生活の中にある感動や喜びを“今の日本語”で表現する現代短歌。三十一音の詩的な世界に癒されているバイラ世代が昨今増えているらしい! すでに親しんでいる人もこれからの人もますます好きになる、現代短歌入門をどうぞ。
1. WHAT'S 現代短歌?
俳句とは何が違うの? どこからが「現代短歌」と定義される? 基礎知識を押さえておけば、より豊かに楽しめる!
五七五七七、三十一音の短い詩が短歌
初句(五)、二句目(七)、三句目(五)、四句目(七)、結句(七)の三十一音で構成される詩。一首の中で内容が分かれる場合は前半の五七五を「上の句」、後半の七七を「下の句」と呼ぶ場合も。
季語は入れ込まなくてもOK!
「五七五」の俳句では入れるルールになっている、季節にまつわる言葉(季語)は不要。歌をつくることを「詠む」「作歌する」と表現する。歌の数は、一首、二首と“首”という呼び方でカウント。
今の言葉で作者が感じたことを“詠む”
江戸時代までの歌が「和歌」。明治~戦前までが「近代短歌」、そして戦後以降の歌が「現代短歌」という区分。今、使っている言葉で、つくり手の感覚や感情を、風景やものなどに絡めて詠むのが主流。
ありえないくらい眩しく笑うから好きのかわりに夏だと言った
『水上バス浅草行き』所収(岡本真帆著 ナナロク社)
詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある
『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』所収(歌は木下龍也 岡野大嗣との共著歌集 ナナロク社)
2. BAILA読者に聞いた現代短歌のここが好き!
毎日の息抜きや自分に活力を与えるために、三十一音から心の栄養をもらっている人たちが増えている!
「限られた文字数の中から、詠んだ人の思いや、メッセージが伝わってくると、心に響きます」(30歳・メーカー)
「読むと頭の中で情景が広がってくる。すべてを語っていないのに刺さるものがある、趣の深いところに惹かれています」(28歳・マスコミ関係)
「日常の中の小さな気づきや“あるある”的な内容に共感。Instagramでいうとストーリーズぐらいの、軽やかな表現形式に親近感も!」(33歳・会社員)
「同じ歌でも読んだ人によって、思い浮かべる情景や、受け取る答えが違ってくるところが面白い!」(37歳・翻訳関係)
「好きな歌集や一首に出合うと、まるで“心のお守り”を見つけたような気分に。嬉しいとき、疲れたときなど自分に寄り添ってくれています」(35歳・印刷)
「仕事に忙殺されていると感じたら歌集を読んでます。ほっとひと息つけるし、衰えかけていた感性も取り戻せるような気がする。私のご自愛アイテム!」(38歳・企画事務)
3. 共感できる! 同世代歌人に注目してみる
歌人になったきっかけ、短歌をつくる上で意識していること、同世代歌人・3人の感じることを深掘り&代表作品も紹介!
ブームの火つけ役の一人 岡本真帆さん
特殊な印象が強い短歌ですが、“普通”の中に題材があります
短歌で自己表現がしたいと、社会人3年目で創作を始めた
会社に勤めながら、歌人として短歌をつくり続けている岡本さん。2022年に発表した第一歌集『水上バス浅草行き』は、発売から2年がたった今も、重版が続いている。これは自費出版が多い短歌の世界の中では、かなりの大ヒット! 彼女の歌が多くの人に知られるきっかけとなったのが、X(旧Twitter)に投稿した、とある一首だった。
「“ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし”という、第一歌集にも収めた自分の歌を使って、短歌仲間と遊んでいたんです。短歌の世界では“付け句”といわれている遊び方なのですが、“ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし”という上の句に、オリジナルの下の句をつけてSNSに投稿。これがどんどん拡散されていき、多くの方が参加して……。あまりにも広がりすぎたおかげで、お褒めからご指摘まで、いろんな感想をいただいて。マイナーだと思っていた短歌がこんなに多くの人の目に触れている事実に、驚きと嬉しさが入り混じり、不思議な気分でした(笑)」
短歌を始めたのは、社会人3年目。
「当時は広告関係の会社でコピーライターやプランナーとして働いていました。仕事で文章を書くうちに、もっと自分の言葉で感じたことを表現したいと思うようになったんですよね。学生時代から歌人の穂村弘さんが担当されていた雑誌の短歌連載を愛読していたこともあり、“仕事に慣れてきた今なら短歌、つくれるかも”と。穂村さんが書かれた入門書や、好きな歌人たちの歌集を読みながら創作をし、投稿も始めました。ちょうど同世代の歌人・木下龍也さんが注目され出した時期とも重なって。木下さんからもいい影響を受けました」
