ワクワクするような未知の読書体験がきっと待っている! 本の中の一文が人生を変えることもあるし、抱腹絶倒の末に読んだ内容をすっかり忘れることも、日頃たまっていた感情があふれて涙で先が読めなくなることだって、ある。その体験は自分だけの宝物。最近、疎遠になっていた人も読書の楽しみを思い出してみませんか。
1. 次の週末は、あの本屋さんへ
個性豊かな書店で出会う、明日読む一冊
書を探しに街へ出よう! 本を通じて、ここでしか味わえない体験ができる、ちょっと特別な東京の本屋さんをご紹介。今回は、焼きたてパンの香りが漂う「町の本屋さん」と、雑貨や古着も一緒に陳列しているアートな書店をピックアップ。
焼きたてパンの香りが漂う憩いの場所【パン屋の本屋】
「ひぐらしガーデン」は、下町のフェルト製造工場跡地を再開発した小さな商業施設。芝生の中庭を挟んで、書店「パン屋の本屋」とベーカリーカフェ「ひぐらしベーカリー」が向かい合い、ゆったりとした空気が漂う。「町のみんなに愛され、毎日訪れたくなるような場所を目指しました」と店長の近藤裕子さんが言うとおり、パンの袋を抱えて訪れる地元の人や、絵本を選びながら庭で遊ぶ親子連れの姿も多い。ここ日暮里は、古くからの風情漂う谷根千エリアからもほど近い。文学散歩の途中、美味しいパンと一冊の本を手に、カフェでひと休みしてはいかが?
こぢんまりとした「町の本屋さん」だけど、間口が広く開放感がある。向かいのパン屋さんからは焼きたてのおいしい匂いが
「ひぐらしガーデン」は建築家・谷尻誠率いるSUPPOSE DESIGNが設計。芝生の庭にはシンボルツリーの周りにベンチが並ぶ
書棚のテーマを示すサインが食パンの形に! この店ならではの「パンの本」コーナーには料理本や子どもの本に交じって、パンダの本も(笑)
『パン屋の本屋』
東京都荒川区西日暮里2の6の7ひぐらしガーデン内
営業時間:10時〜17時
定休日:月曜(月曜が祝日の場合は翌火曜)
☎03(6806)6444
http://higurashi-garden.co.jp
ジャケット¥92400・スカート¥59400/J&M デヴィッドソン 青山店(J&M デヴィッドソン) ニット¥15400/レリアン(ランバン オン ブルー) バッグ¥18700/ヤーキ オンラインストア(ヤーキ) 靴¥105600/ロンハーマン(トッズ) タイツ/スタイリスト私物
好奇心を刺激する本と雑貨のおもちゃ箱【SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS本店】
センスのいいショップが並ぶ奥渋谷で、カルチャーのランドマーク的存在。個性豊かな書棚にジャンルを横断した本やコミックス、雑誌が並び、洒落た装丁の本や珍しいリトルプレスの本も充実。また出版物に交じって、陶器やアクセサリーなどのポップアップも展開している。広報の丸美月さんは「オープンして14年、“入り口の本屋”をテーマにだんだんと本との暮らしを彩る雑貨類も取り扱うようになりました。古着のコーナーでは“本屋好きのための古着”をテーマにセレクトしているんです」と語る。感性のアンテナを刺激する出会いがありそう!
思わず“ジャケ買い”したくなるアートブックを中心とした棚。スタッフによる手書きのコメントも読みごたえあり!
服のラックにはトートバッグや帽子なども
「出版する本屋」と呼ばれるとおり、ブックショップの奥には企画編集・出版を行う「SPBS編集部」のオフィスがある
『SHIBUYA PUBLISHING&BOOKSELLERS本店』
東京都渋谷区神山町17の3テラス神山1F
営業時間:11時〜21時(短縮営業中、イベントなどにより変更あり)
不定休
☎03(5465)0588
https://www.shibuyabooks.co.jp
シャツ¥31900/エイトン青山(エイトン) ネックレス¥39600/ソワリー
本を通じて対話が広がる、隠れ家のような書店【SNOW SHOVELING】
人でにぎわう駒沢公園近く、古いビルの階段を上って小さな扉を開くと別世界のよう。NYにある架空の書店をイメージした店内には、店主・中村秀一さんが選んだ新刊本と古本が壁いっぱいに並び、古びた家具やオブジェとともにひしめき合う。雑多だけれど、友達の家のように長居したくなる不思議な心地よさ。「好きな本や映画についての対話って楽しいですよね。会話が活性化して、人と人が交流できるような空間づくりをしています」。店内にはドリンクメニューがあり、掘り出した本を片手に、中村さんやほかのお客さんとのおしゃべりを楽しむのも素敵。
本に埋もれるように置かれたヴィンテージソファ。コーヒーやアルコールを楽しみながらのおしゃべりもできる
書名を隠して、テーマのヒントを表書きした文庫本「Blind Date with a Book」。店主の中村さんが選書してパッケージング。ブラインドデートみたいに、未知の本と出会えそうでわくわく!
壁に陳列されたビジュアルブックや写真集。今の流行の起源をたどれるような古書や洋書も
『SNOW SHOVELING』
東京都世田谷区深沢4の35の7 2F-C
営業時間:13時頃〜18時くらい
定休日:水曜
☎03(6432)3468
http://snow-shoveling.jp
ニット¥28600/アブソリュート(シーレット) ブラウス¥19800/エリオポール代官山(エリオポール) パンツ¥26400/ホリデイ バッグ¥440000/エイチ アイ ティー(ロウナー ロンドン)
一冊の本だけを売る、豊かで濃密なギャラリー空間【森岡書店 銀座店】
ここで扱う本はたった一冊。およそ1週間ごとに展示を変え、一冊にまつわるイベントを開催するギャラリーのような本屋さん。本に収められた作品の展示や、作り手の在廊イベントなど仕掛けは様々。「コミュニケーションの生まれる場をつくりたいと常々思っています」と店主の森岡督行さん。一冊の奥深さに触れて広く出会いが生まれるような、ここでしか味わえない時間を過ごせるはず。銀座の昔をよく知り、街と書物に関する本も著している森岡さんだから、会話の中で銀座散歩のヒントももらえるかも。最近「森岡製菓」としてお菓子の販売も始めている。
煉瓦造りの3階建てのビルは、昭和初期の歴史的建造物。日本のグラフィックデザインの黎明期を支えた〈日本工房〉が事務所をかまえていた
撮影時に開催されていたのは、画家ミヤマケイの作品集『反射 yin-yang』の受注会
アンティークの調度品と黒電話。広さ5坪のシンプルで落ち着いた空間
『森岡書店 銀座店』
東京都中央区銀座1の28の15鈴木ビル
営業時間:13時〜20時
定休日:月曜
☎03(3535)5020
インスタグラム @moriokashoten
ジャケット¥136400/ポステレガント ニット¥35200・スカート¥39600/オーラリー メガネ¥36300/モスコット トウキョウ(モスコット) バッグ¥13200/スティーブン アラン シンジュク(ジャミレイ) 靴下¥6380/ショールームリンクス(ババコ) 靴¥51700/ギャルリー・ヴィー 丸の内店(ディヴィナ)
入場料制の書店で、3万冊の本と戯れる【文喫 六本木】
六本木の駅近にある、新しい形態で話題の書店。入場料を支払えば、3万冊の本と思い思いのかたちで向き合える。軽食メニューも用意された喫茶室、一人で本に没頭できる閲覧室、みんなで使える研究室が自由に利用でき、珈琲と煎茶はお代わり自由。払う価値ありのサービスに加え「企画展や選書サービスなど、本との出会いのきっかけをたくさん用意しています」と副店長の及川貴子さんは言う。豊かな本の世界に触れるもよし、本に刺激されて仕事や調べものに集中するもよし。美術館を訪れるように、知的アミューズメントとして満喫したい。
吹き抜けのロフトにある閲覧室では、本と集中して向き合える。電源とWi-Fiが使用可能で、飲食もOK
様々なフェアを開催。モデル・小谷実由さんが一日店長として企画したスペースには、新刊のエッセイとともにオリジナルで共同制作した読書ノートなどの雑貨も
無料エリアであるエントランスのマガジンウォール。壁一面に雑誌が陳列されている
『文喫 六本木』
東京都港区六本木6の1の20六本木電気ビルディング1F
営業時間:9時〜20時(L.O.フード19時 ドリンク19時30分)
不定休
入場料/¥1650(土・日・祝¥1980)ほか
☎03(6438)9120
http://bunkitsu.jp
ブラウス¥30800/エストネーション(コラム) スカート¥47300/ル ブーケ スカーフ¥15400/デ・プレ(マナーマーケット) メガネ¥33000/アイヴァン 東京ギャラリー(アイヴァン)
撮影/柴田フミコ ヘア&メイク/河嶋 希〈io〉 スタイリスト/佐藤佳菜子 モデル/山本美月 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2022年11月号掲載
2. 本をつくる人の読む本が知りたい
プロのとっておきをのぞき見
出版の仕事に関わる人は、どんな視点から本を選び、読んでいる? 翻訳、装幀、製本など本作りのプロから、各ジャンルで話題作を作ってきた編集者まで、それぞれの「自分にとってスペシャルな本」を教えてもらった。
翻訳家が読む本
翻訳家
柴田元幸先生
しばた もとゆき●アメリカ文学研究者・翻訳家・編集者。東京大学名誉教授。1980年代から翻訳を始め、20世紀半ば以降のポストモダン文学が専門分野になる。
(柴田さんが手がけた本)
『ムーン・パレス』
ポール・オースター著 柴田元幸訳
新潮文庫 990円
NY在住の小説家で詩人、ポール・オースターの初期代表作。初の翻訳出版は1994年と、30年近く前になるも、今でも読み継がれている!
