BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第3回はバズ・ラーマン監督『エルヴィス』です!
エルヴィス役で大注目! オースティン・バトラーの圧巻のパフォーマンスに大興奮
「Trouble」ほかを熱唱する伝説のライブシーンの再現から立ち居振る舞いまで、エルヴィスになりきるオースティン・バトラー。エルヴィスの元妻プリシラ・プレスリーに「エルヴィスそのもの」と言わしめたほど!
読者の皆さま、こんにちは。
最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第3回は、『ムーラン・ルージュ』や『華麗なるギャツビー』のバズ・ラーマン監督の最新作『エルヴィス』です。
「世界で最も売れたソロアーティスト」としてギネス世界記録に認定されている、エルヴィス・プレスリー。伝説のロックスターとして、ビートルズやクイーンなど多くのアーティストに影響を与えました。
本作は、1950年代にスターダムを駆け上がり、1977年に42歳の若さで死んだスーパースターの波瀾万丈の人生を、迫力のライブシーン満載で描く伝記映画です。
と言われても、@BAILAをご覧の皆さんで、エルヴィスに馴染みがある人はほとんどいないですよね。でも、大丈夫。この映画はエルヴィスの人生をざっくり俯瞰できるので、予備知識はなくとも楽しめます。
物語の鍵を握るのが、トム・ハンクスが憎々しげに演じる悪名高いエルヴィスのマネージャー、トム・パーカー。彼との関係性も浮き彫りにしながら、さまざまな憶測を呼んだエルヴィスの死の真相を解き明かしていくという趣向です。
何よりも圧倒されるのが、主演のオースティン・バトラーのパフォーマンス! 約3年を費やしたボーカルトレーニングや入魂の役作りは圧巻で、セクシーすぎて不道徳だとされた独特の動きから歌声まで、そのすべてにほれぼれ。
ゴージャスな衣装やヘアメイク、誰もが一度は聴いたことのある名曲の数々。そしてラーマン監督らしさ全開のきらびやかな世界観にどっぷり浸った159分は、あっという間に感じられました。
スターダムを駆け上がるも、人種差別が色濃く残る時代に、ブラックカルチャーをいち早く取り入れたエルヴィスのパフォーマンスは保守層や世間から批判を浴びてしまう。
2度のアカデミー賞に輝くトム・ハンクスが、悪名高いエルヴィスのマネージャー、トム・パーカーを怪演。巧みな役作りは心底憎らしく思えるほど。果たして、パーカーはエルヴィスの死に関係しているのか……?
軽んじられがちなアイドルの人権と、業界の構造的な問題
2年間の徴兵期間に、エルヴィスは最愛の女性プリシラとの出会う。演じるのは『ヴィジット』の主演で知られるオーストラリア出身の俳優、オリヴィア・デヨング。衣装やヘアメイクも見どころ!
バトラーが全身全霊で観客に伝えているもの。それはエルヴィスの純粋な、心の底から湧き上がるような音楽への愛、情熱です。だからこそ、搾取されて精神的にも身体的にもバランスを崩していく本作の特に後半が、つらくもありました。
エルヴィスに限ったことではないと思いますが、アーティストの搾取は、現在にも通じる問題です。偶然にも、この映画の余韻に浸る中、6月14日に韓国の7人組アイドルグループBTSがグループでの音楽活動を休止し、ソロ活動に専念することを明かしました。
そこでリーダーのRMが涙ながらに語った心境は、『エルヴィス』に通じるものがあると感じたのです。
RMは「アイドルというシステム自体が、物理的に人間として成熟する時間を与えてくれない」「BTSを長く続けるために必要なこと」として、ファンに理解を求めました。BTSのファンの皆さんは、この告白と決断に胸を痛めたことと思います。
ごく一般的なファンというレベルの私にとっても、胸が痛む告白で悲しかった。どうしてこんなに追い込まれるまで、業界の構造的な問題としてアイドルの人権は軽んじられるのでしょうか。
ファンにとって最大の願いは“推し”の幸せ
搾取され、精神的にも肉体的にも追い詰められていくエルヴィス。それでも、自分に声援を送ってくれるファンの熱意に応えるためにも、舞台に立ち続けるエルヴィスとファンの関係性には、現代的な問題提起も。
エルヴィスの成功はマネージャーのパーカーによる部分も大きいとはいえ、映画で描かれる彼は本当に胸の悪くなるような人物で、嫌悪感しかありません。そのパーカーが目の色を変えて“売れる(金になる)”と確信したのが、エルヴィスに熱狂するファンの存在です。
エルヴィスといえば、死後半世紀近く経った今でもなお、1日で2万通ものファンレターが届くというのだから驚きます。
実際に、エルヴィスはファンを愛し、ファンのために最後の瞬間までステージに立つ人生をまっとうしました。ステージのエルヴィスに手を差し伸べ押し寄せるファンの熱狂と、エルヴィスの化学反応は、この映画のハイライトであり観客の胸を熱くします。
一方で、明らかに様子がおかしいのにラスベガスのステージに立つ姿に、「期待に応え続けること」をやめて一時的にでも休むことができたとしたら……と思わずにはいられませんでした。もちろん、ファンがいたからここまでやってこられたというのは事実であり、そんなファンの気持ちに応えたいと思う気持ちもわかるのですが。
ファンにとっては自分の推しが長く活躍してくれることはもちろんですが、最大の願いは推しの幸せですよね。
アイドルも1人の人間なのだという認識は、昔に比べればずっと進んでいるのだと思います。しかし、アーティストやアイドルをめぐる業界の構造的な問題はいまだ根深いものがある。そして、一部の心無いファンの存在も。
今後の活躍が期待されるバトラーの、今この瞬間の輝きがまぶしくもあり、現代的な問いが後を引く映画でもあります。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』などで頭角を現し、『エルヴィス』で大きく飛躍したバトラー。新作はドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF大作『DUNE/デューン 砂の惑星』の続編!
『エルヴィス』
2022年7月1日(金)全国ロードショー
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監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス 、オリヴィア・デヨング、コディ・スミット=マクフィー