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小説家 千早 茜さん「自分で決めた課題をひとつずつ乗り越え、自信を磨いていく」【仕事の景色が変わった日】

長く暮らした京都から東京に引っ越して約2年。「身軽になったし、仕事も自由になった」と語る千早茜さん。住む場所を移しても食事やお茶の時間など自分らしくいられる生活の基盤を大切に、書き続ける。小説家の千早 茜さんに仕事との向き合い方をインタビュー。

自分で決めた課題をひとつずつ乗り越え、自信を磨いていく

小説家 千早 茜さん-1

文学賞に応募するのは一度だけと決めていた

今年1月、自身初の時代小説『しろがねの葉』で直木賞を受賞した千早茜さん。日本で最も有名な文学賞のひとつに輝いたとあって、今も多くの取材に追わ れる日々だという。

「文芸の世界を盛り上げるための“おつとめ”だと思っています」

そう笑う彼女が小説家としてデビューしたのは、今から15年前。『魚』(のちに『魚神(いおがみ)』と改題)で小説すばる新人賞を受賞したことがきっかけだ。なんと「29歳のときに一度だけ文学賞に挑戦しよう」と決めて送った、千早さんにとって最初で最後の応募作だった。

「高校生までは安部公房とか坂口安吾とか、文豪と呼ばれる人たちの本ばかり読んでいました。自分でも日記や詩、“感情ノート”を書いてきたからわかるんですよ。私の国語力や語彙力では、彼らのようなレベルの文章を書けないなって。だから、小説家になろうとはまったく考えていなかったんです」

ところが、大学時代に映画部の友人から頼まれて短編を書いてみると、たったひと晩で完成。「あ、書けるじゃん!」という自信を得て小説を書き始め、初めて書けた長編が『魚』だった。応募年齢を29歳と決めたのは、大学時代に大人気だった村上春樹さんの影響。

「彼が作家になることを決めたのが29歳だったと知り、私も『いろんな経験を積んでから29歳くらいで挑戦するのがちょうどいいかも』と思って。大学卒業後は医療事務をしたり美術館でアルバイトをしたり、たくさんの仕事をしながら小説を書きました」

そして、挑戦をたった一度と決めたのは、自分が小説家に向いているかどうか“判断”するためだった。

「『次なら、次なら……』と落選後もダラダラ続けていたらキャリアを積めないし、自分が鈍麻していきそうな気がしたんです。一度と決めたら全力投球するし、その作品が時代に受け入れられないのなら、小説で食べていくことは無理だということ。時間は無限にあるわけじゃないですからね。もしダメだったら、臨床検査技師の資格などを取って、研究職をしながら好きに文章を書こうと考えていました」

お金は仕事をする上でとても重要な要素だと思う

自分に課題やルールを与えるスタンスは、小説家を生業にするようになってからも同じ。デビュー後5年間は、「毎年収入が上がらなかったら仕事を辞める」と決めていたのだとか。

「職業作家としてはやっぱり、結果を出さないといけませんから。会社だって経営目標を立てて、達成できなかったら原因を洗い出し、次の年の目標を決めるじゃないですか。思考が理系なので、そういったフローチャートを頭の中で組み立てるのが好きなんです。以前、小説家講座をしたときに、『今はほとんどの作家は印税だけでは食べていけません』『原稿料はこれくらいです』とお金の話ばかりしていたら『もっと夢のある話をしてください』と頼まれたほど(笑)。でも、仕事をする上でも人生プランを立てる上でも、お金は避けて通れないとても重要な要素だと思います」

小説を書く際にも、作品ごとに「三人称一視点」「テレビドラマのような形式」など課題を設けてきた千早さん。さらに「固有名詞を使わない」「汚い言葉は 使わない」など、挙げだすとキリがないほど多くのルールを自分に課してきた。