おすすめ本3冊
(とっておきの本)
左から
『A Kayak Full of Ghosts: Eskimo Folk Tales』
Lawrence Millman著 Interlink Books
$13.95
『アメリカの鱒釣り』
リチャード・ブローティガン著 藤本和子訳
新潮文庫 649円
『おそ松くん』
赤塚不二夫著
竹書房文庫 全22巻 各660円
現代アメリカ文学を中心に、英語圏の作品を翻訳し、世に送り出している柴田さん。幼少期に親しんだのは、意外にも(?)、赤塚不二夫のギャグ漫画。
意味のない笑いがもたらしたもの
「僕が翻訳をするときに意識するのは、原文が持つユーモアや勢い、リズムを生かすこと。中でもユーモアは、最も損なわれやすいものだから、いちばん大事にしたい……と言い切れるかもしれません。そして笑いを知った作品といえば、どうしたって『おそ松くん』なんです。子どもの頃に連載を読んでいましたが、ほかの漫画みたいにシリアスじゃないし、ギャグも乱暴。その上で極端に優しい部分もあって。最高でした。うちの親なんかは娯楽の中にもメッセージ性を求めていましたが、『おそ松くん』を読んで、意味なく笑えるのもいいことだよなと感じましたね。好きなキャラクターは、頭に旗を立てたハタ坊。彼の、どうも周りの空気を読まないというか、いきなり突拍子もない行動をしちゃうところに、ずっと親しみを持っている気がします。アメリカの作家、O・ヘンリーの短編を下敷きにした話もあるんですよ。もちろん、大人になってから気づいたことなんですが。赤塚不二夫しかり、O・ヘンリーしかり。笑いやペーソス、センチメンタリズムが根底に流れる作品には、惹かれるものがあります」
藤本和子さんの訳で、新たなる翻訳の魅力を知った
ナンセンスさが魅力の連作短編集『アメリカの鱒釣り』は、柴田さんが訳文の素晴らしさに圧倒された一冊。
「原文から醸し出される不思議な感覚が、そのまま伝わってくる。音楽でいうなら、録音でなくライブの熱量そのままの日本語訳です。これを1970年代に試みた藤本和子さんは素晴らしいし、読んで衝撃を受けました。当時、僕が知っていた翻訳書の多くは、ひととおりの意味がわかればよく、原文の雰囲気や文体などは期待できないのが前提でしたから。これは“現代文学の翻訳の流れを変えた人”、“言い出しっぺ”的なパワーに触れられる本。学生にブローティガンを読ませると『どこが新しいのかわからない』という意見も出るんですが、それだけ藤本さんのスタイルが定着した証拠ですよね。僕や、現代の翻訳者たちは、藤本チルドレンですから。作者のブローティガンは、強さが美徳とされがちなアメリカ社会のノリになじめなかった男性。彼が紡ぎ出す不条理や笑いの感覚は、現代を生きる人が読んだほうが逆にリアルかもしれませんね。アメリカ文学は、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』みたいに、栄光への挫折をすくい取る作品も多いですが、一方でヘミングウェイみたいに強さへの美学を貫く作家もいる。はみ出し者のブローティガンと向き合い、マッチョなものに冷や水を浴びせた藤本さんの視点の鋭さと、少数派への共感も感じます」
そして柴田さん自身、今もなお、新たな分野の翻訳に挑戦し続けている。
「このところ、女性作家の作品を発掘し、翻訳する機会が多いんですよ。裏返せば、それだけ無視されてきた流れがあるからです。発表後、評論もされないまま本人は亡くなり、重要なテキストの真意がわからない作品もありますね。これに関しては、僕にも、もったいないことをしてきたという反省があって。長い間、英語圏に住む白人男性の翻訳や研究が自分の担当で、女性の文学は女性が進めたほうがいいと、勝手に思い込んでいた部分があります。分業みたいな感覚だったでしょうか。もちろんそんなこと、誰からも決められていなかったんですけれどね」
私たちがもつ「お話」の定義を覆してくれるイヌイットの民話
また最近、読んで圧倒されたのが、カナダ北部やグリーンランドなど氷雪地帯で暮らす先住民族・イヌイットの民話を聞き書きし、まとめた短編集『幽霊でいっぱいのカヤック』だとか。今回はその中から、バイラ読者のために自身の訳を一編、紹介してくれた。
「もしかしたらこの『鯨の女房』は、我々が知っているお話のかたちとは違うなと、感じられるかもしれません。“起承転結”みたいなストーリーへの固定観念や、物事への常識や考え方が覆されるというか。『幽霊でいっぱいのカヤック』の中には、こんな感じで短いエピソードが119も収められています。我々がなじみ深い勧善懲悪的な話もあるものの、やっぱり、少数ですね。集団の中でのルール、性への捉え方なども、僕が読んできた物語とは違いました。予想外の結末に連れていってくれる感覚が、この短編集にはあります」
原著者のローレンス・ミルマンは、キノコなど菌類の研究者で、北極圏などを旅する探検家。
「前書きを読むと、ミルマンさんは友人を介してイヌイットのコミュニティに入る機会があり、民話を聞かされ衝撃を受けて、採取を始めたとのこと。話を誰から、どのように聞いたかも記されています。今は消えつつある物語を文字で書き留めている、という点でも興味深いです。
もちろん、型にはまった物語も、新しい装いで読ませてもらえれば、悪くないです。ただ形式にしばられない楽しさというかね。“当たり前”以外の何かに触れるのも、いい読書体験ではないでしょうか」
「鯨の女房」 翻訳 柴田元幸
昔、イリツィナという女がムール貝を獲りに海岸に出ていった。とても美しい女で、多くの男に好かれていた。海岸に立っていると、鯨も彼女を好きになり、自分のものにした。こうしてイリツィナは鯨と夫婦になって海の底で暮らすようになった。鯨の方が強いので、文句も言えない。でも実は、彼女も鯨との暮らしを気に入っていた。鯨がカヤック乗りと女房を交換すると、イリツィナは全然喜ばなかった。「もっと! もっと!」と彼女は叫んだ。カヤック乗りは彼女を鯨に返し、以後二度と、どの鯨とも女房を交換しなかった。鯨がセイウチ、ジャコウウシ、アゴヒゲアザラシと女房を交換しても同じことが起きた。イリツィナは死ぬまで鯨と一緒に暮らし、死ぬとずっと昔にムール貝を獲っていたまさにあの海岸に打ち上げられた。誰も彼女だとはわからなかった。もうずっと前に、鯨の姿になっていたからだ。彼女の肉と脂肪で、人々はまるひと冬食いつなぐことができた。
――ローレンス・ミルマン採録『幽霊でいっぱいのカヤック』(2010)より
© Lawrence Millman, 2004
こちらもチェック!
