえいでいる。自らが陥った人間社会の不条理を、戦中派世代の安部公房が描いた作品を通じて客観視しました。さらに私が苦しいのは人と比較をするからで、拝金主義に慣れすぎていた、という気づきも得ました。でもこの主人公みたいに、しがらみから解き放たれたい欲求と、現実との葛藤って、誰でもあると思うんです。さらにこの小説が面白いのは、エロティシズムやユーモアもあること。優れた文学には必須要素です」
読書は自分で物事を考え、他者を想像する力を培う
本からヤマザキさんが得た学びは?
「活字に触れると、ボキャブラリーが増えますよね。心の中にあるモヤモヤした思いを、自分で筋道を立てながら深く考えて、より多くの言葉で表現できるようになる。通りすがりの誰かの“意見待ち”をしなくてよくなります。人の言葉に依存しない精神を培う大切さは、私ぐらいの年齢になると、格段に身にしみてきますよ。あとは想像力を刺激してくれる、という意味ではこれ以上のツールはないのではないでしょうか。今回紹介した写真集しかり、論文しかり、小説しかり。こういった世界に触れて想像力を鍛えれば、予想外の現実にも驚くことはないはず。自分と共有できない価値観を持つ人に出会っても、攻撃するのではなく、理解の手がかりにもなりますよね。それが本が与える知性と教養の底力なのかなと。ただし読む行為には、忍耐と継続の、トレーニングが必要です(笑)」
近頃、読書のトレーニングをサボりがちだなあという人は、何から始めたら?
「少女時代にハマった作家がいる方は、再び読み直す、時事ネタ好きなら新書を開く、まずはビジュアル中心の一冊を手に取る……などからでいいのではないでしょうか。それから、短編小説を寝る前にひとつ読むのも達成感がありますよ。あとは笑える物語を読むのもいいですよね。『楽しい!』という読書体験だって、立派な知性と教養の蓄積になります。それに自分が面白そうに本を読んでいると、周りにいる人も『本から学びを得てみたい』となっていきます」
ヤマザキマリさんの社会を俯瞰する3冊
『群衆と権力』(上・下)
エリアス・カネッティ著 岩田行一訳
法政大学出版局
群衆とは何か。群れを構成する集団のタイプ、さらに権力について書かれた本。「群衆が持つ破壊衝動や、未知のものへの恐れなど考察の深さにうなります」(ヤマザキマリさん)
『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』
マテリアルワールドプロジェクト、 ピーター・メンツェル他著 近藤真里、杉山良男訳
TOTO出版
世界中の家と家具を収めた写真集。「日本で一般的なお風呂用の手おけは、俯瞰で見ると世界の人には謎すぎる道具(笑)。『テルマエ・ロマエ』を描くきっかけをくれました」
『砂の女』
安部公房著 新潮文庫
昆虫採集に出かけた男が砂穴に閉じ込められる。「安部公房の小説は人間社会のあり方を俯瞰したものが多いですが、これもそのひとつ。10代から繰り返し読んでいます」
シャツ¥289300・ニット¥236500・パンツ¥193600/ブルネロ クチネリ ジャパン(ブルネロ クチネリ) ピアス¥23100・イエローストーンリング¥23100・ホワイトリング¥31900/アガット
2. 声優・斉藤壮馬さんが選ぶ、大人の好奇心をくすぐる3冊
勉強の読書とは違って学びの読書は能動的でもっと自由
声優
斉藤壮馬さん
さいとう そうま●近年の主な出演作はテレビアニメ「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」「憂国のモリアーティ」「さんかく窓の外側は夜」など。著書にエッセイ集『健康で文化的な最低限度の生活』。
30歳の今、あらためて読書が好きになっている
一冊の本との出会いが呼び水となり、ほかのジャンルも深く学びたくなるバラエティ豊かな3冊をセレクトしてくれたのは、声優として活躍する斉藤壮馬さん。
「世阿弥の『風姿花伝』は、舞台に上がる前にどのような準備をし、どのような心持ちで舞台に上がるべきかなど、芝居の概念や理論を説いている実践的な書で、役者として学びがありました。能は足利義教によって弾圧され、世阿弥も晩年に島流しにされるのですが、純粋な興味で読み始めた本が学校で勉強した日本史につながっていくのも面白かったです」
実家の本棚にあったことから、子どもの頃から何度も繰り返し読んでいるのが漫画の『MASTERキートン』。
「『砂漠のカーリマン』というエピソードで、主人公の考古学者キートンが砂漠にスーツ姿で赴く場面が。彼はサバイバルの達人で、実はスーツは砂漠の気候に適した服装だったらしいのです。そういった印象的なエピソードがたくさん描かれていて、考古学やミステリー、世界史、日本史、オカルト、政治、宗教など、いろんな知識の扉を内包している作品だと思いました。物事を相対化して別の角度から見るという意味でもすごく参考になる漫画ですし、人としてどうあるべきかを学んだ作品です。もちろん、単純に漫画としてすごく面白いですしね」