岡本さんはその後、転職。今はコミックやWeb関連の会社で働いている。自身としては「会社員と歌人、両方の肩書きがあるほうが自分にとっては心地がよい」のだとか。
「短歌だけで食べていくのは難しいという現実もありますが、会社員として普通の生活をしながら心の中で感じたことを歌にし、SNSに投稿する……この創作スタイルが、私には合っていると感じています」
高知と東京の二拠点生活は創作に刺激を与えてくれる
ちなみに勤務先はフルリモートOKで、コロナ禍を機に’22年から高知と東京で二拠点生活をしている。
「高知の住まいは、市内の中心部から2時間半ほど。映画を一本観に行くのも、一日がかりのイベントになります。文化的なものから少し距離を置き、大きな山や川に囲まれていると、都会で暮らしているときとは別の視点から歌が生まれます。両方を行き来する時間には、自分の思考がいかに環境に左右されているのか、実感することも多いですね。その上で、自分にとって大切なモチーフに気づいて、日々の出来事を振り返るように短歌をつくることが増えました」
最近、第二歌集も発売に。
「私は、自分の喜びのために短歌を詠んでいますが、読者の方に『岡本さんの歌を日々のお守りにしています』『背中を押してもらいました』とお手紙をいただいたことがあり、とても感激しました。三十一音に込めた世界を、それぞれの立場から楽しんでいただけたら嬉しいですね」
本当に
正しかったか
わからない
決断たちよ
おいで、雪解け
第二歌集『あかるい花束』所収
平日の
明るいうちから
ビール飲む
ごらんよビール
これが夏だよ
第一歌集『水上バス浅草行き』所収
短歌ブームの火つけ役の一人
岡本真帆さん
1989年、高知県生まれ。大学を卒業したのち、2014年から短歌の創作と投稿を開始。未来短歌会「陸から海へ」出身。最新歌集『あかるい花束』が発売中。X(旧Twitter)では、最新情報はもちろん、作品も意欲的に発表している。
『あかるい花束』
岡本真帆著 ナナロク社 1870円
BAILA同世代歌人の代表格!木下龍也さん
心の中にある思いと言葉。その差を埋めれば歌になる
僕とは違う風景を持つ人と心のレンズを重ねたかった
依頼者の希望に合った形で創作をする、「あなたのための短歌1首」プロジェクトと、その作品をまとめた歌集『あなたのための短歌集』で、一躍、世に知られる歌人となった木下さん。もとはコピーライター志望で養成所に通うも、先生から「詩のほうが向いている」と言われたのが転機に。その後、書店で短歌の本に出合い、創作を始めたのだとか。
「先生からのアドバイスはショックでした(笑)。でも今は本当にいい道しるべをいただいたと思っています。書籍から短歌を学び、投稿する日々が続いたのですが、短歌の投稿欄って与えられたテーマに沿った歌を募集することが多いんです。僕は与えられたテーマで短歌をつくるのが好きだったんですよね。そのテーマを“誰かの人生”に置き換えたら新しい風景に出合えるかもしれない。そんなアイディアから、自分の体験や思いだけで歌を詠むのではなく、依頼をくださる方のリクエストにこたえて短歌をつくり、便せんに書いて封書で送る……というスタイルが生まれました」
募集は一時停止中だが、この創作体験から「歌を求めてくれる人には共通点がある」と感じたそう。
「何らかの岐路に立っていて、現状を客観視したい方が多かった気がします。わかりやすい例だと、転職や進学、恋愛など。自分の誕生日の記念にしたい、とおっしゃる方も多かったです。家族関係や生きることに疑問を抱えているなど、人生の深い悩みを打ち明けてくださる方もいました。メールを読んで僕が感じたことや、当事者だったらどういう言葉が欲しいかなど、お互いの心のレンズが重なる部分を探しながら短歌を詠んでいました。歌をお送りしたあと、感想を伝えてくれたり、新しい歌を頼んでくださる方もいて。『どうやら前の葛藤は乗り越えられたみたいだな』と、依頼者のその後を知れたときは、嬉しかったですね」
短歌をつくり続けるのは、恋愛とちょっと似ている
会社員を経て、今は専業の歌人に。企業とのコラボレーション、トークイベント、若い世代に向けて短歌の魅力を伝える活動など、精力的な日々を過ごす。歌は、どのようなペースでつくっているのだろうか。
「一首を推敲するのに半日かかるときもありますし、一日粘っても完成しないことも。十数年も続けていると自分の中でもハードルが上がっていくので、初期衝動で一日何首もつくっていた頃を懐かしく思うことも。短歌は恋愛に似ているかもしれないですね。つきあいが長くなると、それだけ新鮮さを保つ努力も必要になる。これまでと同じではなく、新しいアイディアや視点を見つけながら自分を飽きさせない工夫をする。そんなところも、少し恋愛っぽいのかもしれません」
もっと現代短歌に親しみ、“趣味”にするにはどうすればいい?