柴田元幸責任編集
『MONKEY vol.28 特集 老い』
柴田さんが責任編集を務める文芸誌。10月15日発売の最新号は老いをテーマに様々な物語を紹介する。今回触れた、イヌイットの民話も7本訳出し、掲載。
ブックデザイナーが読む本
ブックデザイナー
名久井直子さん
なくい なおこ●1976年生まれ。美大を卒業後、広告のアートディレクターを経て現職に。小説はもちろん、漫画、絵本、歌集など幅広いジャンルでデザインを手がけている。
(名久井さんが手がけた本)
『オーラの発表会』
綿矢りさ著 集英社 1540円
近年では小説家・綿矢りささんの作品を手がけることも多い。これは華やかさのなかにも、どこか余白を感じさせる表紙が印象的。題字や模様がキラキラと光る加工も。
(とっておきの本)
『The Little Mermaid and Other Fairy Tales』
Hans Christian Andersen著 MinaLima絵 Harper Design
$32.50
(中段左から)『The Secret Garden(秘密の花園)』、『The Beauty and The Beast(美女と野獣)』、『The Won derful Wizard of Oz(オズの魔法使い)』など、世界の名作を集めたラインナップ
文芸作品を中心に、数々の本のデザインをしている名久井さん。特別な一冊としておすすめしてくれたのは、鮮やかな色合いと遊び心、クラシックな雰囲気も感じられる仕掛け絵本。ページを開くと、イラストが飛び出してくる。
細部までこだわった世界にわくわくさせられる
「アンデルセンの童話『The Little Mermaid and Other Fairy Tales』。洋書コーナーが充実している書店で見つけました。映画『ハリー・ポッター』の制作チームに参加しているミナリマというグラフィックデザインユニットが好きで、この本も、彼らが手がけたシリーズ。入り口は好きなデザイナーが作っているから、という感じでしたが、開けば開くほど、物語の世界を、本という物質の外側まで広げようとしているなと、惹きつけられてしまう絵本シリーズですね。あと、この一つひとつをすべてデザインし、印刷・製本しているのを想像すると途方もない気持ちに(笑)。楽しい気分になりたいときに読みますが、わざわざ選ぶというより、本棚の中で見つけたら寄り道のように手に取り、眺めてまた戻す、という感じです」
心のコリがほぐれるとっておきの詩集
職業柄、「日々、多くの文章を読んでいますが、仕事以外のプライベートの時間でいちばん多く触れているのは、詩集かもしれません」とも。その中でも好きなのが写真家・佐内正史さんの詩の本。
「佐内さんの写真は、自然な瞬間が切り抜かれているようで、それだけではない美しさもある気がしていて。文章にも、同じ感想を抱きます。詩って読むたびに感想や好きな作品が変わり、永遠に楽しめるものだと思っているのですが、『人に聞いた』は、なんてことない言葉のつらなりが、どこか遠くに連れていってくれるような気がしますね。読むと心がストレッチされる感覚もあります」
仕事として詩集を作るときに心がけているのは、こんなこと。「密度の濃い言葉の邪魔をせず、その空気感を伝えられたらと思っています」
『人に聞いた』
佐内正史著 ナナロク社 1760円
製本する人が読む本
加藤製本株式会社 代表取締役
加藤隆之さん
かとう たかゆき●加藤製本の三代目社長。産経新聞記者を経て、1998年から家業に携わるように。世界初のPUR無線上製本開発の成功をはじめ、製本の可能性に挑み続けている。
(加藤製本が手がけた本)
新潮文庫シリーズなど、誰の本棚にもある定番の本から、東野圭吾『容疑者Xの献身』、村上春樹『1Q84』などのベストセラー、社会的な話題作、学習参考書まで製本。年に2回受賞作品が発表になる直木賞の小説も、多く手がけているのだとか。東京・江戸川橋にある社屋で、一日に10万冊前後の本を作っている。
(とっておきの本)
『平成お徒歩日記』
宮部みゆき著 新潮社
現在は古書で入手可
ミステリー作家・宮部みゆきさんが、小説以外の初の著作として世に出した一冊。
歩きながら江戸時代に思いをはせる散文集で発売から25年近くたつ今も、読み続けられている。
今回紹介した初版本は、加藤さん曰く「出版業界に余裕があり、かつ手作業ができる職人さんも現役だった頃の賜かもしれません」
国内有数の技術を誇る製本会社を取り仕切る、加藤さん。「私の製本人生の中でも忘れられない一冊」と語るのが、宮部みゆきさんのエッセイ本。現在は『ほのぼのお徒歩日記』というタイトルで文庫版の購入が可能だが、加藤さんは、この本の初版から造本に関わってきた。
製本人生の中でも別格。こだわりが詰まった本
「初版は1998年に限定で作られたもの。江戸がテーマのお散歩エッセイの雰囲気を出すため、細部まで考え抜かれています。見返しや扉の紙も、作品の世界観に合うものをチョイス。そして初版本のみの特別仕様として、表紙のタイトル部分を、和紙風の紙を手で貼っていること。初版を購入し、気づかなかった方もいるかもしれません(笑)。さらに和本のたたずまいを出すために、表紙の折り返し部分に溝を作らず平たくする、“突きつけ”という珍しい製本法を取っています。カバーは、PPという、現代にある半透明の素材を使い、最終的には和洋折衷な一冊に。奥付も著者印ならぬイラストと、遊び心が満載です。随所にこだわりが詰まっているので、見かける機会があれば、じっくりと手に取り、モノとしての本の魅力を味わってみてください」
過去問は、実は良質な小説の宝庫!
「弊社では学習参考書も作っていますが、その流れから興味を持ったのがこの声の教育社の中学受験用過去問題集。特に早稲田中学校は国語に重きを置いており、どの年の問題も良書だらけ。試験の日まで頑張ってきた子どもたちの、生きる力や思考能力を伸ばすような物語を、学校側も覚悟をもって選び抜いているのが伝わります。芝中学校は読み物として面白い小説をセレクトしていますね。小説を読むとアイディアが豊富になり、仕事の場でも役立つともいわれています。質の高い作品のアンソロジーとして、手に取ってみるのをおすすめします」
「声教の中学過去問シリーズ」
声の教育社 各シリーズ、2090円~2860円
製本まめ知識
上製本(ハードカバー)は、開閉に耐えられるよう背を丸くした丸背と、カッチリとしたかたちの角背がある。そして装飾的なものとして、つく布が花布。製本はこれら細かい本のパーツを何工程も分けて組み合わせる
編集者が読む本
小説の面白さに目覚めた本
『スティル・ライフ』
池澤夏樹著
中公文庫 594円
幼い頃から図鑑や画集が好きで、物語の世界にはあまり入り込めない子だった。ファンタジーよりも物理法則という典型的な理系少年には、小説って何が面白いのかがさっぱりわからなかった。そんな私に文学部の友人がすすめてくれたのが、池澤夏樹の『スティル・ライフ』。大学の建築学科に入学した年の冬だった。
「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ」。暗鬱な海岸に降り始めた雪を描写したこの一節に、私は衝撃を受けた。初めて小説の世界が面白いと思えたのである。以降、文庫版に解説を寄せた須賀敦子、そして彼女が翻訳したアントニオ・タブッキへと、読書への裾野が広がった。
本著で、主人公に不思議な話を聞かせる謎の男、佐々井はいう。「そう、なるべく遠くのことを考える。星が一番遠い」。ページをめくれば瞬時に世界の果てまで連れていってくれる、小説という名の乗り物の、魅力を教えてくれた一冊である。
新潮クレスト・ブックス編集部
前田誠一さん
まえだ せいいち●『週刊新潮』『芸術新潮』編集部を経て出版部所属。翻訳作品のみならず、これまでには村上春樹『騎士団長殺し』など日本人作家の作品も編集してきた。
(私が手がけた本)
『赤いモレスキンの女』
アントワーヌ・ローラン著 吉田洋之訳
新潮社 1980円
パリの書店主が道端で拾ったバッグ。中には本と香水瓶、そして赤い手帳が――。中年男性とバッグの持ち主をめぐる、大人の洒脱な物語。
編集者としての原点を作ってくれた本
『ドゥームズデイ・ブック』
コニー・ウィリス著 大森望訳
ハヤカワ文庫 上下巻 各1210円
アメリカSF界の女王コニー・ウィリスの代表作。過去への時間旅行が可能となった少し未来の世界。オックスフォード大学史学部の学生・キヴリンは、実習のために14世紀へと送られるが、謎の病に倒れてしまう。しかも彼女の時間遡行を担当した技術者も、正体不明のウイルスに感染。歴史小説風の14世紀パートと、コメディチックな21世紀パートが交互に描かれる、徹夜必至のエンターテインメントだ。
新人の頃、SF作品の編集部に配属されたからには読まねばならない!と上司に渡された一冊。分厚い……!と思いながら読みだしたが、主人公のキヴリンの一挙手一投足にハラハラし、ラストの“あのシーン”ではもう涙が止まらず、ページの文字がぼやけてしまい……。読後はとてつもない物語を読んだという心地よい虚脱感で、しばらく動けなかった。私も誰かにあんな体験をさせる物語を送り出したい。今でも編集者としてのモチベーションとなっている、大好きな小説。
早川書房 書籍編集部
梅田麻莉絵さん
うめだ まりえ●2006年に早川書房に入社。ケン・リュウ、ジーン・ウルフ、カート・ヴォネガットなど、海外作家のSF作品や短編集、アンソロジーの編集を担当している。
(私が手がけた本)
『三体』シリーズ』
劉慈欣著 大森望ほか訳
早川書房 全5巻 各1870円〜
人類に絶望した中国人エリート女性科学者。彼女が放った電波は惑星「三体」に住む異星人に届き……。世界各国で大ヒットしたSF小説。