2021年に読んだ本の中でトップ3に入るほど衝撃を受けたのが『謎ときサリンジャー「自殺」したのは誰なのか』。J・D・サリンジャーの短編『バナナフィッシュにうってつけの日』で、主人公が唐突に拳銃自殺する結末に対し、本当に自殺だったのかを問う話題の評論だ。
「サリンジャーを知らない方が読んでも絶対に面白いと思います。緻密に文献を当たってロジカルに論証を積み重ねていくのですが、弓道や禅の考案が始まるなど、アプローチはかなりアクロバティック。読書に対して自分の価値観が凝り固まっていたことに気づかされました。この本を読んでからあらためてサリンジャーを読み返すと、とにかくべらぼうに文章がうまいことに気づいたり、ダブルミーニングの多さに気づいたり。本を読む楽しみをもう一度教えてくれる作品でした」
知らないことを知ることが趣味で、月に20冊は本を読むという斉藤さん。勉強の読書と学びの読書は大きく違うそう。
「何かを強いられる勉強と違って、学びはもっと能動的だと思うんです。それこそ10代の頃は日本史にまったく興味がわかなかったのに、不思議なもので30歳の今は、趣味の読書を通してものすごく興味がわいて色々と調べているところ。肩ひじ張らずに好奇心を連鎖させられるのが、大人の学びの楽しみかもしれません」
斉藤壮馬さんの好奇心が連鎖する3冊
『風姿花伝』
世阿弥著 水野聡訳 PHP研究所
世阿弥が約20年の歳月をかけて記した日本最古の能楽論。「虚構空間を舞台上に作り上げる世阿弥が大成した夢幻能は、アニメと親和性があると思います」(斉藤壮馬さん)
『MASTERキートン』
浦沢直樹著 勝鹿北星、長崎尚志脚本 小学館
考古学者のキートンが、保険調査員として世界中を飛び回る中で出くわす様々なドラマを描く。「大人になって読み返すと、また“読み味”が違って面白いです」
『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』
竹内康浩、朴舜起著 新潮選書
天才作家J・D・サリンジャーの謎多き文学を読み解く。「優れた文学批評は、それ自体が優れた芸術作品であると再確認させられた上質なミステリー。とても感動しました」
3. フリーアナウンサー・宇垣美里さんの心を刺激する、とっておきの3冊
一行の言葉が、私を満たし、未来へと導いてくれる
フリーアナウンサー
宇垣美里さん
うがき みさと●2014年TBSテレビに入社。退社後はフリーアナウンサーとして活躍。テレビやCM出演のほか、執筆活動も行う。近著に『今日もマンガを読んでいる』がある。
何度も繰り返し読むことで心の成長を確かめることも
「自宅でも外出先でも、いつも何かしらの本を読んでいます」という宇垣さん。忙しい日々の中でも4~5冊、並行して読み進めるのがルーティンなのだとか。
「『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』は、現代女性が社会の中で自分らしく生きるために必要な知恵を、教えてくれる一冊。語り口もライトで、読むと元気が出ます。私は自分の違和感や意見を、なるべく表現したいタイプなのですが、話しても通じ合えない相手には『説明しなくていい』という戦い方もあると知りました(笑)」
第二次世界大戦中、強制収容所に連行されたユダヤ人男性の記録が描かれた『夜と霧』。これは宇垣さんが何度も読み、そのたびに学びを得ている本。
「最初に読んだのは中学生の頃。ホロコーストという、人類が犯した最大級の罪の渦中にいながら、自分自身の心の状態を淡々と描いているさまに心がえぐられるようでした。周囲の状況も合わせて、人はこんなにも残酷になれるのか、と」
あらためて読み直し、こんな思いも。
「著者が、離れ離れになってしまった妻を思うシーンがあります。彼女はそばにいないのだけれど、その存在自体が、著者の生きる希望になっている。人を愛するとは、こういうことだと学びました」
近年、歯切れのいい文体と独自の視点で人気があるのが、文筆家・岡田育さんのエッセイ。宇垣さんもファンだとか。
「その中でも最新刊の『我は、おばさん』は、古今東西、いろんなエンタメ作品に出てくる大人の女性に焦点を当て、“おばさん”を再定義した論考集。私は今30歳で、まだ甥や姪がいない立場。“おばさん”と言われる機会は少ないのですが、それでも20代の頃に比べると『おばさんとは何だ?』『どういうおばさんになっていきたいのか?』と考える機会が増えました。たとえ心ない表現で『30代? 終わったね』的なことを言われても『知ったこっちゃない』って感じですが(笑)、自分の価値が若さだけだったらつまらないなとも感じていて。この本はそんな私に、多様なおばさん像を教えてくれました。優等生じゃなくてもいいし、奔放な心を保っていてもいい。妻や母という枠を超えた“おばさん”という立ち位置はとても魅力的だなと。今のこの年齢で出会えて、いい学びを得られた一冊でした」
仕事柄、周りに本をおすすめする機会も多い宇垣さん。活字の魅力とは?
