BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第5回は、34歳独身女性がままならない人生に思い悩む『セイント・フランシス』です。
34歳独身、仕事もプライベートも冴えない女性の焦燥感
34歳独身のブリジットは、すべてが中途半端で冴えない日々に焦るばかり。子守りの仕事をゲットして、6歳の少女フランスシスと同じ目線で向き合うブリジットは、自分が思っているよりもずっと素敵な人!
読者の皆さま、こんにちは。
最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第5回は、バイラ世代の女性の体についての“あるある”や悩みが共感必至の『セイント・フランシス』です。
主人公のブリジット(ケリー・オサリヴァン)は、34歳独身女性。気がつけば、周囲の友人たちは家庭を築き、子育ての話ばかり。一方、自分は大学を中退し、今はレストランの給仕をしながら、夏の短期のナニー(子守り)の仕事を得ようと必死になっている。うだつの上がらない日々に焦燥感だけが募っていきます。
そんなブリジットの冴えない日々に、子守りをすることになった6歳の少女フランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)と、彼女の両親であるレズビアンカップルとの出会いが、少しずつではあるけれど、変化をもたらしていきます。
あらすじを読んだだけで想像できるように、『セイント・フランシス』にはアラサー“あるある”がてんこ盛り。でも、この映画を特別なものにしているのは、生理や避妊、妊娠、中絶といった、女性の体にかかる負担やプレッシャーを赤裸々に描いていることにあるのです。
女性にとって、生理に関する悩みは尽きない!
34歳の時に自らの経験を盛り込み、脚本を執筆したケリー・オサリヴァンが、等身大のブリジットを好演! 監督は、私生活のパートナーであるアレックス・トンプソン。
例えば、生理。ブリジットの場合は周期が少し乱れていたりもするし、経血量が多め。恋人やいいなと思える男性と出会ってセックスをするときも、予期せぬタイミングで生理が始まったり、経血量の多さにばつが悪い思いをすることも。
この映画では、その経血の赤い色を見せることに臆することなく、「現実として、こういうことになりますよね?」といった光景を、淡々と映し出していきます。
男性の中には、そうした描写や実際にそのような場面に遭遇したら、不快に感じる人もいるかもしれません。でも、考えてみたら不思議ですよね。例えば、血みどろのホラー映画やアクション大作では大量の血が流れるのを好んで見る人は少なくないのに、より身近な女性の日常の風景を描くと、“不快”だと言われてしまう。
そもそも、かつて生理用品のCMでは、さわやかなイメージにしたかったのか、ブルーの液体が吸収性の高さを証明するために使われたりしていました。また時代は変わったとはいえ、今だに女性は学校でも職場でも、基本的には生理用品を隠し持って、トイレに行くことが多いでしょう。それがまるで、何か恥ずかしいことでもあるように。
「年相応になりなよ」という社会の無言のプレッシャー
自己肯定感がすっかり下がってしまっているブリジット。でも、フランシスと一緒に過ごす時間は、自分が必要とされていると感じられるのか、満たされて落ち着いた表情を見せる。
仕事も恋愛も人間関係も、人生すべてがうまくいっていないときでも、生理はやってきます。周囲からは「年相応になりなよ」といった圧力や憐れみの視線を感じて、心底みじめな気持ちになったときでも、PMSは容赦なく気力も体力も奪っていきます。
大人になれない自分が悪いのか? でも、どうしていいかわからない……。下腹の痛みを感じながら、心の中でパニックになるブリジットの心情があまりにもわかりすぎて、痛々しいやら泣けてしまうやら。
主演のオサリヴァンは、まさに34歳の時に、本作の脚本を執筆しました。生理やセックス、避妊、そして思いがけない妊娠から中絶まで、自身の体験をたっぷりと盛り込んだ内容だからこそ、すべてのエピソードに実感がこもっているし、臨場感も説得力もあるのでしょう。
この映画は、女性の体に関することを神秘のベールでくるんで、触れてはいけないことのように描くことを徹底して避けています。よく映画やドラマで見られることですが、妊娠や中絶をことさらドラマチックに描いたりもしません。妊娠の可能性がある女性がセックスをすれば、誰もが直面し得る出来事を当たり前のこととして描いている。そのことが、むしろ新鮮に感じられるのでした。
あわせて観たい!『わたしは最悪。』&『私ときどきレッサーパンダ』
近年、この種の女性の体に関することは、随分とオープンに語られるようになっています。一方で、長年映画やドラマに親しんでいる身としては、特に身近な生理について、現在のようなリアルな表現に至るまでには時間がかかった気もしますが、ようやくここにきて『セイント・フランシス』のような作品は増えていると実感しています。
BAILA本誌で紹介した『わたしは最悪。』(劇場公開中)は、まさにそんな一作。主人公ユリヤの人間としての成長の速度と、妊娠・出産の適齢期からくるプレッシャーの関係性、ジレンマは、『セイント・フランシス』に通じます。
20代は失敗も挑戦も許されたのに、30歳を過ぎると途端に、キャリアでもプライベートでも何かしらの成果を上げていることが、当然のこととして要求される。そうした社会通念に息苦しさを感じたり、戸惑いを覚える人は少なくないでしょう。
もう一つ、この種の映画でおすすめしたいのが、ピクサーアニメーションの大ヒット作『私ときどきレッサーパンダ』(ディズニープラスで独占配信中)です。
感情が高ぶると、巨大なレッサーパンダに変身する不思議な能力を受け継いだ13歳のメイの物語。制御不能で厄介な変身能力は、きっかけとなった初潮を表現しており、生理や性的な興味について率直に描きながらも、子どもから大人まで楽しめる一作です。
あわせてチェックしてみてくださいね!
一夏をともに過ごしたブリジットとフランシスがキュート。子どもだろうが大人だろうが、人生に悩みは尽きないけれど、不安な気持ちでいる人に寄り添うような、やさしさとユーモアにあふれた愛すべき青春映画です!
『セイント・フランシス』
8月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネクイントほか全国順次公開
©️ 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED
監督:アレックス・トンプソン
脚本:ケリー・オサリヴァン
プロデューサー:アレックス・トンプソン、ジェームス・チョイ
出演:ケリー・オサリヴァン、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ、チャリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェクほか