BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第9回は、クリスチャン ディオールのドレスに魅せられた家政婦の冒険を描く『ミセス・ハリス、パリヘ行く』です。
クリスチャン ディオールの夢のドレスを求めてパリへ!
クリスチャン ディオールの美しいドレスが多数登場! 1957年のメゾン ディオールを再現したファッションショーにもため息。ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ファントム・スレッド』でオスカー候補になったレスリー・マンヴィルが、夢に一直線の主人公を好演!
読者の皆さま、こんにちは。
最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第9回は、夢を見るのに遅すぎることはない!と勇気がわいてくるハッピーな映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』です。
1950年代のロンドン。戦争で愛する夫を亡くし、家政婦として働くミセス・ハリス(レスリー・マンヴィル)は、ある雇い主の家のクローゼットにあった、美しく輝くようなクリスチャン ディオールのドレスに一瞬にして魅了されます。
いつもご機嫌で親切で、驚くほど打たれ強く、くじけそうになりながらも常に前を向く。そんなミセス・ハリスが一念発起して、500ポンド(現在の価値としては、日本円にして250万円〜400万円くらいと考えられる)もするクリスチャン ディオールのドレスを仕立ててもらうために、パリに行くことを決意します。
突然の無謀な計画には、予想どおり厳しい現実も。それでも多くの人々がミセス・ハリスの夢を、なんとか叶えたいと応援します。その関わった人々の善意が、本当に心地いい。
映画を観ていると、場違いだとか身の程しらずだと言って見下した態度を取る人の方が、よほど哀れに思えます。何であれ、人の夢や必死さ、頑張りを、自分の価値観や一般論、他人の意見に同調して一刀両断、くさすような人間にはなりたくないなと、改めて強く思いました。
ディオール本店の威圧的なマネージャー、コルベールに、思いっきり見下されて追い出されそうになるミセス・ハリス。コルベール役は、『ピアニスト』『8人の女たち』『エル ELLE』ほかで主要な国際映画祭で受賞歴のあるイザベル・ユペール(写真左)。
映画業界に根強くある女優に対するエイジズム
どんな場所でも自分に自信を持ち、堂々としているミセス・ハリスの前に現れた強力な味方、シャサーニュ侯爵(ランベール・ウィルソン)。新たなロマンスの予感に、心ときめくミセス・ハリスが可愛らしい。
さて、この映画で考えてみたいのはエイジズム(年齢差別)についてです。エイジズムとは、年齢に基づいたステレオタイプや偏見、差別のこと。ハリウッドに限ったことではありませんが、映画業界にはレイシズム(人種差別)、セクシズム(性差別)とともに、このエイジズムが根強くあります。
セクシズムに加えてエイジズムもまた、特に女優(あえて女優と書きますが)にとっては大きな問題でしょう。
例えば、昔からハリウッドでは、女優は40代になると途端に依頼が少なくなるといわれてきました。マギー・ジレンホールは2015年の37歳当時、「55歳の男性の恋人役には年寄り過ぎると言われた」と赤裸々に語り、話題になりました。
このようなエイジズムの問題は、現在では少しずつではありますが、是正される方向にはあります。記憶に新しいところでは、Netflix映画『ドント・ルック・アップ』で、レオナルド・ディカプリオの妻役を、実際にディカプリオより3歳年下の同年代の女優メラニー・リンスキーが演じたことが話題になりました(これが話題になること自体がおかしな話ですが)。
一方、『ミセス・ハリス、パリへ行く』のように欧州に軸がある作品には、ハリウッドに比べるとより中高年の女性が主人公で、かつ多様な形で描かれている映画が多くある印象です。カトリーヌ・ドヌーヴやジャンヌ・モローからヘレン・ミレンなどを思い浮かべてみるといいかもしれません。
確かに、1958年に出版された人気小説『ハリスおばさんパリへ行く』を原作とする本作は、ある種のファンタジーです。しかし、ミセス・ハリスには絶妙にリアルな人生の悲哀や年齢を感じさせるものも。その塩梅を、『ファントム・スレッド』でオスカー候補になった英国の演技派俳優レスリー・マンヴィルが、愛すべきキャラクターとして体現しています。
年齢を理由に、自らにステレオタイプを課してしまうのはもったいない
ミセス・ハリスは、ディオールの会計士アンドレ(リュカ・ブラヴォー/写真右)やモデルのナターシャ(アルバ・バチスタ)、そしてドレスを作るお針子たちをも味方につけて、失敗もしながらパリでの滞在を満喫!
このように年齢を重ねた女性が主人公(ここが大事!)の映画が増えれば、演じる女優にもやりがいのある役を得るチャンスが多くなるということ。
ハリウッド映画では、近いところだとサンドラ・ブロック主演の『ザ・ロストシティ』がありました。しかし、アメリカでは2000年代以降、映画以上にTV・動画配信サービスの領域で、映画に匹敵する作品で年齢を重ねた女優たちが、誰かの母親や妻、恋人といった役割ではなく、主演を務めて作品を牽引している秀作が数多く生まれています。
最近では、実在の料理研究家を描いたドラマ『ジュリア -アメリカの食卓を変えたシェフ-』が、まさにそう。50代で新天地のTVの料理番組に挑戦して大成功を収めた彼女もまた、シェフやTV業界のエイジズム、セクシズムに直面しますが、我が道を一直線に突き進みます。生き生きとジュリアを体現するサラ・ランカシャーの演技に魅了されます。
年齢を理由に、自らにステレオタイプを課してしまう。無意識であれ自覚的であれ、珍しくないことでしょう。でも、『ミセス・ハリス、パリへ行く』を観ていると、何歳であっても「もう◯歳だから」と考えるなんてもったいない!と思うはず。
自分が着たいと思う服を着て、やりたいことがあるなら周囲の目を気にせずトライする。ミセス・ハリスのラストの笑顔に、大事なことは「自分がハッピーだと感じるか否か」に尽きると思いました。そうした自分の生き方に対して冷笑的な態度を取るような人とは、積極的に距離を置きたいものです。
地元の友人のヴェイ(エレン・トーマス/ミセス・ハリスの隣の女性)やアーチー(ジェイソン・アイザックス)、そしてパリで関わった人々との豊かな絆は、ミセス・ハリスの人柄ゆえ。果たして、夢のドレスを手に入れることはできるのか……?
『ミセス・ハリス、パリへ行く』
11月18日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開
©️ 2022 FOCUS FEATURES LLC.
監督:アンソニー・ファビアン
出演:レスリー・マンヴィル、イザベル・ユペール、ジェイソン・アイザックスほか