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『ベイビー・ブローカー』妊娠・出産・子育ての責任は、なぜ女性の側に負わされがちなのか 【今祥枝の考える映画vol.2】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。

赤ちゃんポストで出会った人々が、よりよい養父母を探す旅に出る

ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、イ・ジウンらが赤ん坊の養父母を探す旅に出る

写真左から赤ん坊の母親ソヨン、自称・善意のブローカーのサンヒョン、サンヒョンの協力者で、施設で働くドンス。条件のよい養父母を探しながら、絆を深めていく。

読者の皆さま、こんにちは。

最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第2回は、是枝裕和監督の初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』です。

5月に開催されたカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞をソン・ガンホ(『パラサイト 半地下の家族』)が、またエキュメニカル審査員賞(キリスト教系団体が贈る賞)も受賞した話題作。「赤ちゃんポスト」で出会った人々のドラマが、韓国の美しい風景とともにロードムービーとして展開します。

赤ちゃんポストとは、様々な事情で育てられない赤ん坊を匿名で預け入れることのできる窓口のこと。この窓口に預けられた赤ん坊をこっそり連れ去り、子どもが欲しいと願う家庭に売っているブローカーが、本作の主人公サンヒョン(ソン・ガンホ)です。


ある雨の夜、若い女性ソヨン(イ・ジウン/歌手のIU)が赤ん坊を窓口に置いていきます。サンヒョンの協力者で、赤ちゃんポストがある施設で働くドンス(カン・ドンウォン)は、その赤ん坊をサンヒョンのもとへ。

しかし、翌朝ソヨンが思い直して戻ってきたことからサンヒョンらは計画の変更を余儀なくされ、ソヨンを説得して、赤ん坊によりよい養父母を見つけるための旅に出ることに。4人を乗せた車を、犯行現場を押さえてブローカーである彼らを逮捕するべく、刑事スジン(ペ・ドゥナ)とイ刑事(イ・ジュヨン)が追跡します。

なるべく高く赤ん坊を売ろうとするブローカーは悪人なのか、実の子どもを高く売るための旅に同行する母親とは、一体どんな人物なのか。ソヨンが赤ん坊を置き去る姿に刑事スジンが言い捨てるように、「育てられないなら、産まなければいいのに」と思う人もいるでしょう。


クリーニング店を営むが借金がかさんでいるソン・ガンホ演じるサンヒョン

クリーニング店を経営しているが借金にあえぐブローカーのサンヒョン。是枝監督がソン・ガンホを想定して脚本を執筆したというだけあって、さすがの名演を披露。

サンヒョンの協力者で施設で働くドンスを演じるのはカン・ドンウォン

サンヒョンのブローカーのパートナー、ドンスを演じるのは『華麗なるリベンジ』のカン・ドンウォン。複雑な生い立ちを抱えるドンスを好演!

妊娠・出産・子育ての責任が、なぜ女性の側に負わされがちなのか

赤ん坊を赤ちゃんポストに置き去りにした母親ソヨン役のイ・ジウンは、韓国の国民的歌手IUとしても大人気。

是枝監督が『マイ・ディア・ミスター 〜私のおじさん〜』を観て「ハマった」というソヨン役のイ・ジウン。IUというアーティスト名で活動するシンガーソングライターで、韓国では絶大な人気を誇るK-POPクイーンでもある。

本作はどの視点から観るか、ジェンダーや育った環境、子どもを持つ親であるか否かによって、感想や評価はかなり違ったものになると思います。

女性の多くがソヨンには感じるものがあると思うのですが、子どもを持たない身の私が最も気になったのはソヨンです。当たり前のこととして、妊娠は一人でできるものではありません。しかし、この手の問題では往々にして女性ばかりが報道でも取り沙汰され、父親不在で議論がなされることも多い。理不尽ですよね。

同じように、育児もまた女性だけに責任があるわけではありません。「育てられないなら産むな」という言葉は現実でもよく目にしますが、その責任がなぜ女性一人にあると考えることが“普通”なのか。

赤ちゃんポストについては劇中セリフにもありますが、“母親を甘やかす”など、多くの辛辣な批判が存在します。しかし目を向けるべき点は、そこまで追い詰められた理由や背景にこそあるでしょう。

映画を観終わったとき、ソヨンや赤ちゃんポストに対してどのような感情を抱くのかについては、子を持つ親御さんの感想もぜひ知りたいです。


プローカーを追う刑事スジンと後輩のイ刑事。

ブローカーを追うスジンと後輩のイ刑事のコンビもいい味! スジン役のぺ・ドゥナは是枝監督の『空気人形』以来のコラボ。イ役は『梨泰院クラス』のイ・ジュヨン。

もう一つ記憶に残ったのは、ソヨンと刑事スジンが劇中で交わした「産む前に中絶するより、産んで捨てる方が悪いのか」といったやりとりです。これはどちらがいいか悪いかでは語れない問題でしょう。

中絶は女性の権利だと私は思います。どのようにして妊娠に至ったのかには個々の事情があるわけですが、女性が自分の体について決定権を持つことは当然のことだとも。

一方で、どういう経緯があって母親が出産したのかは別として、この世に産まれてきた子どもは無条件に守られるべき存在であり、社会には守る責務があります。しかし、母親やシングルマザーをめぐる社会制度はとても充分とは言えません。世間の目が冷たいと感じることもある。責務が果たされていないからこそ、最後の命綱として赤ちゃんポストがあるのですよね。


「生まれてきてありがとう」という言葉に救われる人々

是枝監督は、親に捨てられた子に「『生まれてきてよかったんだよ』とまっすぐに伝えてあげられる作品にしたかった」とインタビューで語っていました。

本作では、旅の途中でサンヒョン、ドンス、ソヨンがそれぞれの理由から「赤ん坊に温かい家庭を与えたい」と願う気持ちが丁寧に描かれます。

そして血のつながった家族には恵まれなくとも、彼らの間には自分たちが本当に渇望していたもの=絆が生まれていく。この擬似家族、血縁ではない者同士の関係性は、『万引き家族』や『そして父になる』など是枝監督の代表作に通じるものがあります。

血のつながった親子関係だけが幸せの形ではないですよね。

「生まれてきてありがとう」という言葉を、世の中のどれほど多くの孤独を抱えている人々が渇望しているか。俳優陣の味わい深い演技も相まって、どうしようもなく泣けてしまうのでした。


赤ん坊の養父母を必死で探すサンヒョンとドンス。

2010年の『義兄弟 SECRET REUNION』以来の共演となるソン・ガンホとカン・ドンウォンのコンビネーションが絶妙。『パラサイト 半地下の家族』などの撮影を手がけたホン・ギョンピョによる映像美にも注目を。


『ベイビー・ブローカー』

2022年6月24日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

ⓒ 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED 

監督・脚本・編集:是枝裕和

出演:ソン・ガンホ 、カン・ドンウォン 、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン

『ベイビー・ブローカー』公式サイトはこちら

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