書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、人生の機微をたくみにとらえた、小説2冊をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
横領事件を起こした36歳の女が刑務所から逃亡中。自分たちの地域へ逃げ込んだとの噂が立つなか、同じ小さな路地に面した10軒の住人たちに不穏な空気が流れていく。突発的なこの事件を契機として、一見平穏、何も特徴のないような住宅地の一軒一軒が抱えた家庭の事情が明らかになる。
妻に出て行かれたものの体裁を守りたい父の姿を見つめる男の子、だらしない母と無関心な祖母と暮らしながら妹の世話をする小学生、手に余る息子を倉庫で「軟禁」しようと準備する夫婦……。カメラがどんどんスイッチングしていくように、家庭の内側、心の内部に入り込んでいく小説の構成は見事のひと言だ。「横領犯の写真を見たけど、悪い人には見えなかった」
外から見る家庭の様子と内情が異なるように、他人の印象も一面的なものでしかない。完全な悪人も、完璧な善人も存在しないものなのだ。それでもよき隣人として、折り合いをつけながら暮らす日々の営み。その平凡さの裏に隠れた危うさを、本作はユーモラスに描き出す。
逃走劇の目的は何だったか?
過去が掘り起こされ、住人たちに変化が表れるさまを、ぜひ目撃して。
『つまらない住宅地のすべての家』
津村記久子著
双葉社 1760円
「この違和感は何かの兆し」それぞれの抱える思惑とは語
元優等生、1千万円の横領犯が逃亡中。平凡な住宅地にもたらされた噂が、その住人たちに波風を立てていく……。「お仕事小説」で定評ある著者が手がけた、スリリングで切ないエンタメ小説。
これも気になる!
『いつか あなたを わすれても』
桜木柴乃著 オザワミカ画
集英社 1870円
「さよならのじゅんび」少女の、祖母との別れ
認知症の祖母は、母との、そして孫との思い出も忘れてしまう。だが記憶は薄れても、体験自体はなくならない。そうしてつないできた時間のリレーを、シンプルかつ抒情的な文章と絵で。大人の絵本。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年6月号掲載