BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆してくれている今祥枝さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月2回ご紹介します。第12回は、藤ヶ谷太輔、前田敦子が共演する人気舞台の映画化『そして僕は途方に暮れる』です。
5年間同棲しているダメ男に浮気されたら、どうする?
同名の人気舞台を手がけた三浦大輔監督のもと、メインキャストが再集結して映画化。自堕落なフリーター、裕一が、5年同棲している彼女・里美を裏切り、裕一の同郷の親友・伸二、大学の先輩や後輩、家族にも背を向けて逃避行を繰り広げる。
読者の皆さま、こんにちは。
最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第12回は、ダメ男が繰り広げる逃避行を描いた痛すぎる映画『そして僕は途方に暮れる』です。
何もかもが中途半端で自堕落なフリーター、菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は、同棲して5年の恋人・鈴木里美(前田敦子)に甘えて、お気楽な生活を送っている典型的なダメ男です。家のことはまるっと里美に任せっきりで、生活力も経済力も夢もなし。
人生が一変するのは、LINEを里美に盗み見されて浮気がバレたこと。LINEをこっそり見ることへの是非はあるものの、浮気は事実です。ですが、里美に問いただされた裕一は、謝るでも弁解するでもなく、そそくさと荷物をまとめて親友・伸二(中尾明慶)の家に転がり込む始末。自分にとって都合が悪いことが起きると、とにかく逃げる。それが裕一という人間なのです。
情けないの一言に尽きますが、北海道から上京し、映画製作に夢を抱いていた過去も遠くなり、いい年をして「何者でもない自分」に悪戦苦闘する。私は自分の過去を振り返って考えた時、わかるなと思う部分もありました。
しかし、今回注目したいのは里美です。これほどの誰がどう見てもダメな男性に、なぜ里美は尽くしてしまうのでしょうか。何でもできてしまうというか、やってあげてしまう里美は、あまりにも男性にとって“都合のいい女性”に思えます。ずぼら体質の私には到底信じられないレベルです。
朝、出社する際には物音を立てないように裕一を気づかい、朝食を用意し、疲れて帰宅して家事をする里美。一方の裕一は、ソファに寝転び、スマホ三昧でトイレットペーパーがないなどと文句ばかり。浮気をしているか否かという以前に、これだけでも別れたくなる女性も多いのでは。
相手の思いやりに甘えて、復縁の可能性を信じ続ける男性の心理
話し合うこともせず、勝手に部屋を出ていったきり、連絡も取れない裕一を心配し、伸二らとも連絡を取り合う里美。常に、裕一の気持ちを慮る里美のやさしさ、人間として当然の思いやりが、裕一の勘違いっぷりを助長させるのか⁉︎
そもそも里美にしても、ついきあい始める時に、相手がこれほどのダメ男だとわかっていて同棲したわけではないでしょう(うっすら予測できていた可能性はあると思いますが)。里美だけでなく伸二に対しても、無条件に自分に尽くしてくれる母親であるかのように、あれがないと困る、これをやっておいてくれと言う姿に、内心何度も「自分でやれ!」と毒づいてしまうのは、私だけではないはず。
さすがに裕一は相手の怒りを買ったことで、自分の態度がまずいということに気づき始めるのですが、里美も伸二も、逃避行を続ける裕一に対して本当に甘いんですよね。なんとなく相手にそうさせる魅力が裕一にはあって、そこは惚れた方の弱みという感じなのでしょうか。
もちろん、はたからみれば単なるクズ男でも、5年もつきあいがあれば情がわくというもの。浮気に関して何の釈明もせず、逃げ回り、連絡もよこさない、しょうもない男であっても、「結婚すれば、仕事が安定すれば変わるかもしれない」と、里美は考えているのかもしれません。
あるいは、これは男女の別に関わらず、私自身が実際に時折聞く話でもあるのですが、里美もまた「自分がついていてあげないと、相手は生きられない」といった感情を抱くタイプなのでしょうか。
いずれにせよ、仮に里美が裕一とこのまま一方的に縁を切り、見捨てたとしても、誰にも責められる筋合いはないですよね。しかし、映画で描かれる里美は、「もう待つのがつらい、この関係は続けて行けない」と考える自分に対して、信じられないことに罪悪感を抱いているようにも感じられるのです。
なぜ、このシチュエーションで彼女の方が罪悪感を覚えなければならないのか。そうした里美のやさしさ、思いやりに甘えて、裕一がどこまで行っても復縁の可能性があると思っている様子には、ずうずうしいにもほどがあると思わずにはいられませんでした。
自分の人生に悪戦苦闘する男性に、どこまでつきあうべきなのか
かつて家族を捨てて出て行った、裕一の父・浩二は、再会した息子に「逃げて、逃げて、逃げ続けろ」とアドバイスをする始末。そんなダメ男二人に対して、里美や裕一の母・智子(原田美枝子)だけでなく、厳しいことを言う姉・香(香里奈)ですら、なんだかんだ言っても見捨てたりはしない。
実は裕一は、家族を捨てて出ていった父・浩二(豊川悦司)に、そっくりなのです。久々に再会するこの父親がまたどうしようもない男で、豊川悦司が絶妙にチャーミングにダメ男を演じているから、なんとなく和んでしまうところもあるのですが、現実としては迷惑この上ない男性です。
裕一は、そんな父親と自分は違う人間だと主張しますが、裕一が父親とは違う人生を歩めるかどうかは、ここが正念場でしょう。というか、やり直す最後のチャンスなのかもしれません。仮に生き方を改めることができたとして、裕一の新たな人生に里美は存在するのでしょうか。個人的には、里美にはやめといた方がいいよとしか言えないのですが……。
他人の恋愛を世間一般の常識や、どちらか片方の視点でのみ、または自分の尺度で語ることには無理があります。さらに言えば、里美もまた、裕一が知らないある事情を抱えているのでした。だとしても、最後まで裕一が里美に対して責めるような態度に、なんとも割り切れない思いで胸がいっぱいに。
この一連の過程において、里美がどの時点で、どんな決断を下そうが、それは里美自身の問題です。誰にも非難されるいわれはないはず。皆さんは、この物語の結末をどう思うでしょうか。
同郷の親友・伸二の家に転がり込むも、人の家のリビングを占領してわが物顔の裕一。果たして、裕一はそんな情けない自分と決別し、破綻した人間関係を修復し、人生をやり直すことができるのか……?
『そして僕は途方に暮れる』
1月13日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
©2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会
脚本・監督:三浦大輔
出演:藤ヶ谷太輔、前田敦子、中尾明慶、毎熊克哉、野村周平、香里奈、原田美枝子、豊川悦司ほか