「人間の感情も含めて、モヤモヤとしたものの正体を知りたいタイプなんです。悩んでるときに言語化された一行を読むと『ああ、今の気持ちって、こういうことだったんだ!』と、刺さることが多くて。漫画や映画などのメディアも大好きですが、一行の文章で絡まっていた心がほぐれたり、美しさや感情を具体的に教えてもらえる、というのが本の力だと思います。だから私は素敵な言葉を人生の滋養にしたいし、本から刺激を受けたいですね」
宇垣美里さんの心を刺激する3冊
『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』
イ・ミンギョン著 すんみ、小山内園子訳
タバブックス
気鋭の韓国人フェミニストが描く女性への応援エッセイ。「言われた言葉への返し方が具体的。己を守るために実戦で使える本です」(宇垣美里さん)
『夜と霧 新版』
ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳
みすず書房
ユダヤ人精神科医が綴る強制収容所での凄絶体験。「著者の文章が感情的になりすぎず、冷静なところが、逆に読み手にしみわたってきます」(宇垣美里さん)
『我は、おばさん』
岡田育著
集英社
創作上の「おばさん」をあらゆる角度から検証した一冊。「カッコいい年の取り方をしている!と思える人が、いっぱい登場します」(宇垣美里さん)
ワンピース¥46200/ボウルズ(ハイク) イヤカフ¥2680/ロードス(ヘンカ)
4. 理想の社会、男性中心主義の現実……社会のしくみを学べる5冊
私たちが生きているこの世の中について、新たな視点や示唆が得られる本を5人の識者がチョイス!
(選者のプロフィールは記事文末を参照)
「自分ならどうする?」良質な問いをくれる
『いくつもの月曜日』
Lobsterr著 Lobsterr
著者は世界的なトピックを扱うメディアに目を光らせている、ビジネスデザイナー、ストラテジックデザイナー、編集者の3人。短いエッセイがまとまった一冊で、現代ならではのソーシャルイシューや日々の小さな気づきをもとにしつつも、社会の一般的なことを論じるのではなく、個人的な心の動きを、丁寧な言葉にしているのが心地よいです。「自分ならどのように考える?」と、良質な問いかけを与えてくれる作品。(鈴木美波さん)
人との関わりから動く社会がある
『ボクの音楽武者修行』
小澤征爾著 新潮文庫
小澤征爾さんの青春伝。指揮者になりたいと思った24歳の彼が、「その音楽の生まれた土地、そこに住んでいる人間をじかに知りたい」とヨーロッパへ。なんとバイクを乗せて、船で向かいます。そして飛び込みでカラヤンやバーンスタインなど時代を代表する音楽家と知り合うことに。ひとつの出会いから人生を発展させること。決断や冒険の大切さ。実はそこに社会の仕組みを読み取ることができるのではないでしょうか。(森岡督行さん)
気づいたら美しいと感じている
『人はなぜ「美しい」がわかるのか』
橋本治著 ちくま新書
感性というものは人それぞれですし、個人の中でどんどん変化していくものなのに、「今はこういうことになっているんだから、これがわからないのはよくないよ!」と外から押しつけられるようなことって、よくあります。たとえば、何を「美しい」と感じるかって、その都度変わるもの。気づいたら美しいと思っていた、そういう毎日の繰り返しが自分と社会の接点をつくり続けるのだから、それを奪われたくありません。(武田砂鉄さん)
現代の「理想の社会」なのかもしれない!?