視点の切り替えを授けてくれた本
『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
川内有緒著
集英社インターナショナル 2310円
本書は著者の川内さんが、全盲の美術鑑賞家である白鳥さんと、様々なアートを巡る旅の記録。視覚にハンデを抱えている人がどうやってアートを見るのか? 読むうちに、そんな疑問からはすぐ引き離されてしまう。
川内さんが友人とともにピカソの絵を白鳥さんに説明する場面があるが、話せば話すほど、どんな絵なのかわからなくなり、混沌としていってしまう。このくだりは、「見る」こと「話す」ことの難しさにはっとさせられ、自分がいかに様々な思い込みや偏見を持っているかを突きつけられる。二人が見るアートがたくさん掲載されており、読みながらその絵がグニャグニャと形を変えていくように感じ、自分の「見る」がいかに曖昧なものだったかに驚く。
見えない人が見ているものを想像することは、反転して自分が見ているものを映し出す。この世界は、私たちが見ているよりもずっと広い。何よりも読んでいること自体を楽しめる一冊で、人と会話がしたい気持ちにもなる。
『文學界』編集部
浅井茉莉子さん
あさい まりこ●『週刊文春』『別冊文藝春秋』編集部などを経て、現在は『文學界』に在籍中。村田沙耶香『コンビニ人間』、松尾諭『拾われた男』などの作品を手がけてきた。
(私が手がけた本)
『火花』
又吉直樹著
文春文庫 660円
売れない芸人の徳永は天才肌の先輩・神谷に憧れを抱くが……。笑いの本質や、人間の生き方に迫った、又吉直樹さんの大ヒット小説。
視ブレていた心を整えてくれた本
『彼女を好きになる12の方法』
入間人間著
メディアワークス文庫 715円
この作品に出会ったのは、大学時代。手にしたきっかけは、好きな作家さんの新刊だからという単純なものだった。その頃の私は将来の夢もなく、「何が好きなんだろう?」「それはなぜ?」と自問自答しては、漠然とした焦りを感じていた。そんなとき、作品内に登場する女性の「理由を好きになったわけじゃない」というセリフと、そのあとに語り手が続ける、「彼女には彼女の考え方がある」というニュアンスの一文に、「好き」への向き合い方は人それぞれ、自分の中でもひとつじゃなくていいと、肩の力が抜けたのを覚えている。同時に「この作家さんの本を作ってみたい」という目標も芽生えた。
小説の編集者という職業柄、物語の登場人物について「この人はどんな人なんだろう?」「何を考えて、次はどんな行動をとるんだろう?」と考える機会がとても多い。理解ができず感情が迷子になったとき、「人それぞれで当然だ」と頭をリセットさせてくれる、大切な一冊にもなっている。
角川つばさ文庫編集部
山口真歩さん
やまぐち まほ●KADOKAWAへ入社後、書籍宣伝、実用書・ライトノベル等の編集を経て、児童向け小説レーベルへ。担当作は学園もの、歴史系ギャグミステリーなど幅広い。
(私が手がけた本)
『スイッチ!』
深海ゆずは著
角川つばさ文庫 1~10巻 726円~
女子アイドルをプロデュースするのが夢の中学生・まつり。男嫌いの彼女がイケメンたちのマネージャーに!? 現在も続く人気シリーズ!
ルーツや生きやすさについて考えた本
『パチンコ』
ミン・ジン・リー著 池田真紀子訳
文藝春秋 上下巻 各2640円
何故、極東の物語が世界に届いたのだろう? 本著は朝鮮半島生まれの女性が、国を渡り日本へ移り住み、時代に翻弄され続けた人生を描いた大河小説。アメリカでベストセラーになり、AppleTVで実写ドラマ化もされた。政治的・経済的な理由から、生まれ育った国を出ていかなければ、生きてはいけない人が世界中にいる。国が違えば、文化も違う。差別があり、衝突も起こる。その苦悩と悲哀、理解と許しが合わさった物語を深く描いたから世界の「移ろう人々」に届いたのだ。
自分は両親が台湾人、東京で生まれ育ち30歳で帰化した。ずっと自分の本当の居場所はここではないのでは、と思いながら「なじめる」よう生きてきた。しかし大人になって気がついた。国や言葉が「同じ」だろうが、人は簡単にはわかりあえない。移民でない人も生きにくさを感じながら、どうにか生きている。誰かの「許し」を求め続けてしまい、なぜか生きにくい。そう思う人にこそ、読んでほしい物語。
『少年ジャンプ+』編集部
林士平さん
りん しへい●『月刊少年ジャンプ』に配属後、『ジャンプSQ.』創刊を経て、『少年ジャンプ+』編集部へ。『チェンソーマン』をはじめ、ヒット漫画の送り手として知られる。
(私が手がけた本)
『SPY×FAMILY』
遠藤達哉著
集英社 1〜10巻 各528円
敏腕スパイの黄昏が、かりそめ家族とともに受験と世界の危機に挑む、ホームコメディ。隔週月曜日更新。アニメは第2クールが10月放送開始。
社会人の自覚を高めてくれる本
『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』
高野登著
かんき出版 1650円
「悪質な事件に巻き込まれ記念日の宿泊をキャンセルしたとき、記念日のお祝いを届けてくれた」「客室に夕方の講演の資料を忘れて困っていたら、客室係の方が新幹線で届けてくれた」。数々の伝説的なエピソードのある、五ツ星ホテル・リッツ・カールトンでの働き方に関する本。お客さまに奇跡のような体験をしてもらうために、各従業員に与えられているのが「一日二千ドル」の決裁権。私のように宿泊した経験がない者でも、ホテルのポリシーは、素敵すぎてため息が出る。
冒頭に挙げた従業員の行動は、非効率といわれるかもしれない。しかし私たちも相手への小さな想像力と、働きかけを持てば、人間関係もその先の仕事も違ったものになるだろう。そして“We Are Ladies and Gentlemen Serving La dies and Gentlemen”(紳士淑女にお仕えする我々も紳士淑女です)というメッセージも、心に響く。職業人として誇りを持ち、感性を磨く。働く上で忘れてはいけないことを教えてくれる。
SBクリエイティブ 学芸書籍編集部
多根由希絵さん
たね ゆきえ●ビジネス書・新書を担当。成田悠輔『22世紀の民主主義』、伊藤羊一『1分で話せ』、落合陽一『2030年の世界地図帳』など、話題の書籍を多数手がけている。
(私が手がけた本)
『大人の語彙力ノート』
齋藤孝著
SBクリエイティブ 1430円
メールやLINEが同じ表現ばかり、ビジネス用語がうまく使えないなどの悩みに対応できる「言い換え」の一冊。45万部突破のロングセラー。
ひと息つきたいときに読む本
『わたしの好きな季語』
川上弘美著
NHK出版 1870円
とある作家の取材をしたときのこと。「本を読んでいる間は誰にも邪魔されない。だから読書の時間は尊いのだ」と言われたことがある。その瞬間、自分が本を読む理由がわかった気がした。本は、ページをめくるだけで瞬く間に現実を忘れさせてくれる“避暑地”のような存在なのだ。
私が会社のデスクに常に置いていて、心の“避暑地”にしている一冊が、川上弘美さんの『わたしの好きな季語』だ。小説家で、俳人でもある川上さんが96の季語をピックアップし、名句の紹介とともに書いたエッセイ集である。川上さんの目を通して見た豊かな暮らしがあり、「北窓開く」や「夏館(なつやかた)」「夜長妻(よながづま)」といった、知らない言葉との出会いがある。知らない言葉との出会いは、すなわち知らない世界との出会いでもあり、短いエッセイを読むだけで、会社にいながらにして日常から離れることができる。そんな贅沢な時間をもたらしてくれる一冊こそ、私のとっておきだ。
集英社 文芸書編集部
森田眞有子さん
もりた まゆこ●雑誌『モア』『シュプール』の編集を経験したのち、文芸書編集部に。これまで担当した本に石田夏穂『我が友、スミス』、池井戸潤『ハヤブサ消防団』などがある。
(私が手がけた本)
『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみ著
集英社 1650円
焼肉擬人化漫画を愛する由嘉里が出会ったのは、美しく退廃的なキャバ嬢・ライ。腐女子の主人公が幸せを追い求める過程を追った小説。
撮影/kimyonduck イラスト/naohiga 取材・原文/石井絵里 ※BAILA2022年11月号掲載
3. 韓国文学とフェミニズム
これから読む人のための優しいブックガイド
女性の生き方が世界的に大きく変化するなか、共感と反感の嵐を巻き起こした『82年生まれ、キム・ジヨン』。以降もパワフルな作品が続々誕生する韓国現代文学の魅力とその背景にあるものを、書評家・江南亜美子さんと翻訳家・すんみさんが語り合う。
書評家
江南亜美子さん
大学で教える傍ら、主に日本の純文学と翻訳文芸に関し、新聞や文芸誌で数多くの書評を手がける。「BAILA」カルチャーコラムも連載。共著に『韓国文学ガイドブック』など。
翻訳家
すんみさん
早稲田大学で学んだ後、翻訳家に。訳書に『屋上で会いましょう』『女の子だから、男の子だからをなくす本』、共訳書に『彼女の名前は』『私たちにはことばが必要だ』など多数。
江南(以下、江) 日本では近年、韓国の現代文学ブームが起き、翻訳本もぐっと増えました。チョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』がK–POPアイドルの推薦もあり広く読まれたのがきっかけといわれています。ただその後、出版点数は激増。何を読むといいのか迷子になった人が多いかも。そこで今日は若手翻訳家のすんみさんと一緒に、今読んでほしい韓国文学ブックガイドを作りたいと思います。
すんみ(以下、す) よろしくお願いします!
