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落語家 林家つる子さん「まだまだひよっこの今だからこそ、挑戦を重ねたい」【仕事の景色が変わった日】

落語家の道に進もうとしていた頃「やりたいことが見つからないこともある。見つかったなら、やったほうがいい」と背中を押してくれたのは母だったそう。いつだって挑戦を選べる自分でありたい。落語家の林家つる子さんに仕事との向き合い方をインタビュー。

まだまだひよっこの今だからこそ、挑戦を重ねたい

落語家 林家つる子-1

初めて聞いたのは同世代の大学生の落語だった

白い男きものをまとって鈴本演芸場の高座に上がると、柔和な笑顔が噺家の顔に変わった。ふくよかで温かみのある声も、いつしかねじりハチマキを締めた粋な車屋の男に変わっている。江戸時代に生まれてから長らく“男の芸”だった落語は衣装や舞台美術などに頼ることなく、演出も出演もすべて一人で行う究極のエンターテインメント。来年、真打への昇進が決まっている林家つる子さんはラジオのレギュラー番組などを抱えながらほぼ毎日、どこかの高座に出演する。「笑点」も見たことがなかった彼女が落語と出会ったのは、大学に入学した春だった。

「サークルの新歓で、いきなり落語研究会の人たちが『はいどーもー』と、目の前で漫才を始めたんです。あっけに取られている間に立て看板で囲い込まれ、そのまま強引に部室まで連れていかれました(笑)。そこで初めて先輩の古典落語を見て衝撃を受けたんです。江戸時代に生まれたものなのに、今聞いても素直に笑えることに感動したし、ロマンを感じました。ギャグ満載の演目をやる方もいれば、シュールなネタをやる方、人情噺をやる方もいる。演者の個性がダイレクトに出るし、こんなにバラエティに富んだエンタメなんだということを初めて知りました」

落語にのめり込み、大学2年生で全日本学生落語選手権「策伝大賞」に出場し賞を受賞。「プロになってもっと落語を突き詰めたい」という思いが芽生えたものの、やはり未知の世界に飛び込む怖さはぬぐえず、就職活動をしたという。

「テレビ関係や営業職を何社も受けましたが、当時はリーマンショックの真っただ中。まったく受からない状況が続きました。同時に落研の卒業公演の準備をしていたのですが、自分の気持ちが就活ではなく、完全に『公演をいいものにさせたい!』というほうに向いていることに気づいて。大学卒業間際にようやく、自分の落語への思いを確信し、落語家になる決心がついたんです」

かつて“林家こぶ平”としてお茶の間で人気を博し、現在は落語協会の副会長を担う林家正蔵師匠に弟子入りし、見習い、前座を経て29歳のときに二ツ目に昇進。約300人いる落語協会の中で14人目の女性落語家となる。

「東京では、三遊亭歌る多師匠と古今亭菊千代師匠が女性として初の真打になられた方。私の4年先輩には蝶花楼桃花師匠がいますし、姉弟子の林家なな子姉さんも。楽屋での人間関係など、常に相談できる存在がいて本当に心強かったです。おじいちゃん師匠から『お嬢ちゃん、ちょっと膝枕してくれ〜』と言われてびっくりしたこともありましたが(笑)、笑いに変える先輩方のテクニックを見ながら、うまくかわす方法を学んだことも。一門を超えて、女性落語家のつながりは強いと思います」

いい人すぎる女性の描写を共感できる人物に描き直す

現在、つる子さんが特に力を入れているのが、古典落語に出てくる女性を主人公にし、視点を変えて描くこと。たとえば「芝浜」の場合、主人公は大金が入った財布を拾った酒好きでなまけ者の魚屋・勝五郎。夫が二度と働かなくなることを心配したおかみさんは、酔いつぶれて寝た勝五郎に「夢でも見たんだろう」と噓をつくことに。そして3年後、心を入れ替えて働き者になった勝五郎に真実を告げると、逆に感謝されるという夫婦の愛を描いた人情噺だ。