『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』
ヤニス・バルファキス著 江口泰子訳 講談社
SFの形式をとった経済書。主人公は、金融危機を境に資本主義をやめたパラレルワールドの住人とのコンタクトに成功。その社会では企業に入ると一人一株制で経営に携わる。基本給は同じ。同僚の相互評価でボーナスあり。国民全員にベーシックインカムが給付される――。自由を尊重する権利が守られつつ、今の強欲な資本主義を超越する方法を著者は夢見る。この小説から、社会の理想の種を見つけることはできます。(江南亜美子さん)
男性中心主義の現実を観察
『マチズモを削り取れ』
武田砂鉄著 集英社
「マチズモ」という、要はちょっとマッチョな感じ、男性中心の世界観に焦点を当てています。甲子園を目指す野球部と女子マネージャーについての世間の見方や、高級寿司屋のカウンターって男社会そのものなのではなど。問題提起から取材、著者の考察やエピソードの量が豊富。ネットでは味わえない「理解」にたどり着けます。男尊女卑に憤る人はもちろん、女性の怒りがいまいちピンとこない人にも読んでもらいたいです。(花田菜々子さん)
5. 幸福になれる働き方、職場恋愛の変化など、「働き方」を学べる本5冊
バイラ世代にとっては尽きない悩みが「働き方」。優しく、ときには現実も教えてくれる本を読書の達人がチョイス。
(選者のプロフィールは記事文末を参照)
たくましさを取り戻すために
『何もしない』
ジェニー・オデル著 竹内要江訳 早川書房
生産性を高めるためには? より共感してもらうには? そんなことばかりに向かわせる社会に疑問を持った著者が、「何もしない」行為で得られるものや気づきを語ります。難解な芸術論もありつつ、働き方を見つめ直す上では前書きだけでも読む価値ありです。なんか疲れたな、という日が続くときにこの本の内容を思い出すと、心が楽になるかも。そういうこともひっくるめて、現代をたくましく生きる力を与えれくれます。(鈴木美波さん)
職場恋愛はどう変化してきたか
『なぜオフィスでラブなのか』
西口想著 POSSE叢書
1984年生まれの著者は、「私たちは、七〇〜八〇年代に出会いの主流となったオフィスラブによってこの世に生を受けた、いわば『オフィスラブ時代の子ども』なのである」と書きます。自分は1982年生まれ。両親は違う会社で働いていたけど、会社近くの英会話スクールで出会ったはず。現代の小説の中で、職場恋愛がどのように描かれてきたかを分析するこの本からは、働き方やジェンダー意識の変化が浮き上がってきます。(武田砂鉄さん)
効率化を超えた偉人の働き方
『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』
メイソン・カリー著 金原瑞人他訳 フィルムアート社
本書では過去400年間の偉人たちが、どのように執筆をしていたか、また最高の仕事をするために、毎日の時間をどうやりくりしていたかが書かれます。バックボーンにあるのは「創造性を高めて生産性をあげるため」に、限られた時間をどう過ごすか、という問題。しかしそれが、必ずしも生産性の高さや効率のよさと結びつかないのは確かなこと。破滅的なやり方も含め、時代をつくった偉人の働き方の一端が読み取れます。(森岡督行さん)
幸せのかたちとはなんなのだろう
『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし』
渡邉格著 講談社+α文庫
鳥取のパン屋さん・タルマーリー。経営者は東京出身の夫婦ですが、修業時代に労働環境と防腐剤に疑問を持ち、現在の地でパン作りを始めます。仕事は一度流れができると、根本に立ち返るのを忘れて、効率化と利潤の追求に躍起になりがち。でもこの本から、何が本質か、そして何が幸福かを問う大切さを知ることができます。仕事と暮らしを切り離しすぎないことで、むしろ心身のバランスをとる考え方もいいです。(江南亜美子さん)
働き方は人それぞれ
『「やりがいのある仕事」という幻想』
森博嗣著 朝日新書
出版されたのは2013年。10年近く前ですが、今読んでも色あせない一冊です。働くことについて考えるのは本当に難しくて、しかも多方向にアドバイスがあり、すべてをうのみにすると身動きが取れなくなる。作家でエッセイストの森博嗣さんのこの本は、今までとは別の視点と諦観から、「あるべき働き方」論を次々なぎ倒しているところが魅力。悩んでいるときほど視野は狭くなりがちなので、そんな場合に読んでほしいです。(花田菜々子さん)
6. 身近な「お金」について、わかりやすく学べる3冊
最も身近なはずなのに、どうも苦手意識を持ちがちなお金や経済。様々な視点から気づきを与えてくれる3冊をご紹介。
(選者のプロフィールは記事文末を参照)
基本のキから学べる本をやっと見つけた!