江 まず読みやすさでいえば『となりのヨンヒさん』。ポップでほんわかした短編集ですね。
す 韓国ではヤングアダルト向けに出版されました。つきあう彼氏が全部デザートとか、隣人がガマガエルの見かけ、など、意表を突く奇想が楽しいです。でも面白いだけでなく、韓国文学のひとつの潮流であるマイノリティに目線を合わせるというポイントもありますね。
『となりのヨンヒさん』
チョン・ソヨン著 吉川凪訳
集英社 1980円
お隣は異星人。宇宙船で別の星へお引っ越し。社会からはじき出された人々へのまなざしが温かい、ちょっと不思議なSF短編集。
江 ガマガエルとの交流を現実の移民問題に重ねて読むこともできて。
す SF的に現代社会をひとひねりして他者とは何かと考えさせます。SFのジャンルは韓国文学のメインストリームでない期間が長かった分、自由度が高くて、ファンも若いんです。
江 確かに最近、SF要素をうまく使う女性作家の作品が多くなった印象が。そんな『地球でハナだけ』は、すんみさんの翻訳ですね。
『地球でハナだけ』
チョン・セラン著 すんみ訳
亜紀書房 1760円
カナダ旅行から帰った恋人が少し違う人間に。彼は誰? 「ハナのためなら宇宙も横切れるぐらい」。一途で爽やかな恋愛小説。
す 宇宙人と人間の女性との一途なラブストーリーで、難しく考えずに読めますよ。恋愛だけど容姿に惹かれたわけじゃないと最初に書かれ、女性キャラクターがしっかり自立的なのがいいんです。じつは著者が韓国で改訂版を出した際、容姿の描写を大胆にカットしました。ジェンダー規範をフラットにする狙いですね。韓国文学では最近、登場人物のジェンダーをあいまいにするのも特徴です。たとえば『ディディの傘』は性別をあえて明らかにしなかった原文の意図を生かし、翻訳版でも様々な工夫が施されています。
江 翻訳者泣かせ! でも女性の問題、男性の問題と分断させない意図があるんでしょう。そして『ディディの傘』は実際に起きた痛ましい旅客船セウォル号の沈没事故など、社会問題を中心にしっかり据えて書かれていて、政府批判が作中に響きます。
す 作家みんなが社会問題にすぐ反応して作品を書くわけでなく、じっくり時間をかける人もいます。ただ私が思うに、韓国では今考えていることを書く、間違っていたらあとから訂正する責任と勇気をもって今発信するという作家も多いですね。作家の社会的責任として。
『ディディの傘』
ファン・ジョンウン著 斎藤真理子訳
亜紀書房 1760円
「小説家50人が選ぶ“今年の小説”」にも選出された重要作品。正義とは何か、希望とは何かが、深い洞察力とともに描かれる。
韓国文学のバリエーション。児童文学からマンガまで百花繚乱
江 韓国文学というとどれも社会問題やフェミニズムがテーマなの?と敬遠されるのももったいないので、そうじゃない方向からいくつか紹介したいのですが、『夏のヴィラ』などは、恋愛の別離や親子のすれ違いなどがこの上なく繊細で美しい文体で書かれた短編集です。たとえば江國香織好きの人ならハマるんじゃないかしら。
す フランスでの留学経験があり、デュラスの翻訳も手がける作家です。だからか、本来属していない場所で感じる齟齬や、異邦人との言語を超えた交流などのテーマを書くのがとてもうまい。
『夏のヴィラ』
ペク・スリン著 カン・バンファ訳
書肆侃侃房 1870円
友人のドイツ人夫婦とカンボジアのヴィラで数日過ごすうち……。人と人との間に生まれるさざ波を丁寧にすくう、8つの短編を収録。
江 西欧に東アジア人として存在する心情など、日本人も共感しやすいはず。『5番レーン』は、子ども時代の、男女の区別もはっきりしない日々がきらきら描かれます。
す 児童文学ながら五感に訴える水の感触などの文章が素晴らしく、目標のために頑張ったり挫折したりする姿は、大人にも読ませる力があります。小学生男女が無邪気に顔を寄せるシーンにキュン。読むとプールに行きたくなりますよ。
『5番レーン』
ウン・ソホル著 ノ・インギョン絵 すんみ訳
鈴木出版 1760円
好きで始めた競泳。才能ある子の出現で自信が揺らぐナルは……。小学生の友情と成長の物語を誠実な筆致と、ほんわかな絵で。
江 コミック作もひとつ。『大邱(テグ)の夜、ソウルの夜』は、ソウルで奔放な青春時代をともに送った二人の女性が、一人はできちゃった婚をし、一人は家族からの干渉も強い田舎の大邱に帰るストーリーで、女性の自己実現をめぐる普遍的なテーマが描かれます。
す 結婚しても友達だよと言い合ってたのに離れ離れになるのが身につまされました。介護と育児が女性のケア仕事であることなど、東アジア圏にはおなじみすぎて泣けますね。
江 大きな判型でバンドデシネ風のマンガの形式と内容もぴったりきます。
『大邱(テグ)の夜、ソウルの夜』
ソン・アラム著 吉良佳奈江訳
ころから 1980円
都会と田舎、子育て、親世代の介護。私の幸せはどこに?と模索する二人の女性の姿をリアルにとらえた、大人にささるマンガ作。
『 話し足りなかった日』
イ・ラン著 オ・ヨンア訳
リトルモア 1980円
無知を恐れず、勉強し、対話を重ねたい。よりよい世界を見据えた本音の見せ方が、若者を中心に共感を呼ぶイ・ランのエッセイ集。
東アジア的な同調圧力へのあらがい。イ・ランのパワフルな言葉
江南(以下、江) 小説は苦手だからエッセイがいいという人には『 話し足りなかった日』 はどうかな? ミュージシャンで作家でマルチな才能を持つイ・ランが既得権益を持ってる特権階級に吠えつつ、お金の問題とかきっちり異議を申し立てたりするエピソード満載です。
すんみ(以下、す) 韓国社会が暗黙のうちに了解してる枠組みに疑問を持ち続け、自ら外へと出ていく人ですね。すがすがしい。韓国でも日本でも生きづらい、息苦しいと感じる若い女性層に、枠の外においでと手招きしてくれる。そこが受けているんだと思います。ちなみに、彼女は高校時代から雑誌に連載をしてたんです。漫画を描いて自分で編集部に売り込んだというインタビューが印象的でした。
江 無鉄砲で才能きらめくタイプか。こんなふうに空気を読まない人がアーティストであってほしいですよね(笑)。本質的にフェミニズムが土台にある一冊。
す 社会に屈せずありのままの自分を好きになろうと励ます本が、韓国発で日本にも多く翻訳されてますが、彼女のパワフルな言葉は特に元気になれます。
『サハマンション』
チョ・ナムジュ著 斎藤真理子訳
筑摩書房 1650円
『82年生まれ、キム・ジヨン』作家が送る、格差が可視化された奇妙な都市国家「タウン」に住む人々の、抵抗とケアの物語。歴史にあらがって。
社会をしっかり描く韓国文学。日韓関係の未来へのヒントも
江 色々見てきましたが、やっぱり社会問題を描く作品にすごいパワーを感じます。『キム・ジヨン』で名の知られたチョ・ナムジュの『サハマンション』は、密入国者や障害者や老人などが同じマンションで共棲し、幸福を探していくんだけど……。
す 社会から疎外された最底辺の人々が集められた都市というSF設定ですが、力のない人たちが経済発展から置き去りにされてきた歴史が下敷きになってます。階級をめぐる話で、韓国では持って生まれた財力を匙にたとえ、金か銀か土かで区別することがありますが、ここの人々は土の匙しか持っていない。そもそも匙など持たぬ人たちかもしれない。
江 今なら「親ガチャ」と言われるものですね。でもナムジュさんの特徴は、悲惨な設定でも、どこかユーモアの温かさがあること。フィクションの力を信じている作家なんだなと感じます。
す そこはぜひ読者に知ってほしい! 笑える要素もちゃんとありますから。
『Lの運動靴』
キム・スム著 中野宣子訳
アストラハウス 1980円
1987年、韓国の民主化運動のデモ中にある青年が命を落とす。彼の遺品をどう修復すべきか。歴史の継承の問題を考えさせる一作。
江 『Lの運動靴』は異色作で、民主化運動のデモで死んだ学生の運動靴をどう修復するべきかと、修復家があれこれと悩む。史実と緻密なリサーチに基づく、ノンフィクション寄りのフィクションです。
『韓国文学の中心にあるもの』
斎藤真理子著
イースト・プレス 1650円
韓国文学を精力的に邦訳する著者の、蓄積された知識と鋭い洞察力に触れて。韓国文学愛がほとばしる、硬派で誠実なエッセイ評論。
す 運動靴は歴史のメタファーでもありどう事実を継承するか、加工を抑制するか、考えさせますね。関連して、番外編として入れた斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』は日本の韓国文学ブームを牽引した立役者による比較文化論になっていて、こういう人が日韓両方の文学を見ててくれたから今のブームもあるのだとわかります。朝鮮戦争をめぐる歴史の継承を考察するパートはすごく納得できました。
江 様々な物語の背景を知るのにぜひ『韓国文学の中心にあるもの』を参照してほしい。政治がときに冷え込んでも、カルチャーはずっと交流があり影響しあって熱かったのが日韓関係です。両国ともに問題点を乗り越えるにはどう生きればいいかと真剣に模索する人々がいる。連帯の可能性を信じ、これからも文学交流を続けたいですね。
撮影/kimyonduck 取材・原文/石井絵里 ※BAILA2022年11月号掲載
4. 中川大輔くんに読んでもらう、寝る前の一冊
「読書やラジオを聴いたり、絵を描くことが好きです」と博学な一面が光るモデルであり俳優の中川大輔くん。小説から図集まで幅広いジャンルからセレクトした「寝る前に読みたい4冊」と中川くんのおすすめポイントを教えてくれました。
読書好きの中川くん、今夜は何を読んでいるの…?