「これから短歌を始める方によく伝えるのが、まず学校の教科書的なイメージから離れること。~たり、~けりなどの古典文法、近代歌人たちの激動の人生もいったん忘れていい。短歌っぽい言葉を使うのではなく、普段の言葉でつくってみてください。皆さんが日々生活している中で生まれた感情や、切り取りたいなと思う瞬間が歌の題材になります。それを言葉で完璧に言い換えるのは難しいですし、五七五七七の形にするとさらにずれていってしまう。それでも、いったん言語化したものを自分の中にある実感と照らし合わせ、できる限りずれを減らすと、その人らしい歌が生まれると思います」
立てるかい
君が背負って
いるものを
君ごと背負う
こともできるよ
第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』所収
ふりむけば
君しかいない
夜のバス
だから私は
ここで降りるね
『あなたのための短歌集』所収
同世代歌人の代表格!
木下龍也さん
1988年、山口県生まれ。’13年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』を出版。3つの歌集と、歌人の岡野大嗣さん、詩人の谷川俊太郎さんとの共著もある。’21年に発表した『あなたのための短歌集』は大きな話題に! 作歌の息抜きはボクシング。プロの資格も保有。
『あなたのための短歌集』
木下龍也著 ナナロク社 1870円
パンチの効いた作風が大人気!歌人 上坂あゆ美さん
短歌を通じて、世の中の固定観念を塗りかえたい
短歌はコスパがよく、しかも自分にぴったりの表現だった
家族や地元に対する複雑な思い、10代だった頃の自分の心境などを短歌にしている上坂さん。歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』は、タイトルからして破壊力抜群の一冊。
「私、俳優の故・樹木希林さんが大好きで、彼女みたいなカッコいい大人になるまで生き抜くぞ!と思っているんです。その気持ちを言葉にしたのが、このタイトル。もちろんメディアを通じて知る限りですが、希林さんって、既存のルールや世の中の空気を軽やかに覆し、生を全うされた印象があるんですよね。私も、誰かが決めた理想や常識が嫌いで。たとえば“家族は全員が仲よしで温かいもの”“女性は恋愛に重きを置いている”とか。みんながとらわれている理想になれなくてもいいと発信したいと思ったし、そのアウトプットのひとつとして、短歌はぴったりだったんです」
学生時代は美大で学び、演劇やダンスなども経験したものの、「どの表現方法もしっくりこなかった」そう。
「創作意欲はあったものの、私は表現者には向いていないのかなと絶望しながら社会人に。美術とは関係ない業種を選んで就職しました。1社目は超体育会系のPR会社で営業職を経験。そこから転職して、2社目のマーケティング会社が驚くほどホワイトな企業で、自由な時間が増えたんです。そこで、働きながらできるコスパのいい創作活動を考えたら、短歌に行き着きました。新聞に投稿欄があるのは何となく知っていて、独学でつくって応募したら、すぐに掲載されて……。驚きつつも、早い段階で褒められたことでモチベーションが上がりました。短歌界には、駆け出しの人も温かく受け入れる土壌があると思いますね。初歌集『老人ホーム~』の出版が決まってからは、歌がなかなかつくれず、ストレスで体重が減った時期も。ただ、そこまで身を削るような思いで創作に打ち込めたのも、初めての体験でした」
しんどかった記憶を短歌という形でお焚き上げしている感覚
短歌と向き合っていく中で、上坂さんも色々な気づきを得たとか。
「私の場合、10代で両親の離婚を経験したりと、家族について考える時間が長かったんです。短歌を詠む上でもそれがテーマになることが多く、自分という人間をつくる上で核になっている体験なのだなと改めて再確認しました。そんな私の作品を読んだ方から『自分自身を見つめるきっかけになった』と言われると、嬉しいですね。三十一音の文字量は長すぎず、短すぎずで、つくり手と読み手との間に共感を引き起こす装置としてもちょうどいいのかもしれません」
