書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、人と人とのつながりの中で生きることの功罪を教えてくれる小説2冊、今村夏子の『とんこつQ&A』と瀬尾まいこの『掬えば手には』をお届けします。
江南亜美子
文学の力を信じている書評家・ライター。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』。
とんこつラーメンがメニューにない中華料理店とんこつ。店員となった「わたし」は、いらっしゃいませがすぐに言えない。店主と息子の「ぼっちゃん」に励まされ、メモを読み上げる方式で客応対をなんとかこなす。「とんこつQ&A」と題したノートに想定問答をまとめるが項目はどんどんのび、200を超えて……。
メモなしでしゃべれるようになった頃、新しいバイトの丘崎さんがやってくる。接客の苦手な彼女にもノートは役立つはずだった。だが店主の先妻と同じ大阪出身の彼女用に「大阪バージョン」を用意し始めたとき、関係が変わっていく。相手によかれと思う、その善意の行動に自分の足をすくわれるのだ。丘崎さんは「おかみさん」ポジションに収まり、ついに「Q&A」は「家族バージョン」へ。そこで展開される家族の会話は「わたし」の妄想なのか何なのか。
ほかに、さくらんぼが庭にある家に住む若い妻が、地域の小学生「タム」に焼いたおせっかいが、思わぬアクシデントを呼ぶ「良夫婦」など、善良で凡庸に見える人々の無意識と保身を描いた作品も。著者らしいなめらかな文体がかえって、読者の読後感にねばねばとからみついてくる。
『とんこつQ&A』
今村夏子著
講談社 1650円
「この幸せはずっと続く」普通の人々の世界の深淵
『星の子』や『こちらあみ子』など、平易で穏やかな語り口ながら読者の心をざわつかせる作品で評価の高い今村夏子の最新短編集。くすっと笑える表題作から、善意が裏返る「良夫婦」まで、全4作収録。
これも気になる!
『掬えば手には』
瀬尾まいこ著
講談社 1595円
「空回りでも同情でも」相手を思いやる温かさ
人の気持ちを的確に察するエスパー的能力を持つ梨木だが、バイト仲間の常盤さんの心だけ読めない。ある日つれない彼女の内側から別の声が聞こえて……。秘密を持つ相手の心を開かせる、温かな物語。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2022年10月号掲載