『夢十夜・草枕』
夏目漱石著
集英社文庫 440円
「『夢十夜』は、夢に現れた10の不思議な世界が綴られています。明治時代に書かれた作品ですが、とてもわかりやすいストーリーで読みやすかったです。漱石の名作といわれるだけあって、言葉選びに美しさがあり、みやびな情景が浮かびロマンチックさを感じました。朗読は初体験だったので緊張しました!」
中川大輔くんの寝る前に読みたい4冊
“感情を少しだけくすぐるような僕なりの心地よさを感じる本を選んでみました”
(左から順に)
『デッドエンドの思い出』
よしもとばなな著 文春文庫 726円
「共演者の方にすすめられた短編集。1エピソードごとに、ちょっと不思議な要素が盛り込まれているところに魅力を感じます。お気に入りは『幽霊』。見過ごしがちな小さな幸せを感じられて、心がふわっと温かくなります」
『建築家なしの建築』
B・ルドフスキー著 渡辺武信訳 鹿島出版会 2200円
「世界各地の無名の工匠たちの土着建築を紹介した図集。見ていると旅をしている気分になれる、写真集のような一冊です。建物にまつわるエピソードには言葉の語源が触れられていたり、色々な楽しみ方ができます」
『グレート・ギャツビー』
スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹訳 中央公論新社 1100円
「1920年代のアメリカが舞台の作品で、その時代を描いた物語に引き込まれます。村上春樹訳ならではの言葉選びや文体も好き。翻訳者、小説家としての村上春樹の創作論が語られているあとがきも、深く読みました」
『経験 この10年くらいのこと』
上田晋也著 ポプラ社 1540円
「プライベートの上田さんを知ることができるエッセイ。中でも昔ばなしの『桃太郎』や『浦島太郎』などを取り上げて、ストーリーにツッコミを入れる章がお気に入りです! くどくどしい言い回しの上田節が炸裂しています」
“ベッドで寝転んで読みますよ〜”
読書は瞑想に近いと語る中川くん。
「本は移動中に読むことが多くて、よく読むのは歴史小説。高校生の頃、父の本棚にあった司馬遼太郎作品から読書の魅力にはまっていきました。『竜馬がゆく』は特に好きな作品で、読み終わると不思議と自分に自信がついた気分になれて(笑)。今、また読み直しています。
本と向き合う時間は、世界観に浸れて余計なことを考えなくてすむし、頭がクリアになっていく感覚が瞑想に似ていると感じます。今回は『寝る前に読みたい本』というお題なので……歴史小説ではなく、ちょっと違う視点で選びました。
大学で建築を専攻していて、建築にまつわる本とはたくさん出会いましたが『建築家なしの建築』はぱらぱら読んで楽しめるので寝る前にちょうどいいと思い、選んだ一冊。建築家が存在しない時代の建築物が写真で紹介されていてどれも面白いんです。建物の背景を想像しながら目で追っているだけでわくわく。
『グレート・ギャツビー』との出会いは、好きな映画のひとつ、ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』から。劇中で『グレート・ギャツビー』の著者であるスコット・フィッツジェラルドが主人公の尊敬する人として描かれていて。どんな作品を書くのか興味が湧いて調べると、好きな作家の一人である村上春樹の訳があると知り、すぐに読みました。村上作品ほどSFの要素は少なく、文体も寝る前にちょうどいいなと。
『デッドエンドの思い出』は、夢みたいな不思議な話が夜にぴったりな作品です」
ラジオ好きな一面から選んだ一冊も。
「自宅で作業するときにラジオをよく流していて。中でもくりぃむしちゅーさんのラジオ番組が好きなんです。上田さんのテレビで司会をされているときとはまた違う、リスナーに突っ込まれる姿や、豪快な毒舌がたまらない。エッセイではそんな上田さんの人柄が感じられ、思わずクスッと笑えるので、リラックスできると思います。
僕も今、仲よしの編集さんと一緒に『メンズノンノラジオ』をポッドキャスト配信でやっていて。楽しんでお届けしてるので、ぜひ、聴いてもらえると嬉しいです」
“俺が読んだ4冊どうですか?”
俳優、MEN'S NON-NO専属モデル
中川大輔
1998年1月5日生まれ、東京都出身。2016年、MEN’S NON-NOのオーディションでグランプリを受賞後、俳優、MEN'S NON-NO専属モデルとして活躍。現在、Amazon Original連続ドラマ「モアザンワーズ/More Than Words」にて福長永慈役で出演中。
ニット¥30800・中に着たカットソー¥11000 /バトナー
撮影/花村克彦 ヘア&メイク/髙田将樹 スタイリスト/門馬ちひろ 取材・原文/木村真悠子 ※BAILA2022年11月号掲載
5.エッセイ本が最高だ!
笑って、しみて、勇気がわいてくる
古今東西、誰かのリアルな人生から出てきた言葉は、やっぱりドラマチックで感動する。話題のブログをのぞくような気軽な感覚で、エッセイ本を開いて心を潤そう!
書籍PR
奥村知花さん
フリーランスの書籍広報の第一人者。これまでに宣伝を担当したヒット本に、翻訳児童書の『ワンダー』、寝かしつけ用の絵本『おやすみ、ロジャー』など。著作に『進む、書籍PR!』がある。
【大人】
大事なことなんで何度でも言いますけれど、「四十代になれば仕事も落ち着く」なんてのは幻想です。
『ひとまず上出来』
ジェーン・スー著
文藝春秋 1595円
ラジオや雑誌で活躍中のコラムニストが、50代を目前にし日々のことに考察を重ねた一冊。「中年には中年の楽しみ方がある。若い頃とは変わってくる心や体を楽しむのもアリと、バイラ世代も背中を押してもらえるコラムが満載です」
【家族】
「アホちゃうか」
父のくちぐせだった。それだけで、賞賛も、憤怒も、悲哀も、ありとあらゆる感情が表せるといっていた。ミツカンのめんつゆに匹敵する万能さである。
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』
岸田奈美著
小学館 1430円
急逝した父、車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟。30代前半の著者と家族の結びつきを書いた作品。「岸田さんの道のりは、ラクだったとは言い難いです。その現実を見据えながら明るさが漂う視点が素晴らしい」
【喜び】
でも、これで堂々と胸を張って言える。「あなたの人生の意味はなんですか」と問われたら、「創作物を読んだり見たり、形式上、購入を迷ってみせたりすることです!」と。やったー、悔いなし!
