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漫画家・ヤマザキマリさんが推す、社会を俯瞰する3冊とは?【読書から広がる学び】

学び方にはいろんな種類があるものの、いちばん手軽にスタートできるのは読書。『テルマエ・ロマエ』でおなじみの漫画家・作家のヤマザキマリさんが、読書で得た学びとは? 大きな気づきをもたらした一冊とは? 読書はご無沙汰…という人に対するアドバイスもいただきました。

多様性あふれる世界へと導いてくれる本

ヤマザキマリさん
ヤマザキマリさん

漫画家・作家

ヤマザキマリさん


やまざき まり●画業を志し17歳で単身イタリアへ。1996年漫画家デビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』が大ヒット。エッセイや対談などの著作も多い。現在グランドジャンプにて『オリンピア・キュクロス』を連載中。

自分や社会全体を俯瞰する目を養ってくれる

「本は、私に幼い頃から多くの知恵を授けてくれた。そしてこれからも欠かせない学びのツールです」とヤマザキさん。

「発売以来何度も読み続けている『地球家族』は、常識や悩みを吹っ飛ばしてくれる一冊(笑)。世界30カ国の“普通の”家族の持ち物と、家を写真に収めてありますが、“普通”の違いぶりに感じ入ります。コロナ禍前までは世界中を移動し、旅し続けていた私ですが、今のような状況下であらためてページを開くと、私たちは日本だけではなく地球の住民だと感じますね。人間の存在を俯瞰させてくれる本から、学びを得ることが多いです」

そんななかで「読み返すたびに思考する力を高めてくれる」と語るのが『群衆と権力』

「一巻が300ページ以上の上下巻。どうぞ心折れずに手に取っていただきたいです(笑)。著者のエリアス・カネッティはブルガリア生まれのスペイン系ユダヤ人。少年時代はヨーロッパ各地を転々とし、のちにイギリスへ。原文はドイツ語です。越境者の彼が、群集心理と権力欲を解説した論文を読むと、私もまた、地球の中の群衆だと感じますし、権力を内在する生き物だと痛感。それに疫病に面した際の群衆の反応なども描かれていて。普遍的な人間洞察の書でもあるんですね」

初版は1960年。「古い本だけど人間は昔も今も変わらない」とも。

「昨今ネット上を中心に盛んに行われている“生贄探し”。誰かをたたく充足感も、権力欲のひとつだと思います。そう考えると人間って進化しないですね。情報が出まわり、テクノロジーが劇的に進歩している時代だけに、私たちも『進化してる』と思いがちですが、この本を読むと都合のいい誤解だなと(笑)。進化が必ずしもいいとは限りませんしね。世界中でまだ続くコロナ禍で視野が狭くなっている今こそ、人間の本質に触れてみてください」

そして3冊目は、ヤマザキさんが“心の師匠”と仰ぐ、安部公房の代表作『砂の女』。初めて読んだのは10代の頃。

「当時の私は、イタリアで詩人の彼氏とその日の生活にも困るような暮らしをしながら、芸術家のサロンへ出入りしていたんです。そこで仲間から、日本文学を読んでいない無知・無教養をバカにされて。手渡されたのが『砂の女』でした。もちろんイタリア語版ですよ! 四苦八苦しながら読むうちに、『どうやらひどい話のようだ』と(笑)。しかしなんとも言えぬ魅力があり、日本語版を読み直しました」

砂漠にある集落に閉じ込められ、そこから出たいともがく男と、現状に疑問すら抱かない女。その設定は「現代社会への揶揄」とヤマザキさんは分析する。

「もがく男は、まさに17歳の頃の私。自由を求めて外国へ来たのに、人は壁に守られていないと安心できないと気づき、自己矛盾にあえいでいる。自らが陥った人間社会の不条理を、戦中派世代の安部公房が描いた作品を通じて客観視しました。さらに私が苦しいのは人と比較をするからで、拝金主義に慣れすぎていた、という気づきも得ました。でもこの主人公みたいに、しがらみから解き放たれたい欲求と、現実との葛藤って、誰でもあると思うんです。さらにこの小説が面白いのは、エロティシズムやユーモアもあること。優れた文学には必須要素です」  

読書は自分で物事を考え、他者を想像する力を培う

本からヤマザキさんが得た学びは? 

「活字に触れると、ボキャブラリーが増えますよね。心の中にあるモヤモヤした思いを、自分で筋道を立てながら深く考えて、より多くの言葉で表現できるようになる。通りすがりの誰かの“意見待ち”をしなくてよくなります。人の言葉に依存しない精神を培う大切さは、私ぐらいの年齢になると、格段に身にしみてきますよ。あとは想像力を刺激してくれる、という意味ではこれ以上のツールはないのではないでしょうか。今回紹介した写真集しかり、論文しかり、小説しかり。こういった世界に触れて想像力を鍛えれば、予想外の現実にも驚くことはないはず。自分と共有できない価値観を持つ人に出会っても、攻撃するのではなく、理解の手がかりにもなりますよね。それが本が与える知性と教養の底力なのかなと。ただし読む行為には、忍耐と継続の、トレーニングが必要です(笑)」

近頃、読書のトレーニングをサボりがちだなあという人は、何から始めたら?

「少女時代にハマった作家がいる方は、再び読み直す、時事ネタ好きなら新書を開く、まずはビジュアル中心の一冊を手に取る……などからでいいのではないでしょうか。それから、短編小説を寝る前にひとつ読むのも達成感がありますよ。あとは笑える物語を読むのもいいですよね。『楽しい!』という読書体験だって、立派な知性と教養の蓄積になります。それに自分が面白そうに本を読んでいると、周りにいる人も『本から学びを得てみたい』となっていきます」  

ヤマザキマリさんの社会を俯瞰する3冊

『群衆と権力』(上・下)

『群衆と権力』(上・下)
エリアス・カネッティ著 岩田行一訳 
法政大学出版局
群衆とは何か。群れを構成する集団のタイプ、さらに権力について書かれた本。「群衆が持つ破壊衝動や、未知のものへの恐れなど考察の深さにうなります」(ヤマザキマリさん)

『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』『砂の女』

『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』
マテリアルワールドプロジェクト、 ピーター・メンツェル他著  近藤真里、杉山良男訳 
TOTO出版
世界中の家と家具を収めた写真集。「日本で一般的なお風呂用の手おけは、俯瞰で見ると世界の人には謎すぎる道具(笑)。『テルマエ・ロマエ』を描くきっかけをくれました」

『砂の女』
安部公房著 新潮文庫
昆虫採集に出かけた男が砂穴に閉じ込められる。「安部公房の小説は人間社会のあり方を俯瞰したものが多いですが、これもそのひとつ。10代から繰り返し読んでいます」

シャツ¥289300・ニット¥236500・パンツ¥193600/ブルネロ クチネリ ジャパン(ブルネロ クチネリ) ピアス¥23100・イエローストーンリング¥23100・ホワイトリング¥31900/アガット

撮影/長山一樹〈S-14〉(人)、kimyongduck(物) ヘア/津久井浩之〈Perle〉 メイク/仲嶋洋輔〈Perle〉 スタイリスト/平澤雅佐恵 取材・原文/石井絵里 ※BAILA2022年2月号掲載

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