スーパーバイラーズの今越さくらです。
先日、六本木の森美術館で開催中の企画展「六本木クロッシング展2022:往来オーライ!」を観に行きました。
自分とは異なる価値観を持つ「さまざまな隣人と共に生きること」について考えさせられる展示で、学びが多かったのでご紹介したいと思います。
多様な価値観を認めることが「心の往来」を生む
往来オーライ!――。
企画展のタイトルには「新型コロナウイルス禍で途絶えてしまった人々の『往来』を取り戻したい」という思いが込められているそうです。
コロナ禍が過ぎ去れば、人々の往来が自然発生するとは言い切れません。とくに「心の往来」はコロナ禍前より、ずっと難しくなっていると思います。
人と会えない時期が続く中、自分が生きていく上で大切にした価値観に巡り合った人も多いのではないかと思います。私もそうです。だからこそ、コロナ以後の人々の「心の往来」に欠かせないのは「多様性を認める」というピースだと思います。
「あなたが大事にしている価値観や、あなたの好きなものを、わたしも理解したいし、大切にしたい」との姿勢を示すことは、対人関係における基本になりつつあると思います。逆に「あなたの考えはおかしい、変だ、一般的じゃない」という姿勢を示すことは、信用を損なったり、孤立を深めたりすることにつながる時代になってきていると感じます。(もちろん、正当な批判は必要です。)「あなたの価値観もイエスだし、わたしの考えもイエスだよね」と言える関係性が理想的だなと思います。
そうした多様な価値観を認めるための心構えをアートを通じて学べるのが本企画展です。
このブログでは数ある作品の中から3作品をピックアップしてご紹介します。
その人らしく生きることにイエスを贈る
個人的に一番感動したのはキュンチョメ氏の映像インスタレーション「声が枯れるまで」。
作品の中で、トランスジェンダーの人らが、身体的な性別を変え、自身に「新しい名前」を付けるまでの道のりを振り返ります。
体が女性で、心が男性の登場人物は、乳房切除の手術後、Tシャツを脱いで半裸になれたことに感動したと話します。「普通の男の人ができることをできることが一つ一つ涙が出るくらいうれしかった」との言葉が胸に響きました。
最後、自分で新しく付けた自分の名前を何度も繰り返し叫び続けながら終わるという幕切れも、秀逸でした。その声は、自分の個性に対して声が枯れるまで「イエス」と言い続けているようにも聞こえたし、周囲の人に認めてほしいという「祈り」にも聞こえました。
「自分らしく生きるとは何か」、「その人らしく生きることを認めるとは何か」について考えさせられました。これからの時代を生きる私たちにとって、とても重要な気づきだと思います。
そして、名前の重要性にも気付かされました。もし自分が子供を授かったら、身体的性別と性自認が異なる場合を考慮して、ジェンダーフリーの名前を考えた方が良いのかなど、新しい視点が生まれました。
とても学びの多い作品でした。
動物はアーティストになれるか
とても可愛らしい木彫りの作品も展示されています。
実はこれ、彫刻家と動物のビーバー、自動切削機がそれぞれデザインした作品の集合体なのです。
作品全体の作者であるAKI IMAMOTO氏は、動物園に依頼し、ビーバーの飼育エリアに角材を配置。ビーバーが頑丈な歯でかじった木の形状が美しく、人が作ったようだと感じ、本作品を構想したそう。それぞれの木彫りは、いったい誰が作ったのか、見分けがつきません。こうなると、ビーバーも立派なアーティストだと思えてきます。
アートは人間の専売特許のような扱われ方をしていますが、動物もアーティストなのかもしれません。
この作品に触れてから、虫食いの葉っぱや、獣道なども動物のアート作品に見えるようになってきました。とても素敵な気づきをもらったと思いました。
選択肢があることを知らないまま生きる人に目を向ける
もう一つ、椅子からのけぞるくらい衝撃を受けた作品があります。松田修氏の映像作品です。
主人公は風俗街近くの貧困家庭に生まれた女性。自身の半生についてユーモアを交えながら話しています。でも、話の内容は女性がぶつかった厳しい現実。その奇妙なコントラストの気味悪さに惹き込まれます。
女性は、19で長男を生み、スナックで働き始めます。「働き口はこれ以外に考えられず、友達も働いていたし、抵抗はなかった」。貧乏で「専門学校や大学への進学は考えたこともない」と言います。
その後、子供がさらに2人生まれ、貧困の極みに。薄切りハムを一枚ずつ分けて食べる日もあったと振り返ります。客室乗務員を夢見た頃もあったと語るものの、「なり方もわからない」。完全に社会と断絶されていることが分かります。
作品の最後で、女性が「自分の人生に後悔はありませんが、自分で選んだ人生ではなかったと思います」と吐露し、「私たちはこうやって生きてきたんです。わかるかな。わっからんやろな~」と観客に向かって笑います。胸に突き刺さる終わり方でした。
「親ガチャ」なんていう言葉がありますが、生まれ育った家庭環境から抜け出せない人がいる不条理を強く感じました。貧困層だけでなく、エリート層であっても「生き方に選択肢がない」ということは、苦しいだろうと思います。
この作品についての感想を言葉にしようとすると、不思議と涙が出てきます。女性に「わっからんやろな~」と言われたとき、「わかんないけど、彼女のような状況に追い込まれている人がいるということから目を背けてはいけない」と思いました。
会期が迫っていますが、ぜひ、みなさんにこの作品を見て感じたことを教えてほしいです。
おわりに…
参加しているのは22人のアーティスト。
紹介した作品の他にも、社会的事件をモチーフにした絵画や、漆を使った人体の彫刻、近未来的なビジュアルの回転寿司など、不思議で、おもしろくて、考えさせられる作品が展示されています。
ぜひ、足を運んでみてください。
アートは作品を理解できて初めて面白いと思えるものも多いと思うので、音声ガイドで解説を聞きながら鑑賞することをオススメします!
以上、今越さくらでした!