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【第96回アカデミー賞ノミネート作品】映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』"搾取してもいい"と思わせる社会は誰が作るのか?【今祥枝の考える映画vol.21】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第21回は、1920年代に実際に起きたネイティブ・アメリカンの部族オセージの連続殺人事件を描く『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』です。

1920年代に起きた、ネイティブ・アメリカンの部族オセージの連続殺人事件

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン 主演のレオナルド・ディカプリオと妻役のリリー・グラッドストーンの写真

オセージのモリーに近づき、結婚するアーネスト。3人の子どもをもうけるも、彼女の信頼と愛を裏切ることに……。原作は、1920年代に起きた連続殺人事件を題材にしたデイヴィッド・グランの1920年代に起きた連続殺人事件のノンフィクション『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』。

読者の皆さま、こんにちは。

最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第21回は、マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオの6度目のコラボとなる『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』です。

アメリカの先住民族、ネイティブ・アメリカンについて考えるとき、漠然とではあっても、その迫害された苦難の歴史を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

しかし、ネイティブ・アメリカンの部族オセージをめぐる悲劇、白人による連続殺人事件を描いた本作を観ると、ここまであからさまな人権侵害があるだろうかと衝撃を受けるでしょう。そして、このような歴史が今もなお、大きな影を落としていることが想像できます。

オセージは故郷から西へ追いやられ、アメリカ政府によって1800年代後半までにオクラホマ州のいわゆる「インディアン準州」に集められました。1884年、その土地で石油が発見されると、部族は鉱業権を保持したまま開発業者に土地を貸し出し、世界で最も裕福な民族のひとつとなりました。しかし、そこには貪欲な白人の投資家たちが押し寄せました。


当時、オセージの人々は“無能”とみなされており、石油に使用料により富が拡大すると、アメリカ政府はオセージの財産管理を助けるために後見人制度を設けました。後見人として白人男性にオセージの銀行口座を管理する権限を与え、石油使用料はオセージではなくアメリカ政府のもとへ。

この悪質な人種差別的後見制度を通じて、多額の利益がオセージから盗み出されたのでした。映画では、オセージの有益な“均等受益権”(石油権利を含む)を手に入れるために、一族と婚姻関係を結び、妻や受益権を持つオセージを殺す白人男性たちを描きます。

中には、妻を殺害後、二人の幼い子どもたちの命さえ奪おうと考えている白人男性も。殺害の方法やオセージを追い詰めていく狡猾で残忍なやり口など、それはもう吐き気を催すほどの醜悪さです。結果として、何十人ものオセージが不可解な状況で殺害されるという連続殺人事件が起こりました。

そうした白人男性の一人で、第一次世界大戦の退役軍人であるアーネスト・バークハートが、本作の主人公。レオナルド・ディカプリオが、あきれるほど情けなくも愚かなアーネストを熱演しています。

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン アーネストの妻モリーの写真

裕福なオセージの女性たち。美しい衣装のほか彼らの文化は最大限の敬意を持って再現された。スコセッシ監督はオセージの歴史や文化、伝統、懸念について彼らと話し合い、彼らの抱く夢を聞き、製作のあらゆる段階でコミュニティと関わりながら作り上げた。

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン ウィリアム役のロバート・デ・ニーロの写真

アーネストの叔父で、地元の有力者として絶大な影響力を持つウィリアム。表向きは親切で人当たりがよいが、その実は策略に長け、徹底的にオセージの財産を奪い取ろうとする残忍な人物を、ロバート・デ・ニーロが老獪に演じる。ディカプリオとは、『ボーイズ・ライフ』(1993年)以来の共演!

白人男性にがっちりと固められた社会制度の中で、身動きが取れないオセージの女性たち

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン 主演のレオナルド・ディカプリオの写真

自ら犯罪に加担しているのに、うっかり観客の同情を誘うアーネスト。レオナルド・ディカプリオのチームは『ギャング・オブ・ ニューヨーク』、『ディパーテッド』、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などに続く6度目のコラボレーションとして、本作の原作の映画化をマーティン・スコセッシに持ちかけた。

原作とは視点を変えて、本作はアーネストとオセージの妻モリーの個人的な物語として、連続殺人事件を描きます。

親族を次々と失い、夫の裏切りにもあうモリーを演じて強い印象を残すのは、ネイティブ・アメリカンのブラックフット族の俳優リリー・グラッドストーン。そして、地元の有力者として君臨する叔父ウィリアム・ヘイル役は、ロバート・デ・ニーロ。アーネストは叔父が企てた陰謀に加担し、モリーを不幸のどん底へと突き落としていきます。