『経済ってなんだ?世界一たのしい経済の教科書』
山本御稔著 SBクリエイティブ
文系の分野は大好きで積極的に学べるのですが、経済は苦手。話題になったときは適当にごまかしています(笑)。この本はNoritakeさんの表紙に惹かれてページをめくったら……。本当にわかりやすい! 「1ドルは1円と同じ価値じゃない」って、そんなところから教えてくれる感動。これならついていける、と確信しました。「小学3年生にもわかるように」と帯文のキャッチに書かれていたのですが、そのとおりかもと感じました。(花田菜々子さん)
ポケットティッシュが配られていた時代
『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』
小島庸平著 中公新書
その昔、繁華街を歩いていると、ポケットティッシュをいくつももらえる時代がありましたが、あの消費者金融のティッシュって、「女性顧客の取り込みにあった」そう。お金を貸す人たちは、時代の流れによって、貸し付けようとする相手を変えるもの。高度経済成長期にサラ金が一気に増えたのは、妻にバレないようにお金を借りて、家の中での「男らしさ」を保とうとした側面もあったとか。お金って、プライドの問題らしいんです。(武田砂鉄さん)
これからのお金や経済と、人間らしく生きるとは?
『経営者の孤独。』
土門蘭著 ポプラ社
小説、短歌、インタビューなど多ジャンルで活躍されている土門さんと、10人の経営者の対談集。お金とは何か。経済とは何か。その確かな答えは、誰にとっても明らかではないでしょう。この本は、自ら経済を実践してお金を生み出している人たちの言葉の中から、これからのお金や経済のあり方を垣間見ることができます。それは現状の経済のなかで、豊かに人間らしく生きていくための試行錯誤なのかもしれないと感じました。(森岡督行さん)
7. 多様性社会に向けて「隣人」を学ぶ本3冊
多様性が叫ばれる世の中でまず何を知ったらいいのかと迷う人には、こちらの本から入るのがおすすめ。
(選者のプロフィールは記事文末を参照)
自分の中の常識や刷り込みが刷新されていく一冊!
『ヘルシンキ 生活の練習』
朴沙羅著 筑摩書房
北欧での生活ってさぞかし素敵だろうな……という期待感をいい意味で裏切る本書。カルチャーショックとも呼べる作者のエピソードの数々に、読みながら目を丸くして衝撃を受け続けました。どちらの国がいい・悪いということではなく、海外生活の体験談を通して、多様な価値観や世界観を知ることができます。他者を認めるには自分のありようや、心の動きを深く観察することが大切だと気づかされた本でもありました。(鈴木美波さん)
メキシコ移民の姿から見えてくる風景がある
『マンゴー通り、ときどきさよなら』
サンドラ・シスネロス著 くぼたのぞみ訳 白水Uブックス
アメリカの豊かさを求め、メキシコ国境を越えた移民の物語。魅力は文体、そしてスペイン語で希望を意味する少女の軽やかな語りと感性です。隣人との距離が近くて住人の入れ替わりが激しく、世間からは治安を心配されるマンゴー通りのアパート。主人公一家をはじめ、人々のエピソードが断章形式で書かれます。著者の目は困難を乗り越えた移民などの社会的な弱者を見つめています。小説から「学ぶ」ことも多いはず。(江南亜美子さん)
経済成長すれば、みんな一緒になる?
『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』
藤本和子著 ちくま文庫
1980年代、アメリカで暮らす黒人女性に聞き書きをした一冊から伝わってくるのは、平等や多様性といった言葉が隠し持っている暴力性。もちろん、その言葉はとても大切な言葉なのだけれど、それだけを言っていればなんとかなるって感じがどんどん強くなってきてしまった昨今。著者は、耳をすまして、聞くことで、わたしたちを変えもする、と書いています。相手のアイデンティティに配慮のない身勝手な振る舞いがまだまだ続いています。(武田砂鉄さん)
8. 未知のワクワク感を思い出させてくれる5冊
想像もしない世界に触れることこそ読書の醍醐味。本を楽しむワクワク感を思い出させてくれる5冊を読書好きが厳選。
(選者のプロフィールは記事文末を参照)
料理と人生を同時に堪能
『世界のおばあちゃん料理』
ガブリエーレ・ガリンベルティ著 小梨直訳 河出書房新社
なんといっても世界のおばあちゃんたちの、愛ある表情が素晴らしい。日本のちらし寿司をはじめ、各国のレシピが掲載されていますが、マラウイ共和国のイモムシのトマトソース煮、ホンジュラスのイグアナ焼きなど珍しい料理も。冷蔵庫や壁に貼ってあるもの、器やテーブルクロスにも、お国柄や暮らしぶりが見て取れます。そしてレシピとともに語られる、彼女たちの人生。料理の背後には物語があります。実際に作るワクワクもあるはず。(森岡督行さん)
誰だってときめいていい!
