BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第11回は、迫力のパフォーマンスの数々とともに描かれる、歌うことに命を燃やし、愛を求めて懸命に生きた一人の女性の姿が胸を打つ『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』です。
ホイットニーの迫力のパフォーマンスが圧巻!
ホイットニーがケヴィン・コスナーと共演した映画『ボディガード』の主題歌『オールウェイズ・ラヴ・ユー』から、ボイス・コントロールの最高峰であるとされる”不可能なメドレー”まで。オリジナル音源をリミックスしてスクリーンによみがえる歌声は感動的! 『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』のナオミ・アッキーが、自身の歌声も披露して大熱演。
その圧倒的な歌声から、“THE VOICE”と称されたアーティスト、ホイットニー・ヒューストン。グラミー賞を筆頭に数多くの賞に輝き、400を超える受賞歴は女性アーティストとして史上最多。映画『ボディガード』ほか、俳優としてもカリスマ性を発揮しました。
そんな彼女が、この世を去ってから約10年。今でも彼女は音楽シーンに影響を与えると同時に、世界中のファンに愛され続けています。映画では、ホイットニー本人の歌声をスクリーンによみがえらせて、迫力のパフォーマンスをたっぷりと堪能することができます。
演じるナオミ・アッキーの渾身の演技(彼女自身が歌うシーンもある)、そして作り手の「偉大なる才能への賛辞にしたかった」という強い思い。すべての要素が相まって、ホイットニーの偉大さが臨場感を持って力強く伝わる点が、本作の最大の魅力でしょう。
ご存知の方もいると思いますが、ホイットニーといえば、ドラッグ依存症やボビー・ブラウンとの結婚生活の悲惨な顛末(1992年に結婚、2007年に離婚)。また、彼女の収入に依存する家族との確執など、どうしても悲劇的な要素、影の部分がメディアで取り沙汰されることが多く、そのイメージが常につきまといます。
この映画にもそうしたシーンは、もちろん描かれています。しかし、スポットが当たっているのは、彼女の輝ける才能と最高のパフォーマンスの数々です。その才能があまりにも素晴らしいからこそ、悲惨なシーンをことさら詳細に描き込まなくとも、失われたものの大きさ、その悲しみがより一層強く感じられるのでした。
1991年1月27日、フロリダのタンパ・スタジアムで開催された第25回スーパーボウルで、「星条旗よ永遠なれ (The Star Spangled Banner)」を熱唱したホイットニー。1億人以上のアメリカ人がこの国民的イベント中継を目撃したといわれる伝説のパフォーマンスに鳥肌!
セクシュアリティに関する世間の好奇の目
高校で出会って意気投合し、心を通わせていくホイットニーとロビン。ロビンを好演するのは、TVシリーズ『ブラックライトニング』で注目を集めたナフェッサ・ウィリアムズ。
この映画では、ホイットニーを追い詰めていた、いくつかのことについて知ることができます。その一つが、彼女がバイセクシュアルであったという描写です。
これは当事者の証言にも基づいているのですが、その人物とは10代の頃に出会い、その後長年にわたり、彼女がデビューしてからスターの座に駆け上がり、同時に苦しむ姿を最も近くで見ていたロビン・クロフォードです。
同じ学校に通い、後にアシスタントとしてホイットニーをサポートしていたロビン。いつも一緒だった二人は、同性愛者ではないかとゴシップ誌にも騒がれました。ホイットニーは一貫してそのことを否定し、ボビーと結婚して子供をもうけ、家庭を築きました。1980年代にアフリカ系アメリカ人女性のスターが、仮にそう願ったとしてもカミングアウトするのは難しい選択だったでしょう。
映画で描かれる二人は本当に幸せそうで、もし今の時代に生きていたら、ホイットニーはもっと生きやすかったのだろうかと思わずにはいられませんでした。
この事実に励まされる人も多いでしょう。一方で、どんな理由があったにせよ、本人が生涯を通じて語りたくなかったことを、ボビーや関係者、当事者であっても、回顧録やインタビューなどを通じて世間に語ることには疑問もあります。
実話に基づく作品の受け止め方
ホイットニーの複雑な半生を、彼女の音楽への情熱と才能に重点を置き、アーティストとしての偉大さを称える本作。監督は『ハリエット』のケイシー・レイモンズ、脚本は『ボヘミアン・ラプソディ』を担当したアンソニー・マクカーテン。プロデューサーをつとめるのは、ボブ・ディランやバーブラ・ストライサンドほか、ホイットニーのキャリアにおいても重要な役割を果たした音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィス(映画ではスタンリー・トゥッチが演じている)。
近年は、このように故人を映像作品で描くことに対する批判もあります。自分では反論することのできない故人の過去を白日のもとにさらし、本人以外には知り得ないことを事実であるかのように描き、その人物像を歪めて世間に伝えてしまう可能性もあるからです。
例えばホイットニーの場合、これまでにドキュメンタリー映画などが複数ありますが、いずれも賛否があります。本作もまた、あくまでも事実を検証し、事実に基づいてはいるけれど、一言一句が事実であるとは限らないことは心に留めておくべきでしょう。
そのことを前提として、女性としての幸せを追い求めたこと、懸命に生きた一人の人間であること、そして何よりも類まれなるアーティストであること。そんなホイットニーの思いが詰まった楽曲の数々には、時を超えてなお輝きを増し続ける得難い力があります。
フィルムメーカーたちが入手したオリジナル音源を、映画館の最先端の音響に合わせてリミックスした名曲22曲が胸を打つ。ぜひ映画館で体験したい!
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
12月23日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国の映画館にて公開!
監督:ケイシー・レモンズ
脚本:アンソニー・マクカーテン
出演:ナオミ・アッキー、スタンリー・トゥッチ、アシュトン・サンダースほか