現在は会社を退職し、フリーに。
「収入は会社員時代に比べたら激減しました。でも、自分で選んだ人生なので納得しているし、本当に困ったら再就職します(笑)。歌をつくるときにいつも意識しているのは、“心のパンツを脱ぐ”こと。風景や場所はフィクションを用いることもありますが、感情だけはとりつくろわず、リアルなものを吐き出すようにしています。私の作風上、ヘビーな記憶も棚卸しするのでしんどいときもありますが、短歌として出し切ると、デトックス感があります。お焚き上げみたいなものなのかなと思っていますね。BAILA読者の方も、愚痴りたいことが出てきたら、一首つくってみるとよいかもしれません。人に話したり、SNSに書き込むのもちょっと……みたいな感情ってあるじゃないですか。そんな心のわだかまりを、短歌という詩が受け止めてくれると思います」
怒っても
変わることない
世の中で
血のように赤い
リップが売れる
『老人ホームで死ぬほどモテたい』所収
母は鳥
姉には獅子と
羽があり
わたしは刺青が
ないという刺青
『老人ホームで死ぬほどモテたい』所収
パンチの効いた作風が大人気!
上坂あゆ美さん
1991年、静岡県生まれ。’17年から短歌をつくり始める。’22年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を発売。岡本真帆さんとの共著『歌集副読本「老人ホームで死ぬほどモテたい」と「水上バス浅草行き」を読む』も好評。エッセイなどの執筆も行っている。
『老人ホームで 死ぬほどモテたい』
上坂あゆ美著 書肆侃侃房 1870円
4. 置きたくなる! 歌集に癒されてみる
装丁が美しいものが多く、モノとしても魅力的な歌集。読みやすく、手もとにあるだけでも満たされる作品を薦めてもらった。
歌人・木下龍也さん推薦の2冊
『たやすみなさい』 岡野大嗣著 書肆侃侃房 2200円
「『たやすみなさい』は、風景や感情が映像のように浮かび上がってくる歌集。描かれている物事がまるで自分のことのように感じられるんです。岡野さんの歌は、言葉の使い方が優しいのも魅力的。この歌集はイラストやブックデザインも可愛いので、手もとにあるだけでも満足感が高まります。」
『気がする朝』伊藤紺著 ナナロク社 1870円
「『気がする朝』は恋愛の歌が多い歌集ですが、どれも伊藤さんなりの捉え方があり、読んだときに印象に残ります。彼女の感覚は、初めて短歌に触れる人にも、伝わってくるものがあると思います」
同世代歌人の代表格!
木下龍也さん
1988年、山口県生まれ。’13年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』を出版。3つの歌集と、歌人の岡野大嗣さん、詩人の谷川俊太郎さんとの共著もある。’21年に発表した『あなたのための短歌集』は大きな話題に! 作歌の息抜きはボクシング。プロの資格も保有。
コトゴトブックス・木村綾子さん推薦の3冊
『くるぶし』 町田康著 コトゴトブックス 2860円
「『くるぶし』は聖と賤、怒りとあきらめ、おかしみとかなしみが渦巻くように押し寄せ、脳髄が揺さぶられる一冊。読んだあとには、世界に立ち向かう力が湧きます。」
『歌集 Dance with the invisibles』 睦月都著 KADOKAWA 2750円
「『歌集 Dance with the invisibles』は、孤独をじっくりと愛でたいときに。寂しさや切なさを感じられるのは、豊かで幸福なこと。自分を形づくるものの輪郭を、なぞるように味わえます。」
『煮汁』 戸田響子著 書肆侃侃房 1870円
「短歌に共感や癒しを求めるなら『煮汁』。毎日の一滴一滴を煮詰めたらこんなふうにあふれ出すのか、と思えるはず。日常の中で見逃しがちな事象や心の動きを、言葉で輝かせてくれます」
コトゴトブックス
木村綾子さん
オンラインのセレクト書店&出版社『コトゴトブックス』代表。町田康さんの歌集は版元として最初の一冊となる。
