海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、石井裕也監督による完全オリジナル脚本『愛にイナズマ』をご紹介します。
『愛にイナズマ』
理不尽なことだらけの世の中で、どう生きるのか
©2023「愛にイナズマ」製作委員会
「コロナって、一体なんだったんだろうね」
『舟を編む』などで知られる石井裕也監督が、オリジナル脚本で送る新作『愛にイナズマ』の劇中で、ある人物がこうつぶやく。
今年の春以降、日本でもコロナ禍が明けた感じがある。だからといって、以前と同じというわけでもない。緊急事態宣言やステイホーム、マスクの着用をめぐるあれやこれや。生活や人生が一変して、苦しい思いをした人も少なくないだろう。そういうことは、全部なかったことになっちゃうの? そんな理不尽な思いをぐっと胸にしまいこんで、何事もなかったかのように振る舞う自分に、ふとした瞬間に違和感を覚えてしまう。
本作の主人公、26歳の折村花子(松岡茉優)は、まさにその感覚にあらがい、声を上げるべく、行動に移す女性だ。コロナ禍で、幼い頃から夢見てきた映画監督デビュー目前で、すべてを奪われてしまう。助監督からセクハラを受け、プロデューサーには“業界の常識”を押しつけられ、つらいこと悲しいこと、人の死さえも、編集作業で映画をカットするみたいに「なかったことにする」ことを強要される日々。
そんななか、空気を読めない舘正夫(窪田正孝)と運命的な出会いを果たす。すぐに深いところでお互いを理解する二人は、映画を撮って社会を見返してやろうと、題材を求めて花子の実家へ。母親が幼い頃に失踪したという折村家の父(佐藤浩市)と二人の兄、誠一(池松壮亮)と雄二(若葉竜也)らを相手に、花子はカメラをかまえて真実を話せと詰め寄る。
序盤は、自分の声を封じられまくる花子の生きづらさ、息苦しさに共感&同情しきり。ところが、実家に戻った途端、視点が反転する。「真実の追求」を盾に、自分に何かを隠しているらしい家族を強い言葉で責め立てる花子の態度に、少し引いてしまう。たとえ正論であったとしても、言葉を押し殺していた花子と同じく、誰もが胸の内に、口には出せない思いや事情を抱えているかもしれないのだから。
コロナで世界は変わってしまった。それは、どうしようもない事実だろう。同じように、人生において起きたことは変えられない。でも、その問題をなかったことにするのではなく、自分を信じ、どう向き合うのかで人生がよいほうに向かうこともあるはず。そう信じさせてくれる花子の再生と成長の物語は、自分もまた誰かにとって傷つける側の人間になり得る可能性に気づかせてくれる。
第三者の視点で俯瞰する、観客だけに見えている“真実”があるからこそ、この物語が伝えようとしているメッセージが身にしみる。
監督・脚本/石井裕也
出演/松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也/佐藤浩市
公開/10月27日(金)より、全国公開
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イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年11月号掲載