『のっけから失礼します』
三浦しをん著
集英社 1760円
バイラで連載中のエッセイをまとめた一冊。「ありふれた日常も、三浦さんの手にかかると大笑いできてしまう。久しぶりに会った友人との近況報告のような親しみやすさも感じつつ、本を読むことの楽しさを再確認させてくれます」
【人生】
人間は、決して、勝ちません。ただ、負けないのだ。
『不良少年とキリスト』
坂口安吾著
新潮文庫 539円
昭和の無頼派作家・坂口安吾が、親友だった太宰治が亡くなった際に、執筆した随筆。太宰の作品へのオマージュもちりばめられている。「夢も希望も捨てて逃げ出してしまいたいときに読むと、達観できるお守りのような一編です」
【仕事】
世の中の通訳者は、圧倒的多数の場合において「不実な美女」か「貞淑な醜女」をしているのである。では「不実な美女」と「貞淑な醜女」とどちらがいいかというと、(中略)時と場合によるというのが正確な答えだろう。
『不実な美女か 貞淑な醜女(ブス)か』
米原万里著
新潮文庫 737円
1980年~90年代にかけて、同時通訳者として活躍した著者の作品。「お仕事ものですが、話すことも書くことも、きれいにまとまっているのが正解、というわけではないと教えてくれます。“伝える”について再考できるエッセイ」
【自意識】
他人に対するはにかみや恐れ、みっともなく赤くなる、ぎくしゃく、失語症、傷つきやすさ、それらを早く克服したいと願っていたのだけれど、それは逆であって、人を人とも思わなくなったりこの世のことすべてに多寡をくくることのほうが、ずっとこわいことであり、そういう弱点はむしろ一番大切にすべき人間の基本的感受性なのだった。
『一本の茎の上に』
茨木のり子著
ちくま文庫 660円
『自分の感受性くらい』などの作品で知られる、昭和から平成を生きた名詩人の散文集。「人間の本質について、また同時代を生きた人との交流などが書かれていますが、どのエッセイも、美しく昇華された言葉が心に響いてきます」
【愛情】
膝にのせると、体を丸めて、ちいさなちいさな頭を私の手の甲にぽとりと落とし、眠るではないか。今までゆきずりの猫しかさわったことのない私は、感動のあまり泣きそうになった。なんてかわいいのだ。ああ、なんて、なんて、なんて。
『今日も一日きみを見てた』
角田光代著
角川文庫 572円
『八日目の蟬』などのベストセラー小説で知られる作家が、愛猫について綴ったフォトエッセイ。「生き物への驚きや嬉しさ、愛おしさがみずみずしく描かれています。読むと小さなものを、たまらなく可愛がりたい気持ちになるかも」
【生き方】
なぜ、友達に愉快なヤツだと思われる必要があるんだろう。こういうタチの人は自動的にみんなに気をつかって、サービスしてしまうんだろうけれど。それは他人のためというより、つまりは自分の立場をよくしたい、自分を楽なポジションに置いておきたいからだということをもっとつきつめて考えてみた方がいい。
『自分の中に毒を持て〈新装版〉』
岡本太郎著
青春文庫 814円
日本を代表する芸術家の生きざまと、パワーが詰まったエッセイ。「30代は何かと迷いも多い時期ですが、自分らしくいるために叱咤激励してくれる一冊。なかなか努力が実らない......などモヤモヤ感を抱えたときにおすすめです」
【ユーモア】
私の人生を見下ろしている神様は、オメーの人生そんなはずねえからな、と、本当に絶妙なタイミングで釘を刺してくる。
『そして誰もゆとらなくなった』
朝井リョウ著
文藝春秋 1540円
バイラ読者とは同世代にあたる朝井さん。“ゆとり”をタイトルにしたエッセイの最新作。「残念な日常も、失敗続きな日々も、あははっと笑いながら読めてしまう筆力の高さ。何も考えたくないときに脳内をゆるめてくれます」
【対人関係】
相手に伝える言葉はローマの食事のようにシンプルであれ。ご大層なものをつくりあげようとしなくていい。ただ、テーブルに載せればいいだけ。
『食べて、祈って、恋をして〔新版〕』
エリザベス・ギルバート著
那波かおり訳 ハヤカワ文庫 1320円
映画化もされたベストセラー。30代前半で生き方のリセットを試みる著者の旅と成長の記録。「自分がボロボロだと感じたら読んでほしい。大事なものを捨て去り、一歩踏み出した先にこそ、新たな世界や幸せがあると思えてきます」
取材・原文/石井絵里 ※BAILA2022年11月号掲載
6. マンガ好きがおすすめ!!「10巻以下の“一徹マンガ”」
マンガ好きな岩井勇気 (ハライチ)さん、 花澤香菜さんの推しマンガ
大注目“マンガバラエティ番組”「岩井&花澤 まんが未知」出演中のハライチ・岩井勇気さん&声優・花澤香菜さん。最新のものから名作、コアなものまで。マンガ好きなお二人に「ひと晩で読むなら?」なおすすめ作品を聞きました!
岩井勇気(ハライチ)
1986年生まれ。芸人。『ヤングマガジン』(講談社)にて、原作を担当する漫画『ムムリン』を連載。1〜2巻発売中。
花澤香菜
1989年生まれ。声優。おすすめしてくれた『ぼくらのよあけ』の劇場版に主人公の母親役で出演。2022年10月上映開始予定。
ピュアな恋愛もゆがんだ恋愛も大好きです(岩井さん)
忙しい中で読むなら自分を大切にしたくなるマンガ!(花澤さん)
岩井さんおすすめの3作品
『恋は雨上がりのように』
甘酸っぱい!
眉月じゅん著
小学館 全10巻 各607円 完結
「40代のおじさんと女子高生の恋愛ストーリー。年の差に戸惑いながらも真摯に向き合って勇気を振りしぼる瞬間があり、おじさんも女子高生も初々しく感じます」
『嫌がってるキミが好き』
怖いもの見たさ
鬼山瑞樹著
実業之日本社 全8巻 748円〜 完結
「気持ち悪いものが見たいときにおすすめ。異常な性癖の男子に振り回される主人公が、どんどんのめり込んでしまうさまはホラー」。エロ・グロ過激注意です。
『ワンオペJOKER』
クスッと笑える
宮川サトシ原作 後藤慶介作画 DC COMICSキャラクター監修
講談社 1〜2巻 各748円
「ジョーカーが、子ども化したバットマンをワンオペ子育て。世の中の親はこうやって奮闘しているのか……と興味が湧く。一話完結なので読みやすいのもいい」
これも岩井さんのおすすめ
『この恋は実らない』
恋にドキドキ
武富 智著
集英社 全3巻 528円〜 完結
「見ていてほほえましくなる絵のタッチと、キャラの笑顔に癒される。ヤリチン男がお嬢さまに純粋な恋をして、過去を後悔しつつもひたむきに頑張る姿が好きです」
花澤さんおすすめの3作品
『ソラニン 新装版』
心が動かされる
浅野いにお著
小学館 全1巻 1650円 完結
「人生で最も好きな作品のひとつ。このままの人生でいいのかともやもやしている登場人物たちが、苦しみもがきながら生きていく姿が胸に焼きついています」
『違国日記』
癒される
ヤマシタトモコ著
祥伝社 1〜9巻 748円〜
「ヤマシタトモコさんが好きなので読み始めました。両親を事故で亡くした朝ちゃんと、引き取った槙生の会話が思慮深く、かみ砕く時間がとても心地いいです」
『はたらく細胞』
ためになる!
清水 茜著
講談社 全6巻 715円〜 完結
「体内で健康のために働いてくれている細胞たちが擬人化! “私、捨て身で働いてるなぁー!”というときに読むと、体をいたわる気持ちを思い出せます(笑)」
これも花澤さんのおすすめ
『ぼくらのよあけ』
ハラハラドキドキ
今井哲也著
講談社 全2巻 各681円 完結
「宇宙から来た未知なる存在が、家庭用ロボットのナナコちゃんを通して、話しかけてくるシーンにドキドキ。普段SFを読まない人でもハマれる作品です」
【岩井さん&花澤さん対談】様々なジャンルのタイトルが飛び出す!
