料理家・食育インストラクターとして活躍している和田明日香さん。料理愛好家・平野レミさんの次男と結婚したことで人生が一変したという彼女に、人生のターニングポイントを聞いてみました。
初めて料理をしてみたらすごく楽しいことに気づいた
料理愛好家・平野レミさんの次男と結婚したことで人生が一変した和田明日香さん。まったく料理をしてこなかったにもかかわらず、家族に食事を作りながら腕を磨き、現在は料理家・食育インストラクターとして活躍している。
「結婚前は、夫の母がどんな人なのか全然気にしていなかったんです。でも結婚を周りに報告し始めた頃から『大丈夫なの?』って、えらい心配されて(笑)。今ならその気持ちが理解できます。料理が得意な夫が、すべて自分でやろうと覚悟を決めてくれていたみたいなんです。でも試しに料理をしてみたらすごく楽しくて。食べたいものを自分で作れる喜びとか、工夫次第で味がものすごく変わることとか、作ったもので子どもがニョキニョキ育っていく姿とか、とにかく全部が新鮮で。『どうしてこんなに楽しいことをやってこなかったんだ』って思ったくらいでした」
結婚したのは大学在学中。ずっと憧れていたレコード会社への就職が、すでに決まっていた時期だった。
「中学生の頃からMTVで海外音楽アワードの中継を見たりすることがすっごく好きだったんです。裏方として音楽業界に携わりたいという気持ちがあったので、大学1年生のときにMTVに猛アタックしてインターンを始めました。その後、レコード会社のプロモーターとしての就職が決まったのですが、妊娠がわかって泣く泣く辞退をすることに。せっかく決まった憧れの仕事への未練というより、当時はご迷惑をおかけした申し訳なさでいっぱいでした」
彼女を救ったのは、キャリアカウンセリングの資格を持っている、フリーライターである父のひと言だった。
「父は日本全国の企業の取り組みを取材して記事にしたりする仕事をしていたので、働くことの重要性を誰よりも知っている人。でも『好きなことは、思い続けていればいずれもう一度できる。今は子どもを授かった幸せを大切にすることがいちばんだよ』と言ってくれたんです。その言葉に本当にホッとしたし、『とにかく今はお腹の中の赤ちゃんを大事に育てよう』と思えました」
とはいえ、出産後の想像以上に過酷な日々に、戸惑うことも多かった。
「今思えば本当にひどいことを考えていたんですが、当時は出産している友人が周りにほぼいなかったので『この子を産んでいなかったらどんな毎日だったんだろう』という考えが頭をよぎることもありました。事情を知らない友人からガンガン連絡が来るわけですよ。『もう遊びに行けるんでしょ?』みたいに。でもしっかり子育てをしなきゃと自分で自分を追い詰めていたから、絶対に遊べるわけがない。しかも私は、特別な才能や資格があるわけでもないし、唯一好きだった音楽を手放したことで、何もなくなった気がして。この先、子育てだけをする人生なのかな……と、漠然と焦る時期は長かったです」
レミさんちの嫁という肩書は私のひとつの側面でしかない
「主婦歴10年を振り返ってみたら、『私らしさ』ができていた」
転機が訪れたのは、平野レミさんとの“嫁姑コンビ”としてメディアに注目され始めてから。「“レミさんちの嫁”というキャッチーさだけで仕事にできるほど甘くない」との思いから、食育インストラクターの資格を取得した。
「単なる栄養のことだけでなく、食が与える環境への影響や社会の問題まで知ることができた資格の勉強は、今でも仕事をする上で役立っています。それに“平野レミさんちの嫁”という肩書は、私のひとつの側面でしかない。お義母さんの真似をしても意味がないので、母であり、妻であり、一人の30代女性として、何を考えて生きているかを、発信していきたいと思っています」
その言葉どおり、料理だけでなく、家事や子育てに関する悩みやグチを赤裸々に綴ったSNSは、多くの女性から共感されている。そして、偉大な義母とは違う、自分らしさを追求した末にたどり着いたのが、昨年出版したレシピ本『10年かかって地味ごはん。』だ。
「たとえばかぼちゃの煮物のレシピって、私が紹介しなくても世の中にたくさんあるんです。でも、10年前はかぼちゃがどうやったら煮物になるか、さっぱりわからなかった私が、今では安定して作れるようになった。それは、昆布だしを試したり、水の量を変えたり、下味でかぼちゃに塩をまぶして水分を抜いたり、いろんなことを実験してきた結果なんです。この本はこれら料理を始めるような人に向けて『10年分、実験しておいたよ』って気持ちで作りました。彗星のごとく現れた、まったく新しいかぼちゃの煮物ではないけれど、自分らしいレシピは自分の中にちゃんとあった。そう思えたことで、すごく自信が持てたんです」
「肩書を“裾野料理家”にしようかな」と豪快に笑う和田さん。彼女がかつてしていたように「レシピに『しょっぱい、塩多い』とか赤字を入れて、自分なりのレシピを見つけてほしい」と語る。
「その先には、レミさんや小林カツ代先生、栗原はるみ先生たちの素晴らしいレシピがある。私の役割は『こっちの入り口なら挑戦しやすいよー!』と、裾野を広げる役割だと思っています」
能動的に目標を定めてきたわけではない。けれど、求められる場所で仕事の価値を生み出し、模索しながら確立した現在地は、唯一無二の居場所だ。
「いったん、現状に満足することも私は大事だと思っていて。実はそこに、自分にしかできないことや、本当にやりたいことのヒントがある気がします。中学生のときに、生徒会長の活動とハンドボール部の試合のどちらを取るか迷ったことがあったんです。その姿を見ていた当時の顧問の先生が、卒業するときにユニフォームに“人生は選択だ”と書いてくれました。私の場合、子どものことに関してはすごく悩むけど、自分のことだったら『責任は自分が取る』と腹をくくって直感で決断することができる。たとえ遠回りしても、着実に次のステージに行けると信じています」
かつてあきらめた憧れの音楽のお仕事も、実は意外な形でかなっていた。
「『料理中に聴きたい音楽のプレイリストを作りませんか?』と依頼をいただいたんです。今もSpotifyで聴くことができるのですが、すごく嬉しかったですね。好きでい続けていればいつかか形になる。父の言葉のとおりでした」
シャツワンピース¥28600/シンゾーン ルミネ有楽町店(ザ シンゾーン) ニット¥26400(シェットランド ウーレンコー)・ピアス¥19800・バングル¥59400(ともにスチュードベーカー メタル)/グラストンベリーショールーム ネックレス¥38500/シップス インフォメーションセンター(アカシック ツリー)
料理家・食育インストラクター
和田明日香さん
わだ あすか●1987年4月17日生まれ、東京都出身。レシピ本『10年かかって地味ごはん。』(主婦の友社)は20万部を突破。『家事ヤロウ!!!』(テレビ朝日系)などTVでも活躍。「レミさんはものすごい集中力を発揮して常識をぶち壊していく天才型。私はもっと打算的だから、タイプは全然違うと思います(笑)」
撮影/森脇裕介 スタイリスト/富澤結希乃〈+chip〉 ヘア&メイク/東川綾子 取材・原文/松山 梢 ※BAILA2022年10月号掲載