
市川紗椰さんがアートを紹介する連載。第30回は東京都現代美術館で開催中の「坂本龍一|音を視る 時を聴く」を訪問しました。
今月の展覧会は…「坂本龍一|音を視る 時を聴く」
“デジタルアートの最先端に触れながら音楽へのシンプルな感動を受け止める”

音楽家・坂本龍一のイメージは、アートとカルチャーの“翻訳家”です。楽曲「energy flow」のヒットは驚きでした。ピアノのインストゥルメンタル作品が総合ランキングにチャートインすることって、これまでなかったことですよね。クラシック技法をポップに展開したり、ワールドミュージックやミニマリスム、アンビエントなどの音楽ジャンルを聞きやすい形で広げてくれたり。難しい音楽の概念をわかりやすく、人を惹きつけるメジャーな音楽に訳してくれた人。同時代を生き、一度だけお会いしたこともあって“坂本さん”と呼んでしまいます。
彼がコンセプトや音の部分を担当したインスタレーション作品を振り返るこの展覧会は、「音を視る 時を聴く」のタイトルどおり、耳だけでなく、感覚を総動員して味わうイマーシブなもの。現在91歳の現代アーティスト、中谷芙二子とのコラボレーション『霧の彫刻』は、発生した霧の中に文字どおり没入! 細かな水の粒子の冷たさを肌で感じ、霧の動きで変化する音の響きに耳を澄ます鑑賞の仕方が面白い。また、最新のテクノロジーを用いて映像やデータと音が連動する作品もたくさんあります。70〜80年代以降の現代美術の潮流から最先端のデジタルアートまで「現代アートって難しい」という人も、坂本さんの音楽に導かれ、翻訳されて「わかる」ことが多く、楽しめるように思います。
印象的だったのは、愛用のグランドピアノの実物に、演奏する坂本さんの映像が重ねられた『Music Plays Images X Images Play Music』。そこにはメロディと本人の体の動きが訴えかけるシンプルな感動がありました。どんな言葉も説明も必要なく、ストレートに音楽が伝わってくる最後の展示室。美術館という場所だからできた総合的な体験に、ぐっとくるものがありました。
美術館という場所でなければ出合えない音楽とアートのイマーシブな体験

坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎 『LIFE-WELL TOKYO』霧の彫刻 #47662 2024年
企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」 東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
東京都現代美術館の屋外にある「サンクンガーデン」、石畳の広場に人工の霧を発生させるインスタレーションは、この展覧会のハイライト。雲の中にいるように視界が包まれ、風に舞う細かな水の粒子と、響いてくる音と光の変化を感じる。「霧の彫刻家」と呼ばれるアーティスト、中谷芙二子が1970年から世界各地で展示してきた代表作とのスペシャルコラボレーション

企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
坂本龍一+高谷史郎『water state 1』 2013年
気象衛星の観測データを基に、天井から降る雨と水面、光と音が絶え間なく変化する作品

企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
坂本龍一×岩井俊雄『Music Plays Images X Images Play Music』1996-97/2024年
1997年の演奏のMIDIデータとビデオをもとに、坂本龍一がピアノを弾く姿と奏でていた音を再現

企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
坂本龍一with高谷史郎『IS YOUR TIME』 2017/2024年
東日本大震災の津波により被災したピアノを「自然によって調律された」ものとして捉えた作品、頭上には雪の映像

企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
坂本龍一+高谷史郎『TIME TIME』 2024年
2021年初演の舞台作品《TIME》をもとに、水面の奥に設置された大スクリーンから音と映像が流れてゆく

「坂本龍一アーカイブ」の部屋では、80年代の手書きのメモも多数展示

企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館 2024-25年 展示風景より
坂本龍一+高谷史郎『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』2007年
頭上の水槽は霧で満たされ、映像がたゆたう。真下に立つと音が響いてくる
トビラの奥で聞いてみた
展示室のトビラの奥で、教えてくれたのは… ゲスト・キュレーター 難波祐子さん
市川 展示室から出たとき、自分の耳が今までとちょっと変わるような、不思議な感覚がありました。展示に工夫したところはどこですか?
難波 「美術館で坂本龍一」って、不思議に思われたかもしれませんね。演奏会だと始まりと終わりがあったりしますよね。作品の見せ方について、空間の構成だけでなく時間についても考えることが特別でした。結果的に、美術鑑賞、音楽鑑賞のどちらでもない新しい鑑賞のあり方が生まれたと思います。
市川 美術館でなければ出合えない体験だったと思います。坂本さんの音楽にとって映像がいかに大事か、トータルな表現を目指していたことも伝わりました。
難波 晩年の坂本さんの作品や活動を振り返ると、音楽だけで完結しなかったと思います。若いときからその志向はありながら、ポップスや映画音楽の分野でスターになってしまった。今回の展示は“世界のサカモト”ではないアーティストとしての文脈で彼の作品を見せたいと思いました。実は亡くなる前の2021年から、ここ東京都現代美術館で展覧会を行う計画は進んでいたのです。
市川 なんと! 屋外で「霧の彫刻」が実現することも知っていたのですか?
難波 はい。展示について坂本さんと細かに考えていましたが、ここまで急に亡くなられるとは思わず……。一つひとつ答え合わせをするように構成しました。実はこっそり見に来ているんじゃないかな、感想を聞きたいな、と思っています。
訪れたのは…東京都現代美術館

【展覧会DATA】坂本龍一| 音を視る 時を聴く
〜3/30 東京都現代美術館
東京都江東区三好4の1の1
10時〜18時。3/7、14、21、28、29は〜20時(入室は閉室の30分前まで)
休館日/月曜
入館料/一般¥2400ほか
会場内一部を除き撮影禁止
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/RS/

ファッションモデル
市川紗椰
2月14日生まれ。ファッションモデルとしてのみならず、ラジオ、テレビ、広告などで幅広く活躍中。鉄道、相撲をはじめとした好きなものへの情熱と愛の深さも注目されている。大学で学んだ美術史から現代アート、サブカルチャーまで関心も幅広い。
ブラウス¥49500/マービン&ソンズ(ワイエムウォルツ) トップス¥62700・スカート¥75900(テラ)/ティースクエア プレスルーム ピアス¥27720/ロードス(CHIRO JEWELRY) バッグ¥73700/ガニー
撮影/柴田フミコ ヘア&メイク/中村未幸 スタイリスト/平田雅子 モデル/市川紗椰 取材・原文/久保田梓美 ※BAILA2025年4月号掲載