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家父長制に人生を左右されてきた女性たち。『シスター 夏のわかれ道』【今祥枝の考える映画vol.10】

BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第10回は、家父長制に人生を左右される女性たちを描く映画『シスター 夏のわかれ道』です。

両親が突然他界。幼い弟の全責任が姉に委ねられる

映画シスター 夏のわかれ道 主人公アン・ランの写真

看護師として忙しく働きながら、医者になるために北京の大学院進学を目指してきたアン・ラン。見知らぬ6歳の弟ズーハンのために人生設計が崩れていく……。主演は岩井俊二監督が中国で撮影した『チィファの手紙』の若手の注目株、チャン・ツィフォン。

読者の皆さま、こんにちは。


最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第10回は、自分の夢と家族の間で葛藤する中国映画『シスター 夏のわかれ道』です。


『シスター 夏のわかれ道』は、家父長制が根強くある地域で、医師になる夢を追う看護師アン・ラン(チャン・ツィフォン)の物語。ある日、疎遠だった両親が交通事故で急死し、見知らぬ6歳の弟ズーハン(ダレン・キム)がアン・ランのもとに残されます。

一人っ子政策下で生まれたアン・ランが大学生になった時に、アン家の跡継ぎ(男子)を強く望んだ両親がもうけたのがズーハンでした。両親は跡継ぎとしての息子が欲しかったため、望まれなかった娘として育ち、早くから実家を離れたアン・ランは、そもそも弟を養う余裕などないのに、親戚一同は「姉だから弟の面倒をみるのは当然だ」と言います。

最初は「弟を養子に出す」と突き放した態度を取るアン・ランですが、とりあえず養子先が見つかるまでズーハンと同居します。やがて理想的な養子先が見つかりますが、良縁を聞きつけた親戚たちが、再び家族の面倒を他人に任せることは一族の恥だ、無責任だなどとアン・ランを責めたて、先方に悪口を吹き込み破談にさせてしまいます。この辺は、本当に理解に苦しむところですが……。

誰にも頼れず、苦悩する日々の中で、アン・ランは幼いズーハンと心を通わせていきます。しかし、大学院進学のために北京へ旅立つ日は近づいてくる。自分の夢を追うか、姉として生きる道を選ぶのかで葛藤するアン・ランの姿に、いたたまれない気持ちになるのでした。

映画シスター 夏のわかれ道 6歳の弟ズーハン役のダレン・キムの写真

本作で映画デビューを飾ったダレン・キムが、6歳のズーハンを好演! お母さんが作ってくれた肉まんが食べたいと、姉アン・ランに駄々をこねて困らせる。

家父長制に人生を左右されてきた女性たち

映画シスター 夏のわかれ道 主人公アン・ランと対立する伯母アン・ロンロンの写真

アン・ランに厳しくあたる伯母アン・ロンロン(写真右)にも、複雑な胸の内が……。1998年のドラマ『貧嘴張大民的幸福生活』で大ブレイクし、数多くの映画などに出演する演技派俳優ジュー・ユエンユエンが、伯母を熱演して強い印象を残す。

中国における家父長制の現状について、都市部ではかなり女性も自由に人生を選べるようになった一方で、地方ではまだまだ厳然と残っている部分がある。2つの価値観が激しくぶつかり合っている状態だと、イン・ルオシン監督は語っています。

この映画には従来の価値観、「女性である」というだけで第二の性として不当におとしめられ、家族の中でも親や兄弟のために犠牲を強いられてきた中国の女性たちの人生が描かれています。

例えば、ズーランのことで最もアン・ランを強く責め立てるのが、父方の伯母アン・ロンロン(ジュー・ユエンユエン)。家族の中では常に男兄弟が優先され、結婚後は夫に尽くし、今も経済的にも精神的にも苦しい日々を送っている彼女は、自分も苦労したのだからアン・ランも当然そうするべきだと言わんばかり。

こういう年配の女性は割と現在の日本でも見る気がしますが、進歩的な考え方を持つアン・ランの世代にとっては、厄介なもの。でも、この伯母もまた、自分の時代と今は違うのだという、現実社会の変化がわかっていないわけではないのです。ただ、それを受け入れるのに少し時間が必要なだけ。

一方、アン・ランもまた両親にひどい仕打ちを受けていました。たくさんあるのですが、私が驚いたのは、大学受験時に親に勝手に地元の看護師になる学校に志望先を変えられていたこと。その理由は「女の子は地元で親の面倒をみる」べきだからというもので、まさに子どもとは親の所有物であるとの感覚なのだと思わされます。

このような家父長制に影響を受けた女性の運命や生き方は、特定の国だけの問題ではなく、近年は世界的な問題として議論を呼んでいます。世界各国のさまざまなケースを見ても共通して思うのは、「女性は女性である以前に、一人の人間である」という基本的な人権が、なぜこれほど軽んじられているのかという点ではないでしょうか。

自分の夢を追うか、姉として生きる道を選択するか

映画シスター 夏のわかれ道 姉アン・ランと弟ズーランの写真

最初は姉アン・ランにくっついていた弟ズーラン。だが、次第に彼なりに自分が姉の負担になっていることを、敏感に察知していくところが悲しい。

アン・ランは女性かつ姉だからという理由でいくつもの家族に対する責任を負わされるのですが、当然ながら男性にもまた多大なプレッシャーがあります。

中国の一人っ子政策では圧倒的に跡取りとなるべき男子が増えたわけですが、その男女比の不自然さが結婚を難しくしています。にもかかわらず、一人息子に対する親の期待は天井知らず。

結婚し、子どもをもうけ、高齢の両親の面倒をみることが「最低限」果たさなければならない義務というのも、つらいものがありますよね。そこに女性が巻き込まれていくケース(アン・ランの伯母アン・ロンロンのように)でもまた、多くの問題が起こりうるわけですが……。

映画では、アン・ランは自分の医者になるという夢を追うためにズーハンを養子に出すことに、次第に罪悪感と迷いを覚え始めます。一緒に暮らしていたら、血のつながった弟に情が芽生えるのは当然のことでしょう。

これは私個人の考えですが、もし、映画で描かれるようにある条件を前提にズーランを養子に出すとなった場合、その決断がアン・ランの人生において、他の誰からの非難でもなく、自責の念として生涯付きまとうことになるかもしれない。その責任感には共感する部分もあります。ですが、やはりアン・ランには彼女の人生を生きて欲しいし、そうするべきだと強く思います。

映画はオープン・エンディングの形をとっています。アン・ランとズーハンのラストシーンが示唆することから、観客の皆さんはどんな人生をアン・ランに送って欲しい、送るべきだと考えるでしょうか。

映画シスター 夏のわかれ道 姉アン・ランと弟ズーランの写真

反発し合いながらも、残された家族としてズーランに愛情と絆を感じるようになるアン・ラン。監督は前作『再見、少年』(本作でアン・ラン役を演じたチャン・ツィフォン主演)で長編映画監督デビューしたイン・ルオシン。脚本は『妻の愛、娘の時』のヨウ・シャオイン。気鋭の監督&脚本の女性コンビによる映像世界は繊細かつ多くの問題提起がなされている。

『シスター 夏のわかれ道

11月25日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

©️ 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

監督:イン・ルオシン

脚本:ヨウ・シャオイン

出演:チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キムほか

『シスター 夏のわかれ道』の公式サイトはこちら

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