海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたクリステン・スチュワートが演じるダイアナ元妃の、気高くも切ない、誰も知らない決意の3日間の物語『スペンサー ダイアナの決意』をご紹介。ダイアナ元妃の心情を追体験するような映像世界は必見です!

Photo credit:Pablo Larrain
『スペンサー ダイアナの決意』
王座を捨ててでも、自分のアイデンティティを確立しようと決意するプリンセスの物語――。そう聞くと、現代のディズニープリンセスを思い浮かべるだろうか。だが、映画『スペンサー』は、想像しうる従来のそれらとはまったく印象の異なる、ダイアナ元妃の内面に踏み込んだ作品だ。
1997年に不慮の死を遂げたダイアナは、イギリスの名門貴族スペンサー伯爵家の令嬢として生まれ、’81年にチャールズ皇太子と結婚。2児をもうけるが、’96年に離婚した。終始パパラッチに追い回され、チャールズ皇太子と愛人カミラ夫人との関係に苦しみ、イギリス王室の伝統になじめなかったダイアナ。本作が焦点を当てているのは、うつ病と過食症で精神が崩壊寸前だったと想像できる、’91年のクリスマスの一日。暗闇から新しい人生へ一歩踏み出すにいたる、心の変遷である。
例年どおり、エリザベス女王の私邸に集まってくる親族たち。ダイアナは無言の非難の圧を一身に受けて、神経をすり減らしていく。『アクトレス〜女たちの舞台〜』のアメリカ人俳優クリステン・スチュワートが、ダイアナ本人を研究し尽くした魂の演技で観客を引き込む。それはダイアナの心情を追体験するようでもある。
部屋に置かれたアン・ブーリン王妃の書物の影響により、新しい妻を娶めとりたい王に処刑されたアンに自らを重ねて、幻覚の深みにはまっていくダイアナ。あるいは、夫の愛人と同じ贈り物であるパールのネックレスをつけて出席した晩餐会の席では、パールを引きちぎり、口の中に入れてかみ砕く。あくまでもイメージを具現化した映像ではあるが、直後にトイレで吐き出す姿が、過食症の過酷な体験を伝えて痛ましい。
望んで結婚し、覚悟を決めて王室の一員になったとはいえ、ここまで一人の人間の尊厳が奪われるようなことがあってよいのか。そんな強い思いがわいてくる人も多いはずだ。
同時に、たとえようもないほど美しい映画でもある。特に2度のオスカー受賞歴のある衣装デザイナー、ジャクリーン・デュランが手がけるダイアナの服は、もう一人の主役だろう。初めて感情をあらわにして何かが解き放たれる瞬間に着ている、オートクチュールのシャネルのイブニングドレスのはかなげな美しさ。また、ダイアナは明るい色の服を着ることが多かったが、本作における赤い服には、内に秘めた強い意志が表れているかのよう。
監督は、『ジャッキー/ファーストレディ最後の使命』のパブロ・ラライン。目に映るすべてが意味するものを深読みしながら、本作の繊細で重層的な映像世界を味わい尽くしたい。
監督/パブロ・ラライン
出演/クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング
公開/10月14日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開
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