作品は次々映画&ドラマ&アニメ化。なぜそんなに三浦しをんワールドは人気なのか? 豊かな小説世界&人間味あふれるエッセイのもとをつくる6つのエッセンスに迫る。
【情熱】
活字はもちろん、BL、漫画、文楽から宝塚歌劇やEXILE一族へと、熱い魂でオタク道を突き進む三浦さん。その情熱は何が心の琴線にふれてわき上がってきたのか。
「友達が誘ってくれた舞台や面白いと教えてくれたドラマでハマるパターンが多いです。たとえば宝塚は友達が当時宙組の初代トップスターだった姿月あさとさんを熱心に追いかけていて、見に連れていってくれたんです。EXILE一族はエッセイにも書きましたが、これもすでに友達から面白いと聞いていた『HiGH&LOW』を偶然見たことから。でもすすめられたもの全部を好きになるわけではありません。そこには傾向があって、私、何かが過剰なものに弱いんです。たとえば古典芸能に出てくる登場人物の、いくらなんでもすごすぎるだろうという言動とか誇張表現が好き。逆に侘び寂び的なものは及び腰です」
『舟を編む』 光文社文庫 620円
辞書編集部に引き抜かれた言葉を愛する馬締。周囲の人に支えられ辞書『大渡海』を作る。
『風が強く吹いている』 新潮文庫 890円
箱根駅伝を走りたいと願う灰二は天才ランナー走と出会い、仲間と本気で目指すことに。
『愛なき世界』 中央公論新社 1600円
洋食屋の見習い藤丸は大学院でシロイヌナズナの研究に打ち込む本村に恋をするが……。
『舟を編む』や『愛なき世界』、『風が強く吹いている』の主人公は、ただ好きだからという理由で一つのことに過剰に没頭する人々。馬締くんの辞書愛、本村さんのシロイヌナズナ愛、灰二の走ることへの情熱はどれも半端ない。
「私はオタク気質だけれど、一つのことだけを突き詰めるのはちょっと苦手。だから何かを研究し続けている人や、好きなことをずっとやっていて、しかもきらめいている人を見ると、やっぱりキュンとして憧れるし、好きになって自分もそうなりたいと思ってしまう。それで主人公に設定するのもそういう人が多くなる。役者さんもそういうタイプが好きですね」『のっけから失礼します』では、ドラマで編集者役をしていたオダギリジョーが「自分の担当編集だったら!?」と妄想をふくらませていたけれど、では彼に過剰さは?「役者というのは、どこか欠落があったり逆に過剰だったりする人が向いているような気がします。そういう何か狂気を感じさせるような役者さんが好み。オダギリさんはそのタイプかなと思います」
【自由】
世の中にはびこる謎の常識や、他人の目にしばられるなんてナンセンス。作品にも書いてきたように、恋愛のかたちにも生き方にも決まりはないから、もっと自由になれるはず。
世間や他人からどう見られようとかまわず、自分の方法で自由にやりたいことをする。三浦さんの小説のキャラクターで最も心惹かれるのはそんな人。恋愛においても男女間だけではなく、女性同士、子どもと大人など、LGBTQという言葉が生まれるずっと以前から、何かを好きになる気持ちに境界はないという世界を描いてきた。「BLという言葉もまだない時代から、創作物のそういう世界がずっと好きで、いろいろ読んできました。少女漫画でも、当時の基本とされる男女の関係を、これで本当にいいの?と問うようなことを描く漫画が多かったです」
『ののはな通信』 KADOKAWA 1600円
庶民家庭の子で勉強が得意なののとお嬢さま育ちのはな。二人の27年の交流を描く書簡小説
『あの家に暮らす四人の女』 中公文庫 680円
母とともに洋館で暮らす佐知。そこに友達の雪乃、その後輩の多恵美が住み始めて珍事が勃発。
『ののはな通信』では、二人の女性の人生ではぐくまれた関係は、恋愛の枠から解き放たれ友愛、信頼へと変化。『あの家に暮らす四人の女』の4人のシングル女性は思い思いにのんびり暮らし、とても自由。
「今常識といわれていることでも時代とともに変わっていくもの。だから他人の目なんて気にしないで。こうしなきゃいけないとか、べつにないと思うんですよ。勝手に自分に課した義務からは自由になっていいと思う。若い人たちはまじめすぎて心配ですね。そんなに自分を追い詰めないで、もっと気楽にしてほしい。あるべき道なんてないし、こうでなきゃ人生失敗っていうこともないので。私も若いときにはこの後人生どうなるんだろうと常に思っていましたが、友達に恵まれたのか、仕事、趣味を問わず好きなことをずっと続けている身近な人が多かった。彼らを見ていて、やっぱり好きなことをしていれば楽しく暮らせるからいいかなと思えました」
【好奇心】
知らないこと。興味のアンテナにふれたことを追究するのを楽しむ。ものごとすべてをわかることはないし好奇心が尽きないから、三浦さんの地所に「退屈」の文字はない。
日常でなにげなく流してしまうことでも、目ざとく拾い上げて脳内培養し、そこから掘り進んでさらに興味深いことを見つけるのが天才的に上手。『ふむふむおしえて、お仕事!』でも、各仕事人にぐいぐい迫って話を聞き出す。それは知りたいと思う好奇心がなせるワザ。
『ふみふむ おしえて、お仕事!』 新潮文庫 590円
靴職人、動物園飼育係など、技術を磨き情熱を持って日々働く職業人に、作家が前のめりに取材。
