書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、平易な言葉で生の根源を見せる小説、村上春樹の『一人称単数』と『百年と一日』 柴崎友香をご紹介します。
ナビゲーター
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
本人と思しき「僕」の人生を折々に彩ってきたエピソードが披露されるこの短編集は、村上春樹の「私小説」として楽しむことができる。でもそれだけでない感じもある。
「ぼくが十八歳だったのは遥か昔のことだ。ほとんど古代史みたいなものだ」。そう語られるのは、ピアノリサイタルに招待された大昔の日曜の午後の話だ。指定された会場にたどり着くも施錠され人がいない。弱っていると、一人の老人から、時間をかけて成し遂げたことは、人生のクリームになると不思議な話をされるのだ。謎解きもオチもないエピソードだが、「ぼくらの人生にはときとしてそういうことが持ち上がる」。つまり記憶に引っかかったささやかな出来事が、この短編の核になるのだ。
ほかにも、半世紀以上前のビートルズ旋風のころにひと目ぼれした少女の話や、神宮球場でヤクルト戦を見ているときに小説を書こうと思い立ったという(ファンには有名な)エピソードなども各短編では語られるが、大事な点は、偶然がたまたま生んだひとつの事実が、人生にとって重大事となる、その不思議である。
巡り合わせにより、「私」の生が形作られたことを面白がる、その態度。春樹の人生観が垣間見える一冊だ。
『一人称単数』
村上春樹
文藝春秋 1500円
「いくつかの大事な分岐点」自分の運命を振り返る、物語集
著者の自伝的な要素が色濃い、「僕」「ぼく」の一人称単数で書かれた短編集。浪人時代、大学時代、そして中年期……聴いてきた音楽と出会った女性たち、父親について。虚構?事実?その間の物語。
これも気になる!
『百年と一日』
柴崎友香
筑摩書房 1400円
「時間だけがたった」 時空がゆがむような読後感を
学校をサボった中学生や、高校の同級生同士、島に流れ着いた青年など、一生のなかの一瞬と、以降の10年、あるいは前後の100年を、はっとなる文章で鮮やかに描写する短編集。小説の新しい楽しさ発見。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2020年10月号掲載
【BAILA 10月号はこちらから!】