書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、心の回復をしたい日に読みたい2冊、櫻木みわの『カサンドラのティータイム』とミシェル・ザウナーの『Hマートで泣きながら』をご紹介。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
悲しいときには美味しいものと希望のさす小説で心の回復を。そんな日に読みたい2冊
田舎から上京し、憧れのスタイリストのアシスタントになった友梨奈は、若手社会学者の深瀬奏と出会う。仕事仲間と関係を持つなとの助言が正しいと知る頃にはすでに遅い。彼の巧みな噓は友梨奈の積み上げた世界を壊していく。一方、牛肉加工工場で働く未知は、自身の不妊治療体験をマンガに描きSNSで公開したところ夫の怒りにふれてしまう。
相手男性の社会的な評判は高く、痛みを話しても自分の言葉を信じてもらうことができない。それがタイトルにある、カサンドラ症候群だ。
偶然が重なって友梨菜と未知は知り合い、ゆっくりとモラル・ハラスメントの理解を深めていく。「こんなふるまいをするひとに、怒りや嫌悪、軽蔑だって持つことができるはずなのに(中略)ただひたすら、かなしんでいるだけだった」
似た苦しみを味わう者同士のささやかな連帯が、希望の光となって当事者を絶望から救い出すさまを、本書は丹念に描いていく。地に足を着けて歩きだす女性たちは、美味しい料理を味わい、お茶を飲む。人間性の回復は、そんなディテールによって読者の心にも届くのだ。この物語を必要とする読者はきっといる。
『カサンドラのティータイム』
櫻木みわ著
朝日新聞出版 1760円
巧妙な支配と見えない暴力。この罠から抜け出せるか?
見習いスタイリストとパートタイムで働く主婦。二人の女性が思わぬかたちでクロスするとき、互いの言葉が自分の生きづらさを見直すよすがとなる……。精神的な暴力の可視化を試みる意欲作。
これも気になる!
『Hマートで泣きながら』
ミシェル・ザウナー著
雨海弘美訳 集英社 2200円
「わたしが母になればいい」セラピーとしての食べること
韓国人の母と米国人の父を持つミシェル。難しい時期を乗り越え大人になるが、母の喪失は彼女にダメージをもたらす。立ち直るべく韓国料理を求めてHマートへ。味覚と記憶を刺激する優しい物語。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年2・3月合併号掲載