「初めはいい噺だなと思ったんです。でもおかみさんの心情がほとんど描かれていないことがふと気になって。まずは描かれていない部分を足すことから始めました。ちょうどその頃、落研がある女子校に行く機会があり『芝浜』について聞くと、『噺がきれいすぎて納得いかない』と言われました。同じような意見を聞くことはあったので、このままではもったいないと感じました。より一層、おかみさんを丁寧に描きたいという思いが強くなり全編彼女目線の『芝浜』に挑戦しようと思ったんです」

時代が変わっても女性として共感できる感情がきっとあるはず。そう思ったつる子さんは、両親や女性たちにインタビュー。どんなにケンカをしても夫婦が別れないのは、同じことで笑い合えたり、一緒にごはんを食べたり、日常の中にあるささいな幸せや思い出があるからだと考えた。そして「おかみさんがいい人すぎる」という意見を受け、ダークな一面も描くことにした。

「きっとおかみさんが噓をついてまで夫を働かせようとしたのは、かつて生き生きと働いている姿に惚れたから。あの頃に戻ってほしいという思いは現代にも通じる境遇なので、まずは二人が恋に落ちるなれそめから丁寧に描きました。そして、おかみさんが働かない夫に怒りを爆発させるシーンを入れ込んだりも。きれいごとに見えても、やっぱり二人をつないでいたのは愛だった。そして愛の周りには、いろいろな感情があった。けなげなだけでない、人間らしいおかみさんに仕上げました」

落語家 林家つる子-2

古典落語には、ほかにも現代の女性が聞くと違和感を覚える描写が。背景や経緯を足すことで、これからも「違和感をぬぐう挑戦を続けたい」と語る。

「ドキュメンタリー番組でこの挑戦を知ってくださった女性から、『男性社会に合わせて必死に仕事をしようと頑張ってきたけれど、自分にしかできない働き方を見つける努力をしようと思えた』という言葉をいただいたことがあったんです。本当に挑戦してよかったと思いました。落語は男性が受け継いできた古典芸能なので、お客さまの中には、女性の落語家をよく思わない方もいらっしゃいます。過去には冷たいことを言われて傷ついたこともありました。でも“女性目線で古典を描き直す”という挑戦には『たとえ何を言われてもやり抜く』という確固たる腹づもりができていました。ひとつの噺にとことん向き合って突き詰めたからこそ、覚悟ができたのかもしれませんね」

かつては女性というだけで特別な“個性”だった落語家の世界。ところが先日、浅草演芸ホールでは、前座からトリまで、全員が女性という史上初の試みがあったという。

「女性落語家の中にもいろんなタイプがいる。それぞれの個性を表現できる時代がきた、そんな気がします」

HISTORY

18歳 大学で落語と出会う
20歳 全日本学生落語選手権「策伝大賞」で審査員特別賞を受賞
22歳 大学を卒業後、九代目林家正蔵に入門
29歳 二ツ目昇進
31歳 古典落語「子別れ」で改作に初挑戦。その後、「芝浜」の改作に挑戦する
34歳 NHK新人落語大賞で本選に進出
35歳 古典落語「紺屋高尾」の改作を独演会で初演。’24年3月21日より真打昇進予定

林家つる子

落語家

林家つる子


はやしや つるこ●1987年6月5日生まれ、群馬県出身。中央大学在学中に落語に出会い、2010年に九代目林家正蔵に入門。2016年にはミスiDに参加し「I Love japan賞」を受賞したことも。2021、2022年には、2年連続でNHK新人落語大賞本選進出した。独演会では「子別れ」「芝浜」「紺屋高尾」などを女性を主人公にして描く挑戦をしている。YouTubeチャンネルでは落語だけでなく、料理や得意なラップも披露。ラジオ「パンサー向井の#ふらっと」(TBSラジオ)にレギュラー出演するなど、ジャンルを超えて活躍中。

撮影/神戸健太郎 ヘア&メイク/米尾太一〈TUNE〉 取材・原文/松山 梢 撮影協力/鈴本演芸場 ※BAILA2023年6月号掲載

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