書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、今の時代をゆっくりと考えるためにふさわしい、イ・ラン著、オ・ヨンア訳によるエッセイ集『話し足りなかった日』と、吉田修一による小説『オリンピックにふれる』の2冊をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
賞金の出ない音楽祭で賞をもらい、壇上でいきなりトロフィのオークションを始める……そんな破天荒さも、イ・ランならさもありなん、むしろチャーミングなふるまいに見えるから不思議だ。本書は韓国でシンガーソングライター兼作家兼アーティストとして人気のある彼女が、コロナ下の暮らしぶりをユーモラスに描いたエッセイ集。短く、小声のような文章で、するする読める。
話題の多くは、お金のなさを嘆くに尽きる。小さな作業室での創作、倹約の日々。でも悲愴感はナシ、からりとたくましい。あるいは身近な友達や動物のこと。闘病中の友人をいたわったり、10歳の日本の子と二人だけの言語で手紙をやり取りしたり、13歳の猫が死ぬまで自殺しないぞと決めたりもする。
イ・ランにとっておそらく最も大事なのは、地道に誠実に生きている人が、理由なく軽視されることのない社会を求め続ける運動なのだろう。プロテストというほど肩ひじ張らず、言葉にしていくこと。女性であるだけで、老人であるだけで、ないがしろにされない未来のために。「新しい世代が新しい言語で変えてゆく多くのことが、鮮やかに近づいてきた」。風の吹くような気持ちのいい一冊だ。
『話し足りなかった日』
イ・ラン著 オ・ヨンア訳
リトルモア 1980円
「ただの存在なだけです」すべての人の、肯定を
無知を恐れず、勉強し、対話を重ねたい。音楽から絵、文と、マルチな才能を開花させるソウル出身のイ・ランによる、地に足の着いたエッセイ集。よりよい世界を見据えた本音の見せ方が、共感を呼ぶ。
これも気になる!
『オリンピックにふれる』
吉田修一著
講談社 1540円
「国立競技場にふれたい」都市生活者の見る夢と現実
オリンピックに対峙し、あるいは翻弄される人々の姿を、それぞれアジアの4都市を舞台にした短編小説で。コロナ禍の東京で父を亡くし、部下が失踪した白瀬の胸に去来するのは?ソリッドな小説。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年12月号掲載