ライター・石井絵里さん推薦の3冊
『現代短歌パスポート1』 榊原紘、伊藤紺ほか著 書肆侃侃房 1100円
「『現代短歌パスポート』は若手歌人10人の作品を集めた、短歌のアンソロジーシリーズ。作風の違いを楽しみつつ、推しの歌人や歌集を見つけられる一冊。現在、3号まで刊行中です。」
『サラダ記念日』 俵万智著 河出書房新社 528円
「『サラダ記念日』は1980年代の大ヒット作ながら、今読んでも充分に瑞々しい歌集。日本語の豊かさや三十一音が持つリズムの美しさにも感動が。」
『うたわない女はいない』 働く三十六歌仙著 中央公論新社 1980円
「現代女性のリアルに触れる短歌&エッセイ集なら『うたわない女はいない』。様々な職業や立場で働きながら短歌を詠む彼女たち。バイラ世代を癒し、エンパワメントしてくれるはずです」
5. 自分でも歌を詠んでみる
読者として短歌を味わうのもいいけれど、実際に詠んでみるのもおすすめ。言語に対する感覚がさらに豊かになるはず。
歌人東 直子さんに聞く初心者のための短歌のはじめ方
自身の創作活動はもちろん、数々のメディアで選評も行う歌人が伝授する、短歌をつくる方法と楽しみ方。
短歌を詠むことで、自分の感性や言語感覚が研ぎ澄まされます
1990年代から作歌を始め、30年近く第一線で活躍中の東さん。今の短歌シーンをどう捉えていますか?
「2010年頃からX(旧Twitter)が普及し始めたのを機に、若い人が言葉で自己表現し、短歌を発表したり読んだりする場が増えました。その流れは今も続いていて、短歌はブームを超えてひとつのカルチャーとして定着したと思います。私の場合は結社という短歌を学ぶ会に所属して第一歌集を出版しましたが、SNSが発達した今は、結社の師匠からお墨つきがないとデビューできない、みたいな空気もないですし。いろんな方法で楽しめる時代になったのは嬉しいことです」
これから歌をつくりたい人は何をすればいいですか?
「様々な短歌作品が載ったアンソロジーを読み、先輩たちの作風を学んでみましょう。ある程度、歌がつくられた時代の時系列もわかる本だといいですね。並行して、作歌の入門書からルールを学ぶことも大切です。実際に歌をつくり始めるときは、まず心が反応したことをメモに残す習慣をつけてみてください。私も最初から五七五七七の形にまとめることはなく、そのメモから感情を掘り起こし、イメージを飛翔させて三十一音にしています。完成したら新聞や雑誌に投稿したり、歌会に参加して周りの意見を聞いてみたりするといいですね。最近はWeb上で開催する歌会もありますよ。喜怒哀楽を自分の言葉で詠む現代短歌は、感性を解き放ち、のびやかにしてくれるはずです」
東 直子さんが教える、短歌創作を楽しむための4Step
【Step1】歌集や入門書を読み、短歌に慣れる!
「おすすめは解説つきの短歌のアンソロジー本と具体的な入門書、両方を読むこと。好きな歌人や歌を見つけながら作歌の技術を学ぶことで、短歌の世界を理解しながら創作に入っていけます」
【Step2】自分の心が動いた瞬間をメモしてみる
「箇条書きのようなメモでもいいし、簡単な日記をつけてみても。その瞬間や一日に感じた自分の思いを書き留めておくと、短歌をつくる際にイメージをふくらませやすくなるんです」
【Step3】メモを「五、七、五、七、七」にする。声を出して読み、リズムも確認!
「書き留めていたメモなどを基に、定型の形にまとめましょう。短歌は歌なので、韻律(リズム)も大切。完成した歌は読み上げ、つっかかるところがあれば滑らかな音になるよう推敲を」
【Step4】投稿欄などに挑戦を。歌会に参加して講評し合うのも楽しい
「歌会では詠み人を明らかにせず、事前につくった短歌の一覧表(詠草集)を前に、感想を話すことが多いです。いろんな人の歌を読み、自分の作品への意見にも耳を傾けることでよい学びに」
スーパーバイラーズが短歌制作に挑戦!
「三十一音」以外はすべて自由。スーパーバイラーズがつくった短歌を東さんが講評する、誌上歌会が開幕!
