書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、絶望と希望が交互に降りかかる日常をどうやり過ごすか――。今このときを肯定するための小説2冊をご紹介します。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
他人との接触に対する意識が否応なく変わった昨春以降。状況にいち早く反応した作家の一人、金原ひとみによる皮肉の効いたタイトルの小説集が刊行された。
表題作は、授業も就活も次々とオンライン化される日々を過ごす大学生が主人公。学生身分を満喫するはずの時間は、制限も多く、親密な身体接触も微妙にタブー視され始める。親の介入もうざったい。不安と不満が募っていたある日、唯一の楽しみだったライヴも中止になる。「なんか、自分たちが葬られたような気がしてつらい」
テロでも起こそうかとの冗談が冗談以上の色を帯び始めたとき、その代わりのように二人は温泉旅行へ。「心中する?」という思いつきが、行き場のないやるせなさに対する救済のようにも響くのだ。
ほかの収録作「ストロング・ゼロ」は、高アルコール度の缶チューハイが手放せなくなる女性編集者の物語。移動中も飲み始め、さらにはコンビニで売られる氷入りカップに移し替えて職場にも持ち込むように。恋人のうつ状態への逃避から、酒におぼれ、意識をクリアに保ち続けられなくなる主人公の心の叫びが痛々しい。
現在が映し出される本書をぜひ。
『アンソーシャル ディスタンス』
金原ひとみ著
新潮社 1870円
彼におぼれて死にたい――刃物のような言葉たち
コロナ禍は人の意識をどう侵食・変容させたのか。美容外科施術、アルコール、セックスというフィジカルな接触……。何かにのめり込む女たちの姿を、圧倒的な熱量をもって赤裸々に描き出す短編集。
これも気になる!
『ここはとても速い川』
井戸川射子著
講談社 1815円
特別でも何でもないものその確かな感触
詩人でもある著者の初小説集。児童養護施設に暮らす集は年下のひじりと亀を見るため淀川に行く。少年少女たちの息づかいや成長期の体の感覚を、やわらかな関西弁が響く筆致で。ほか一編収録。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年8月号掲載