『「役に立たない」研究の未来』
初田哲男、大隅良典、隠岐さや香著 柴藤亮介編 柏書房
科学の研究は「役に立つ」ほうが重要と思われがちですが、研究が役に立つか誰がジャッジするのか? そんな問いに立ち返った本。役に立つかどうかもわからない研究も含めた多様性こそが強みであり、自分が楽しいと思える研究に没頭する学者を守るのが、長期的なイノベーションにつながるそう。そして面白いことを突き詰める力は、科学者だけの特権ではなくて、私たちにもあるのだと自己肯定にもつながる一冊。(江南亜美子さん)
近くにあるのに知らない「土」の話
『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』
桐村里紗著 光文社新書
実は土って、宇宙よりもはるかに近いのに、知らないことばかり。この本は、個人のヘルスケアのためにも地球の様子を知ることが必要など、身近な自分の体の話と地球規模の話を、最新事例を踏まえ、医学的な見地から納得させてくれます。ミクロとマクロをつないでくれ、その上で自分にどんなアクションの方法があるのかを教えてくれる。できることから地球に貢献していける感じは、エコについても学びの伸び代があるように感じました。(鈴木美波さん)
「自分探し」より「自分なくし」
『さよなら私』
みうらじゅん著 角川文庫
これから自分はどうなるんだろう、何ができるんだろう、とワクワクしながらも不安になるわけですが、いっそのこと、私らしさなんて捨ててしまおう、っていうか、そんなものはそもそも存在しているのだろうかと疑ってみるのはどうだろう、とあります。未来がどうなるのかなんて誰にもわからないのだから、自分をなくそうと主張します。生きていけば、いいこともあるし、悪いこともある。それを一つひとつ味わうしかないんです。(武田砂鉄さん)
「批評」を学ぶと、視野が広がる
『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』
北村紗衣著 ちくま新書
「批評」は感想とは違うのか? あるいは批評で言いきり、間違うことはないのかな、とか。批評について簡潔でわかりやすくまとめているこの一冊は、目からウロコの連続。最近は本だけでなく、映画や音楽の感想を、ブログやSNSに上げたい人も多いと思います。ただ「面白かった」と書くだけでなく、批評とは何かということが少し頭に入っているだけでも世界は広がるはず。カルチャー好きの人はぜひチェックを。(花田菜々子さん)
鈴木美波さん
本と編集の総合企業「SPBS」の企画・PR担当。現在は主に「“編集”を通して世の中を面白くする遊びと学びのラボラトリー」、SPBS THE SCHOOLの講座企画を手がける。
江南亜美子さん
書評家。京都芸術大学講師。日本の純文学と翻訳文芸への造詣が深い。本誌の書評連載をはじめ、新聞、文芸誌などで執筆。共著に『世界の8大文学賞』。
森岡督行さん
書店経営者、文筆家。神保町の古書店勤務を経て、2006年に「森岡書店」を開業。『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』『荒野の古本屋』など本にまつわる著書は多数。
武田砂鉄さん
ライター。出版社勤務を経て現職に。2015年に出版した初めての著著『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。『コンプレックス文化論』が発売中。
花田菜々子さん
「HMV & BOOKS HIBIYA CO TTAGE」店長。作家。近著は『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』。
〈ヤマザキマリさん〉撮影/長山一樹〈S-14〉(人)、kimyongduck(物) ヘア/津久井浩之〈Perle〉 メイク/仲嶋洋輔〈Perle〉 スタイリスト/平澤雅佐恵 取材・原文/石井絵里
〈斉藤壮馬さんさん〉撮影/花村克彦 ヘア&メイク/紀本静香 スタイリスト/本田雄己 取材・原文/松山 梢
〈宇垣美里さんさん〉撮影/花村克彦 ヘア&メイク/AYA〈LA DONNA〉 スタイリスト/石田 綾 取材・原文/石井絵里
〈4~8〉撮影/kimyongduck 取材・原文/石井絵里
※BAILA2022年2月号掲載