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「子はかすがい」につきつけられる、残酷な真実。『 #靴ひものロンド 』【今祥枝の考える映画vol.6】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま•さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第6回は、家族の複雑な事情を描いたイタリア映画『靴ひものロンド』です。

浮気を告白して家族を捨てた夫と、関係修復を望む妻

愛人リディアと暮らす夫アルド。2人のもとと突然訪れ、非難する妻ヴァンダ。

家族を捨てて、ローマで愛人リディア(左端)と暮らす夫アルド。ナポリから2人のもとを突然訪れた妻ヴァンダ(右端)は、周囲の目を気にせず非難する。

読者の皆さま、こんにちは。


最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第6回は、夫婦って、家族ってなんだろうと、ふと考え込んでしまう『靴ひものロンド』です。

1980年代初頭のイタリア・ナポリ。物語は、夫アルド(ルイジ・ロ・カーショ)の突然の浮気の告白から始まります。


そもそも幼い子供たちの世話にあけくれ、夫に不満を抱いていたらしい妻ヴァンダ(アルバ・ロルヴァケル)。思いの丈をぶつけるも、アルドはあっさり家族を捨てて、ローマにいる同僚で年若い浮気相手リディアの元へ移り住んでしまいます。


ヴァンダは納得できず、精神状態は次第に不安定になり、アルドの職場やリディアと一緒にいるところを待ち伏せするなど、行動もエスカレート。激昂し、泣き喚く母親を心配し、寄り添う幼い姉弟の姿に胸が痛みます。


やがて、アルドがもはや家庭に戻る気はないと悟ったヴァンダは、自殺を図るも一命を取り留め、女手一つで子育てする覚悟を決めるのでした。


数年後、アルドは久々に家族と再会を果たします。ヴァンダは仕事を得て働いており、成長した子供たちはややアルドとは距離が感じられます。


一方で、映画は老齢を迎えたアルド(シルヴィオ・オルランド)とヴァンダ(ラウラ・モランテ)の姿を映し出します。夏のバカンスへ出かけた2人が戻ってくると、家が荒らされ、ヴァンダの飼い猫は行方不明に。完全に崩壊していた夫婦に何があったのか、老齢の2人に起きた事件は誰の仕業なのか?

ラジオの朗読のホストを務めるアルドと、不倫関係にある同僚リディア。

ラジオの朗読のホストを務めるアルドと、不倫関係にある同僚のリディア。妻ヴァンダよりひと回り若いリディアは、経済的に自立した自由意志を持つ女性だ。

「家族は一緒にいるべき」という社会通念の呪縛

老齢期のヴァンダとアルドは、夏のバカンスへ。

老齢期のヴァンダとアルドは、夏のバカンスへ。表面的にはそれなりに平穏な生活を送っているように見えるが……。

本作が、割とよくある夫婦の危機の顛末に終わらないのは、大人の視点だけでなく、それをずっと見てきた子供はどう感じているのかを考えさせる点にあります。ミステリーの要素もありつつ、映画は家族の“残酷な真実”を浮き彫りにしていきます。


まず、大人の視点。


私は映画の冒頭では、一方的にヴァンダがかわいそうだと同情し、こんな冷たい男は捨ててしまえと思いました。が、次第に結婚という制度で夫を縛り続けるヴァンダが、なぜそこまで執着するのかと疑問に思い、うっすらと違和感も。


ヴァンダの考え方については、当時の社会的背景として、カトリック教国であるイタリアの伝統を考慮する必要があるでしょう。イタリアで正式に離婚を認める法律が成立したのは1970年になってからで、「夫婦は一生添い遂げるべき」という社会通念が今よりもずっと色濃い時代でした。現代の日本でも、「家族は一緒にいるべき」だとする考え方は一般的には根強くあるように思います。

ヴァンダが夫婦であり続けることにこだわった理由は、そうした社会通念に基づき努力してきたこれまでの人生が、離婚によって無駄だったと否定されるような気がしたからかもしれません。

「子はかすがい」とは、言うけれど……

数年ぶりに家族と再会したアルド。姉アンナは弟アンドロの靴ひもの結び方を父に伝える。

数年ぶりに家族と再会したアルド。息子サンドロの一風変わった靴ひもの結び方が自分と同じであることを知り、家族への思いを強くする。

そして、子供は親をどう見ていたのでしょうか?

劇中、とても印象的なシーンがあります。それは、アルドが子供たちと面会した際に、姉アンナが、弟のサンドロは、一風変わった靴ひもの結び方をする、と言ったときのこと。サンドロの結び方は、多くの時間が家庭に不在で、結び方を教えたわけではないのにアルドのそれと同じだったのです。改めて姉弟に結び方を教えたアルドは、絆の強い、安定した家庭の価値を再確認したのだと推測することができます。

本作の原題『Lacci』は、原語では結んだりつなぎとめたり捕まえたりするための縄や紐やリボンなどを広く指し、転じて罠や絆といった意味が込められることもあるそうです(『靴ひも』訳者あとがきより)。

日本でもよく「子はかすがい」と言いますよね。それはその通りだと思うし、アルドとサンドロの靴ひものエピソードも、一見いい話のようにも思えます。しかし、勝手にかすがいにされた子供たちの気持ちはどうなのか? 

子供のために家庭を守ったというと、聞こえはいいかもしれません。でも、もしもヴァンダとアルドが子供の存在を、自分たちの決断を正当化する理由にしているとしたら……? 「こうあるべき」にとらわれることのリスク、あるいは社会通念=正解と信じたくなったときに、実は思わぬ落とし穴があるのかも、とも。

大人になったアンナとサンドロの姿に複雑な思いがして、夫婦ってなんだろう、家族ってなんだろうと考え込んでしまうのでした。

いがみ合う両親の間で、子供たちは何を思いながら成長したのか? 

いがみ合う両親の間で、子供たちは何を思いながら成長したのか? 家族のあり方を改めて考えさせられるイタリア映画の秀作!

『靴ひものロンド』

9月9日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

©️ Photo Gianni Fiorito/Design Benjamin Seznec/TROIKA ©2020 IBC Movie

監督・脚本・編集:ダニエーレ・ルケッティ

原作・脚本:ドメニコ・スタルノーネ

脚本:フランチェスコ・ピッコロ

出演:アルバ・ロルヴァケル、ルイジ・ロ・カーショ、ラウラ・モランテ、シルヴィオ・オルランド、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、アドリアーノ・ジャンニーニほか

『靴ひものロンド』公式サイトはこちら

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