モリーの家では使用人として、白人たちが使用人の服などを着て家事などをしているのですが、男性も女性も、その心の奥底では主人であるオセージの死を望んでいるかのように見えることも。笑顔ではあっても深読みしたくなる目の冷たさやあいまいな表情が、しばしば不気味に映ります。こうした日常の何気ない風景の中にも、この地に起きていることの異様さを伝えるスコセッシの手腕が、全編にわたって冴え渡ります。

そのような状況の中で、次々と親族が怪死していくわけですから、持病もあるモリーが精神的に参ってしまうのは当然でしょう。

犠牲になるのは女性だけではありません。しかし、モリーの姉妹も含めて徹底的にターゲットにされる女性たちのなすすべもない様は、あまりにも哀れで居た堪れないものがあります。何かおかしいとは思っても、がっちりと白人たちに固められてしまった社会制度の中で、オセージの女性たちはあまりにも非力です。

それでも、なけなしの力を振り絞り、最善を尽くそうとするモリー。穏やかで落ち着いた彼女は、一見すると受け身のようでいて、驚くほどのタフさと芯の強さを発揮します。そのキャラクターは、ディカプリオやデ・ニーロほかベテラン勢の演技巧者を向こうに回して、深い悲しみと豊かな愛情を静かに伝えて胸を打ちます。

政府容認のもと、ネイティブ・アメリカンの命を軽んじる差別と憎しみの感情

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン アーネストの妻モリーの写真

つらい立ち場に置かれ、過酷な運命に見舞われながらも、寡黙に芯の強さを発揮し、気品にあふれたモリー。ネイティブ・アメリカンの俳優リリー・グラッドストーンの役作りが秀逸。

対して、モリーと子どもを愛しているのに、ウィリアムの言うことを聞いてしまうアーネストの“弱さ”には嫌悪感も。

夫婦の愛憎をめぐる事件は古今東西、珍しいことではありません。しかし、次々とオセージが殺され、モリーの心身の苦しみが増す中で、そのことに加担している身でありながらも涙を流すアーネスト。愛情を抱きながら信頼を裏切り、それなのにまだモリーに甘えようとする態度は人種マジョリティの傲慢さそのもの。どこまで人をばかにしているのかと憤りを覚えます。

この矛盾に満ちたアーネストのキャラクターに対して、すべてを諦めて運命を受け入れているかのように見えるモリーの胸中とは、いかばかりだったのか。


スコセッシは「(彼らの)動機はより多くを欲しがること」であり、そうした物語に心引かれると語っています。より多くの土地、より多くのお金、より多くの何か。ある程度なら、それは人間が持つ自然な欲求であり、現代の資本主義社会において普遍的なテーマでもあるでしょう。

しかし、自分たちの利益のためにはネイティブ・アメリカンなど殺されても当然だと考える白人たちの人種差別と偏見、あるいは憎しみが、ここまであからさまに横行する例を観ながら、現代の人種差別やヘイトクライムと重ねて考えずにはいられません。たとえ1世紀も前の事件であったとしても、理不尽に命を奪われた女性たちの声に耳を傾けるきっかけを、本作は与えてくれます。

正直なところ、上映時間206分の大作であっても、原作で描かれていることをすべて網羅しているとは言えません(その必要もないのですが)。映画とは異なる視点と多くの要素が盛り込まれている原作、デイヴィッド・グラン著『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』にアプローチしてみると、より一層映画とこの事件への理解が深まるでしょう。秋の夜長に、映画と原作と両方を楽しみながら、今の時代にこの事件について知ることの意味について、じっくりと考えをめぐらせてみてはいかがでしょうか。

キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン ロバート・デ・ニーロとジェシー・プレモンスの写真

後のFBIとなる捜査局と29歳のジョン・エドガー・フーヴァー長官のもと、捜査にやってくる元テキサス・レンジャーの特別捜査官トム・ホワイト(右)。演じるのは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたジェシー・プレモンス。TVドラマ「FARGO/ファーゴ」や「ブレイキング・バッド」でもおなじみだ。対して、表情一つ変えずに、捜査の手が伸びても逃げ切れると信じて疑わないウィリアム(左)。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』2023年10月20日(金)より、世界同時劇場公開

監督:マーティン・スコセッシ
脚本:エリック・ロス、マーティン・スコセッシ

出演:レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーンほか
画像提供 Apple

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の公式サイトはこちら

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