「キャリアの最初の頃は執筆中はほかの方の作品を読みませんでした。自分の文体に自信がなく、引っぱられてしまうと思っていたから。でも2作目で童話をモチーフにした短編小説を書いたときに、編集者に何を書いてもうんざりするくらい“千早節”になっていると言われて。『あ、いける』と思ったし、自信になりました。シリーズものを書かないというルールもあったのですが、編集者から『シリーズものを書くという課題もあるよ』と説得されて(笑)。『透明な夜の香り』の続編となる『赤い月の香り』を書きました。基本的にはすごく頑固なんですが、論理的に納得できれば、意外に簡単にルールを変えてきた気がします」

小説家の第一章が終わって新しい戦いが始まった

小説家 千早 茜さん-2

小説だけでなく、『わるい食べもの』シリーズなど食にまつわるエッセイも大人気。京都での結婚生活や、離婚を機に越してきた東京での暮らし、新たな恋人とのやりとりなどが率直に綴られていて、読んでいると彼女の仲のいい友達になったような感覚になる。

「読者がすごく増えてとても嬉しい反面、『わる食べ』読者が喜びそうな『わる食べ』らしい私にならないように気をつけてはいます。『これを書いたら喜ぶだ ろうな』とおもねるようになってしまったら終わり。ちゃんと裏切らなければいけないと思っています」

執筆の核となるのは、受け取る「誰か」ではなく、あくまで「自分」。

「たとえばSNSで感想を伝えてくれるのは声の大きな人。そういう人にだけうけるものを書いたら、静かに読んでいる人の気持ちをないがしろにしてしまう気がするんです。読者全員にフェアにサービスをすることはできないから、純粋に自分が書きたいものを書く。エッセイでも小説でも同じです」

そう言いながらも、「最近、矛盾が出てきていて……」と千早さん。新刊の『赤い月の香り』は珍しく、続編を望んでくれた読者へ向けた「サービスの気持ちも強かった」そう。またも、彼女のルールに変化が起こりそうな予感が。

「直木賞だけを特別な賞とは思いたくないし、直木賞の受賞が私の“仕事の景色が変わった日”と書かれてしまうのは嫌なんです(笑)。あくまでも中間地点で、小説家としての第一章が終わった感じ。でも直木賞をもらえたことは、これまでこつこつと追求してきた自分の文体が認められたということだと思うんです。今度はちょっとずつ、恩返しをしていく時期なのかもしれません。選考委員を務めた小説家の先輩方を見ていると、皆さんすごくサービス精神旺盛ですから。エンタメ小説の世界で生きていくからには、いつまでも頑固職人ではいられないのかも。新しい戦いが始まった気がしています」

HISTORY

18歳 大学に進学し、北海道から京都へ転居
29歳 初めて応募した『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞。翌年には同作で第37回泉鏡花文学賞を受賞
33歳 『あとかた』が第150回直木賞候補に。翌年『男ともだち』が151回直木賞候補に
41歳 東京へ住まいを移す。『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞
43歳 『しろがねの葉』で第168回直木賞受賞。初のシリーズ2作目となる『赤い月の香り』を刊行

『赤い月の香り』 集英社 1760円

『赤い月の香り』 集英社 1760円

千早 茜

小説家

千早 茜


ちはや あかね●1979年8月2日生まれ、北海道出身。父の仕事の関係で、小学校1年から4年までをアフリカ・ザンビアで過ごす。2008年に『魚神』でデビュー。『透明な夜の香り』の続編となる『赤い月の香り』を4月26日に刊行した。周囲の期待や評価に惑わされずに自分を保つため、「お茶を淹れ、ごはんを作り、甘いものを食べるといった日々の生活の基盤を大切にしたい」とのこと。Twitterには食いしん坊の千早さんらしく、見ているだけでお腹がグウと鳴りそうな食の投稿の数々が。

撮影/目黒智子 ヘア&メイク/加藤志穂〈PEACE MONKEY〉 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2023年7月号掲載

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