体力の
衰え感じる
30代
進んでくれない
自転車のペダル
土井陽菜花さん(メーカー・32歳)
買い物には自転車を愛用中。20代の頃はスイスイと漕いで前へと進めたはずなのですが、最近は……という30代の悲哀の気持ちを込めました。
東さんのコメント
「体力の衰え感じる」を別の表現にするのも手。30代は、まだ全然若いですよ(笑)!でも20代に比べると責任を感じたり、次のステップについて考える時期。そんな気持ちを織り込み自転車と重ねれば、広がりが出そうです。
推しがいる
いつか会えるの
期待して
理想もあがる
婚活どこへ
斎藤珠衣さん(IT関係・34歳)
平野紫耀さん、Snow Manなど推しが心の安定剤。あんなふうに肌がきれいで面白い人がいたら……と、現実でも理想が上がりまくっています。
東さんのコメント
推し活に夢中な方、増えていますよね。ぜひコメントの「心の安定剤」「肌がきれい」を歌にも盛り込んでほしいです。グループ名や人名を入れるのも◎。推し活未経験者が読んでも興味が湧き、作者の思いに寄り添えると思います。
鼻歌や
料理の味付け
選ぶ服
私はやはり
母の娘
鈴木日菜子さん(会社員・27歳)
親元を離れて10年。色々な場面で「私って母親に似てるな~」と思うように。大人になったからこそ、改めて感じた気持ちを短歌にしました。
東さんのコメント
題材がいいと思います。ただし情報が少し多い。短歌は三十一音なので、要素をどれかひとつにしぼりましょう。鼻歌をこんなふうに歌っていたな、とか。その上でコメントにある「親元を離れて10年」という具体性を入れるといいですね。
つい覗く
見守りカメラ
ペット用
画面に映るは
父の寝姿
山田沙織さん(フリーライター・34歳)
愛犬のために買ったカメラなのに、昼寝中の父親の姿ばかりを確認することに……。たまには本来の機能を使いたいなと思いました(笑)。
東さんのコメント
着眼点が面白いですね! ペット用カメラに映っちゃったお父さん。可愛いような哀愁があるような(笑)。その姿をより具体的な言葉で書いてみるといいかも。画面に映るはの「は」は取ってOK。より自然な口語になります。
月曜日
準備完璧
ドア開けて
会社で気づく
マウス忘れた
河原彩加さん(会社員・30歳)
休み明けの月曜日って、きちんと準備をして職場へ向かったつもりでも、必ず何かを忘れてきている。そんな実体験をもとにしています。
東さんのコメント
週の始まりへの思いを詠んだ歌ですね。もしかしたら、土日の間も自宅で作業をしていたのでしょうか。「準備完璧」が少し説明的ですね。たとえば「かばん抱えてドア開けて」などと情景を入れていくと、実体験が“歌”へと変わります。
五月晴れ
年中続けと
願うけど
毎年すぐに
梅雨が来る
加納頌子さん(メーカー・33歳)
暑くも寒くもない5月が大好きです。この快適な気候が一年中続けばいいのになと、いつも一瞬で梅雨入りする悔しさを詠んでみました。
東さんのコメント
爽やかな気候が好き。その気持ち、わかります。コメントの中にある「一年中続けばいいのにな」をそのまま生かしたほうが、心の声が伝わるいい歌になると思いますよ。きれいな文章にまとめすぎない、というのも大事なことです。
「伝えたい」意志を感じた歌たち。くだけた言葉も、あえて使ってみて(東さん)
「スーパーバイラーズの皆さんが、工夫を凝らしながら作歌された感じが伝わってきました。どの歌も誠実な表現ですが、よりくだけた日本語で詠んでも大丈夫! カジュアルモードでつくった歌の中に、その人らしいメッセージがにじみ出ますから。楽しんで続けてみてくださいね。」
歌人
東 直子さん
1963年、広島県生まれ。歌人・作家・イラストレーター。1996年に歌壇賞を受賞し、第一歌集『春原さんのリコーダー』を出版。以来、短歌を軸 に多彩な表現活動を続けている。日記に一首の短歌を添えた『十階』は、東さんの発想の飛躍を楽しめる、短歌初心者にもおすすめの一冊。
『十階』
東直子著 ふらんす堂 2200円
イラスト/髙橋あゆみ 取材・原文/石井絵里 参考文献『短歌の詰め合わせ』(東直子著 アリス館) ※BAILA2024年7月号掲載