岩井 花澤さんがおすすめしている『ソラニン』は前に番組のYouTubeで教えてもらって読みました。花澤さんのプレゼンに負けた(笑)。
花澤 しつこいくらいすすめてしまいました。嬉しいです。私は岩井さんおすすめの『恋は雨上がりのように』は読んでますよ。いいですよねぇ。冴えない男の人と美少女のやりとりが……。
岩井 枯れてる感じの店長にドキッとするというね。同じ作者の『九龍ジェネリックロマンス』(集英社、1~7巻)もおじさんの恋愛モノでいいですよ。
花澤 大人の恋愛モノなら、これも番組YouTubeで岩井さんと話しましたが『関根くんの恋』(太田出版、全5巻)もやっぱりいいですよね。すごくモテるのにそれを全然ありがたく思ってない関根くんのあの感じ、いいなぁ。
岩井 みんなああいう男の人大好きですよね。俺も好きです。
花澤 あんな人会社にいたら、ねえ?
岩井 花澤さんの今回のおすすめには恋愛マンガは入ってないんですね。
花澤 確かに! 読むんですけどね。ちなみに激推しは『違国日記』なんですけれども……。
岩井 俺、まだ読んでないな。
花澤 これ、めちゃくちゃいいんですよ! 主人公の槙生の言葉選びが素敵なんです。思春期の女の子と暮らしているんですけど、思春期に受け取る言葉は影響を受けちゃうだろうからって、細かく気にかけて話してて……。ぜひ読んでください!
岩井 逆に僕は、4作中3作が恋愛物なんですよね。すっごいピュアな恋愛と、すっごいゆがんだ恋愛、どちらも好き。ゆがみすぎてピュアみたいなのもあるじゃないですか。
花澤 ……この『嫌がってるキミが好き』、なんだかやばくないですか?
岩井 この作品はとにかく気持ち悪いんですよ。とにかくまことくんは嫌がっているみことちゃんが好きなんです。
花澤 あっ、少しフェチズム的な。
岩井 そう。顔面をぶん殴ったりするんですけど、みことちゃんはいつしかそれがないと物足りなくなっている。
花澤 ハマってるじゃないですか! 気になる作品ですね……!
岩井 味が濃い話なので、エネルギーがたっぷりあるときにぜひ(笑)。
花澤 逆にエネルギー不足なら『はたらく細胞』がいいですよ。「もう働けないよ〜」というときに、この一冊。
岩井 スピンオフの『はたらく細胞 BLACK』(講談社、全8巻)は、自分の生活を見直したくなる。
花澤 BLACKはわりと不健康な人の体の中身のお話で、細胞たちがげっそりしちゃってますからね(笑)。
岩井 あと疲れているときには一話完結で読める作品がいいですよね。劇的なものは基本的に続きものだから……。『ワンオペJOKER』も一話完結のギャグだし、読みやすいと思います。
花澤 ほかにはただただ優しいマンガもおすすめですね。個人的に疲れた夜には、益田ミリさんの作品を読みたくなります。全部優しくて、全部なにげなくてちょうどいいんですよ。
「岩井&花澤 まんが未知」
テレビ朝日 毎週水曜 深夜1時56分〜放送中(※一部地域を除く)
芸能人が考えた原作をプロの漫画家が作品にするマンガバラエティ番組。完成した作品の配信も話題。
(花澤さん)カットソー¥16500/トラディショナル ウェザーウェア ルミネ有楽町店(トラディショナル ウェザーウェア)
撮影/細谷悠美(人)、kimyongduck(物) ヘア&メイク/宇賀理絵(花澤さん) スタイリスト/嘉山裕子(岩井さん)、富澤結希乃(花澤さん) 取材・原文/東 美希 ※BAILA2022年11月号掲載
マンガ好きライターおすすめ12作品
数ある作品の中から「話題でもまだまだ追いつける」「手軽に読めるのにどっぷり世界に浸かれる」、既刊10巻以下のおすすめマンガを3人のマンガ好きライターが厳選。恋愛もの、旅もの、歴史ものなどなど、12作品をご紹介。
マンガ大好きマンガライター
ちゃんめいさん
マンガと旅を愛するライター
中川 薫さん
女子マンガ研究家ライター
小田真琴さん
きゅん♡
『緑の歌 -収集群風-』
台湾の作家さんの注目作。ジャケ買いが大当たり!!(小田真琴さん)
高妍著
KADOKAWA 全2巻 858円〜 完結
松本隆&村上春樹によるスペシャルな帯に思わず「帯買い」したものでしたが、大当たりでした。加齢すると縁遠くなる最たるものが恋愛と音楽。その二つのきらめきを誰もが懐かしさとともにたっぷり浴びることができる秀作です。(小田)
『WITCH WATCH』
篠原健太著
集英社 1〜7巻 各484円
ドジっ娘魔女・ニコがモイちゃんにアプローチする姿がとにかく可愛くて、二人の関係性に胸キュン! だけど、甘いだけじゃなく、ニコの魔法によって引き起こされるトラブル、爆笑必至なギャグ展開も必見。胸キュンと笑いの融合をぜひ!(ちゃんめい)
『いつもポケットにショパン』
くらもちふさこ著
集英社 全3巻 各968円 完結
私にとっての永遠の少女マンガです。愛らしい絵からあふれ出てくる音楽は、決して聞こえることはないけれど、頭の中で世にも美しく鳴り響きます。なに考えてるんだかわからないからこそ気になる「くらもち男子」の季晋ちゃんが最強。(小田)
ぞぞぞ
『ダーウィン事変』
現代社会への問題提起も。考えさせられる作品(中川 薫さん)
うめざわしゅん著
講談社 1〜4巻 各748円
人とチンパンジーのダブルであるチャーリーを中心に、現代の不寛容で矛盾した社会の問題を提起した作品。テロ組織、国家権力、そして世論の身勝手さに憤りつつ、人間の少女ルーシーとチャーリーの種族を超えた交流に救われます。(中川)
『なれの果ての僕ら』
内海八重著
講談社 全8巻 495円〜 完結
超王道なデスゲーム系のお話ですが、読み進めていくうちに各キャラクターへ抱く感情が急激に変化……! まるで私たち読者もこの“実験”に踊らされて、自身の善悪の概念が覆されていくような不思議な感覚を覚えます。(ちゃんめい)
『かんかん橋をわたって』
草野 誼著
ぶんか社 全10巻 各660円 完結
嫁姑ものの古典的名作。凡百のそれらとは異なるスケール感と熱量、作り込まれた細部と意外性あふれる展開はまさに超一流のエンタメ。やや大仰に言えば家父長制によって分断されてきた嫁と姑のシスターフッドの物語でもあります。(小田)
旅したい!
『北北西に曇と往け』
入江亜季著
KADOKAWA 1~5巻 682円〜
3つの秘密を持った17歳の青年・慧の探偵物語。舞台は活火山と氷河の島、アイスランド。ページをめくるたびに雲が、空が、山が、大地が、圧倒的画力とともに迫ってきて、驚きと憧れがわき上がる。実は、読後にアイスランド旅行を本気で検討しました。(中川)
ほっこり
『島さん』
川野ようぶんどう著
双葉社 1〜3巻 各693円
ベテランのコンビニ深夜アルバイト・島さんの日常を描く人情物語。一度の失敗で「人生詰んだ」と決めつけちゃう人、多くありませんか? 道を踏み外して転んでも、何度だって立ち上がれる。島さんの背中や目が、それを教えてくれます。(中川)
アツイ!
『フェルマーの料理』
小林有吾著
講談社 1~3巻 726円〜
数学オリンピックを目指していた少年が料理と出会い美味しさを“逆算”する、数学×料理の青春マンガ。高校生たちの物語ですが「今まで学んできたことは必ずつながる」という、社会人も心に留めておきたいメッセージ性を感じる作品。(ちゃんめい)
SF・歴史
『日に流れて橋に行く』
日高ショーコ著
集英社 1〜7巻 726円〜
時は明治時代。黎明期にあった日本の百貨店業界を描く歴史マンガです。主人公は男性ですが、これは近代的な都市の発展に伴い、女性が外へと働きに出始める時代のお話でもあります。読み始めたら止まらなくなること請け合いです!(小田)
『猫奥』
山村 東著
講談社 1~5巻 704円〜
舞台は江戸後期の大奥。猫好きなのに猫嫌いと勘違いされている滝山が他人のつれない飼い猫を愛でようと奮闘する物語。ポーカーフェイスをくずさずに「愛でたい」「好き!!」「モフモフする!」と心で叫ぶ行為に共鳴する人は多いはず。(中川)
『日本三國』
松木いっか著
小学館 1~2巻 各715円
武力ではなく“知力”で成り上がっていく、新感覚の歴史物語! 主人公・青輝が、持ち前の知力と雄弁さで敵を倒していくシーン、そして予想外の裏切りや怒濤の心理戦は圧巻。息をするのも忘れるくらい没入してしまいます。(ちゃんめい)
撮影/kimyongduck 取材・原文/東 美希 ※BAILA2022年11月号掲載