書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、人間のたくましさを感じられる2冊、長嶋有の連作小説集『ルーティーンズ』と、安藤桃子による痛快エッセイ『ぜんぶ愛。』をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
うろ覚えの歌詞で流行りの歌を口ずさみながら子どもと公園に向かうこと。一日の終わりに夫婦で韓国ドラマを観賞すること。毎日の営みはささやかなルーティンの積み重ねだ。派手な出来事も不可思議な事態もなにも起きない日常を、これほど面白い小説に仕立ててしまうとは!と、本書は新鮮な驚きを連れてくる。
小説家の夫と9歳年下の漫画家の妻には2歳の娘がいる。子育て本にある典型例のような、いたって健康で凡庸、食欲旺盛な娘の存在は、夜更し好きだった夫婦の生活サイクルを朝型に変えた。そんな日常に「ロックダウン」的な制限が入り込んでくる。コロナのパンデミックだ。しかし保育園が閉鎖されて夫婦交代で子を見なければならない不自由さも、すぐにそれが日常になる。パニック映画のような「ディストピア」感はここにはない。「ときどきめまいがするけど、寂しいけど、だいたいにおいて呑気である、こういう今」。
私たちが経験したここ2年ほどの寄る辺なさや怖さや希望を、本書は繊細に言葉に写し取る。いったん静止した社会や経済活動、そして思考が、ゆっくりと再起動を始める現在、日常のありがたみをあらためて感じることのできる、優しい物語だ。
『ルーティーンズ』
長嶋有著
講談社 1650円
「ただいま、お疲れさま」不要不急じゃない人生を
デビュー20年を迎える長嶋有の、今このときをとらえた連作小説集。コロナ下で2歳の娘を育てる夫婦の、それぞれの視点からかけがえのない日々を描き出す、心にしみるサプリメントのような小説。
これも気になる!
『ぜんぶ愛。』
安藤桃子著
集英社インターナショナル 1650円
「私は映画愛に目覚めた」怒濤の日々の、痛快エッセイ
15歳で英国留学しアートを志した著者が、天命のように映画製作に没頭、高知に移住し映画館までつくった!父奥田瑛二を師と定め、「地球のへそ」たる高知や家族に愛を注ぐ著者のエネルギー源は?
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2022年1月号掲載