「日々暮らしていると、ただスーパーマーケットに買い物に行っただけで腹の立つことだってもちろんあります。でも、面白いこともいっぱい転がっている。何だろうこれは、と不思議に思って見たり聞いたりしているうちに、想像以上に心惹かれたことも。だから日常に飽きるということがまったくないんです。読みたい本や漫画もまだまだたくさんあるし、飽きている場合じゃない(笑)。もっと言うと、退屈っていう言葉の意味がわからない。ある意味、自分に夢中なんです。バイラ世代の皆さん、自分に夢中になれば、他人の目も気にならないし、人生に飽きることなんてないですよ」
【笑い】
どんなにビロウな話をしていても品性が失われず、カラッと明るく笑えるのが、三浦さんの爆笑ネタの素晴らしいところ。自虐も卑下に感じられないのは、さすがの手腕。
『政と源』や『ビロウな話で恐縮です日記』のように小説もエッセイも笑いの要素満載。下ネタでも品があり屈託なく笑えるビロウな話が、三浦笑劇場の十八番。
「下品って実はよく言われるんですよ。すみません。ビロウな話をしている自覚はあるんですが、これでも抑えぎみのつもりです」
『政と源』 集英社オレンジ文庫 590円
性格は正反対でも仲のよい73歳の国政と源二郎。幼なじみの危機を老人力が救う人情話。
『ビロウな話で恐縮です日記』 新潮文庫 630円
オタク街道まっしぐらの行く先は。いつもの日常が妄想炸裂でコメディ化するエッセイ集。
『のっけから失礼します』でも自虐にもほどがあるノリのよさ。どんなに落としていても卑下しているように聞こえないし、落としどころも絶妙で笑わせてくれる。
「こういう笑いは当然ながら好みがあります。自虐がいきすぎてかえって腹が立つという人もいれば、自慢だろうという人も。読者の方々に不快な思いをさせないよう注意を払っているつもりですが、万人を心地よく笑わせることはできません。ある程度は割り切るしかないのかなと。エッセイというのは究極的には自虐か自慢のどちらかになるもの。そこに無自覚だと、塩梅がうまくいかない。どの程度自覚して書くかというのは非常に重要だと思います」
【想像力】
果てしなく広がる三浦さんの想像力。笑いのフレーバーのかかった豪快な飛躍に度肝を抜かれっぱなしだ。そんな超絶豊かな想像力が養われたは行けにググっと迫る。
三浦さんの想像力がパワフルなのは『悶絶スパイラル』など数々のエッセイでも明らか。連想に次ぐ連想で最後はとんでもないところに着地させるその妄想力は、幼いころの読書習慣で育まれたのだという。
「子どものころはリンドグレーンやケストナーとか、王道の児童書を読んでいました。それらは外国の物語だから、舞台は見たことも行ったこともない場所ばかり。登場人物の見ている景色も食べている食事も、学校の制度だって日本とは全然違います。そういうことがわからないなりに楽しくて。知らない場所や、自分と同じくらいの年齢の子が活躍しているとか、このお菓子は何だろうとか、想像をふくらませながら読んでいました」
『悶絶スパイラル』 新潮文庫 590円
オダギリジョーに興奮し、三浦家の人々を生態観察。電車では読めない妄想力全開のエッセイ集。
『のっけから失礼します』でも想像の楽しさ、想像力の欠如にもふれている。私たちにとって、想像力は他者の気持ちを推し量るのにとても大切。それは三浦さんの場合、創作物から影響を受けて養われたところも大きかった。
「知らない世界や、自分とは違う考えを抱いている人のことを知るのに、私がいちばんぴったりくる方法は本や漫画を読むこと。その方法が映画や音楽を通してという人もいれば、誰かと直接会う人、旅をする人などもいます。そうやって未知のものにふれると、自分とは違う人がいるという当たり前の事実について考えざるを得ない。自分以外の存在を、創作物で想像しつくした気でいたけれど、もちろん現実は全然違うからまた考える。それを繰り返しています」
【闇】
圧倒的人気を誇る成長ドラマやハートウォーミングな物語とは正反対の、ねたみや敵意など人間が武普段巧妙に隠している心の闇を暴く作品も、強い筆力でぐいぐい読ませる。
『まほろ駅前多田便利軒』や『舟を編む』、『神去なあなあ日常』など映画やドラマでも大ヒットを飛ばした、明るくて笑えて泣けての“白しをん”作品の一方で、『私が語りはじめた彼は』や『光』などの“黒しをん”作品も侮れない。
『私が語りはじめた彼は』 新潮文庫 520円
不倫の末に家を出た大学教授村川。教え子、元妻、息子。かかわった者が語る彼の本質とは。
『光』 集英社文庫 600円
津波が襲った島で犯された罪。10年後に生き残った3人が再会。人生の歯車が狂いだす。
「黒いほうのアイデアはいくらでもあるんですよ。創作のヒントは自分の心の中にわいてくるドロドロした何か。それはどこからわいてくるかというと、何かを見たり聞いたりしたときに、心の中にすごく嫌な感情、たとえば嫉妬みたいなものや、憤りがわき上がってくる。それを、どうして今私はそんなふうに思ったんだろう、何がそうさせたのかということを、ネチネチと考えているのが実は好きなんです。また、脳内で妄想することもあります。絶対に会いたくないひどい人間ってどんなだろうとか、あらゆる拷問の手法を考えるとか。そういう、楽しい妄想とは別のベクトルでの暗黒妄想シリーズがあるんです」
心に生じた黒い感情を第三者目線で分析し原因や経緯を探る。それが端緒となって、人間の奥深くに沈む負の部分をさらけ出すような“黒しをん”作品ができ上がる。
「感情は何かに対する反応なので、当然誰かの振る舞いや言葉からそれが起こっているはず。けれど、そのもとになった誰かのことはさらっと忘れて、そのときの自分の嫌な気持ちだけをずっと考えています。きっかけは忘れても、感触だけは残っているので」
撮影/天日恵美子 取材&文/綿貫あかね